第26話 謝罪

 最近、ずっと寝不足だ――

「んー」と伸びして、眠い目を擦りながら学校の廊下を急ぐ。

教室へ着き見回すと、クラスメイト達はホームルームが始まるまでの時間を各自思うように過ごしていた。


「おはよう、萌亜」

「あ、優斗――。 おはよう」


家を出るのが遅かったから、萌亜と交わしたのは挨拶だけ。

すぐに教室へ入ってきた担任がホームルームを始めた。


 うちのクラスの担任は、あれから後任が見つからないらしく、学年主任がそのまま続けていた。

担任が変わればクラスも変わるもので――


前任の時は緩い空気が流れていたこのクラスも、今では担任が教室に入ると空気が張り詰めたようになる。

日直の号令の下、朝の挨拶が済むと、やおら担任が話を切りだした。


「放課後、サッカー部の全国大会予選の壮行会をする。皆、帰らずに校庭に集合するように」

「――先生! 詳しく!」


手抜きで話を終えようとする担任を学級委員が嗜める。


「はは…… まあ、そうだな。皆も知っての通り、本校のサッカー部は強豪校の一角と言われている。そんな訳で学校としては全面的にバックアップする方針なんだが、その一環として壮行会を行うことになった」


いったん担任は言葉を切った。

そして教室中を見回した後、誇らしげに吠えた。


「――箕輪将太みのわしょうた立て!」

「はい!」


名前を呼ばれた箕輪は先生の呼びかけに応じてに立ち上がった。


「知っての通り、このクラスにはサッカー部キャプテンの箕輪がいる。彼は本校を強豪たらしめている要因の一人だ。皆も彼が良い試合できるように盛り上げて行こう!」


パチパチパチ……


教室のあちこちから拍手が沸き起こる。

箕輪の奴も、教室の方々へ向かって頭をペコペコしている。


奴には修学旅行で酷い目に逢わされた俺だが、あの時、感じた怒りは時間とともに風化しつつあった。

まあ、それでも拍手はしないけどな。


とうか俺的にはサッカーより、むしろ俺から奪った幼馴染、唯奈の管理を頑張って欲しい。ぶっちゃけ今でも、俺に絡んだり、家に遊びに来たりと迷惑している。


パチパチパチ……


チラッと萌亜も拍手をしていない。


「よし、じゃあ、これでホームルームは以上だ」


先生が去ると、クラスメイト達は各々授業の準備を始め、いつもの風景へ戻って行った。


一限目の授業が何事もなく終わり、休み時間に入った時――


 教科書を片付けていると、箕輪が俺の席へやって来た。

どの面下げて来てるんだ。


「三島、済まないが昼休み付き合ってくれないか」

「――嫌だね」


当たり前だろう。

彼女を奪った挙句、修学旅行先で俺をグループから追放した張本人だ。

そんな奴に対して俺が協力する義理は無い。


「いや…… 時間は取らせない。頼む……」


普段は陽気でどこにいても目立つ奴が、なぜかしゅんとしている。

こっちは顔も見たく無いのだが――


「しつけえな。じゃあ、その時が来たら声を掛けてくれ」

「すまん」


去り行く彼の後姿は、そこはかとなく元気が無いように見えた。



 昼休みになると、すぐに箕輪が俺の席にやって来た。

校内でも、俺たちの仲が悪いのは結構知れ渡っていて、二人並んで歩いていると注目の的になった。


「じゃあ、頼む」

「ああ」

「それで? 何の話だよ?」


俺が連れて行かれたのは、階段を登り切った所にある屋上へ通じる扉の前だった。

ここは生徒も教師も訪れず、かなり目立たない場所だ。


しばらく、箕輪は不審者の様に辺りへ目を泳がせていた。

――が、突然意を決したように顔を引き締めると、床に土下座した。


「三島、済まなかった」


意外な箕輪の行動に俺は戸惑った。

そもそも、こいつが頭を下げているところなんて見たこともない。


「えっ? 何の話よ?」

「彼女を奪ったこと…… 修学旅行でお前をグループから追放したことだ」


何のことかと思えば、あの時の話か……

はっきり言って、時間が経ちすぎて今更どうでもいい。

ていうか記憶を呼び戻さないで欲しい。


「なんだ、そんな話か……」

「なんだとは、何だ?」

「うぜえな。まあ良い。唯奈はお前を選んだ、それだけのことだ」


当時の俺だったら、非難の一つもしただろう。

態度によってはぶん殴ったかもしれない

だが、今となっては過ぎたことだ。


「良くない。このままじゃ気が済まない」

「面倒だな…… それで?」


先を促すと箕輪は改めて俺に向き直った。


「聞いてくれ。俺はお前の彼女と知っていて、唯奈を口説いた。でも、本気で彼女が好きなんだ。でもさ、アイツ、俺と付き合っていてもお前のことばかり話しやがってさ。ふと唯奈を見たって、お前を目で追っている。何でだよ!」


箕輪は俺の胸ぐらを掴んだが――

またすぐに崩れ落ちた。


「なんでだよ。 なんで彼氏の俺よりお前を気にかけるんだ…… 俺だって、いい加減な気持ちで付き合っているんじゃない……」


いや、だから済んだことはもう良いのに。

もう、馬鹿かと……

とは言え、跪く彼を見ていると真剣そのもので、そこに嘘が入り込む余地なんてないように見える。


「京都で置いて行かれた時には腹も立ったが、俺はこうして無事だ。問題無えよ」


今更、掘り返してどうなる。

――それが今の心境だ。


「み、三島…… 本当に済まなかった。俺を殴ってくれ!」


全然、人の話を聞かない奴だな……


「学校のスターを殴ったら俺が悪者になるだろう? 罠か? 俺を罠にかけようとしているのか? まあ、あれだ唯奈を大切にしてやってくれ。分かっての通り、俺と唯奈は幼馴染だ。時には、お前が言うような時もあるだろう。でもな、お前がサッカーで格好良い所を見せつけてやれば、俺の影も消えるだろうさ」

「い、良いのか?」


(聞くなよ、やっぱり馬鹿だろう?)


「――仕方ないだろう? お前は謝った。それで終わりだ」


俺は箕輪に背を向けた。


「お前は強いな……」


短い言葉だが、その声から気が晴れただろうことが伝わってくる。

こっちの方はまた嫌な事を思い出してイライラしはじめていると言うのに。


と――

階段を途中まで下りて立ち止まる。


「そうそう、なんで謝る気になった?」

「ずっと、ずっと引っ掛かっていて謝りたかったというのもある、が……」

「……」

「まあ、なんだ。唯奈に連れられてな…… 一年でよく当たる占いをする女子がるんだよ。」

「……ふうん、占ったのか?」


とことん馬鹿だと思う。

女子に付き合って占いするまでは良い。

だが、そんなものを真に受けるとか、吹き出しちまうよ。


そんな心情が俺の顔に出ていたのだろう。


ばつが悪そうに箕輪が白状した。


「ああ。笑うかも知れないが…… 『三島に謝罪しろ」ってな。まさか知り合いじゃないだろう?」


俺は首を横に振る。

笑って話を聞いていたが、本当だったら気味が悪いな。

まあ、トリックはあるだろうけど……


「でな…… 謝罪しなければ、サッカーで積み上げてきた実績が無駄になるって言うんだよ」

「なんだそりゃ? はははっ…… 笑らけるわ!」


とうとう堪え切れずに俺は笑った。

箕輪は照れくさそうに――


「まあ、笑うなよ。スポーツ選手なんて皆そんなもんだ。目立つように懐にしまい込んだお守りを握ったりさ……」


もう聞いていられねえよw


俺は箕輪を置いて階段を降り始めた。

振り返らずに手を振って、今度こそ、その場を後にした。


――と、少し下った所で美少女が気怠そうに壁にもたれ掛っていた。


上級国民の萌亜だ。

目の前を通り過ぎようとすると、壁から身を起こして俺に並んだ。


「もしかして聞いていた?」


と俺――


「貴方はそれで良いのですか?」


質問に答えず、逆に質問を返して来た萌亜。

眼を向けると彼女は明らかに不機嫌な顔をしている。


「仕方無いだろう…… もう、良いさ」

「そう…… 彼は命拾いしたようですね」


俺の言葉が不満だったのか、萌亜はジト目を向けながらも腕を絡めて来た。

柔らかい感触がすさんだ心を癒してくれる。


「怖い、怖い……」

「もう! 私は優斗のためを思って……」


軽口をたたく俺に頬を膨らませる萌亜。


「俺のために怒っているのだろう? 有難う」

「もう、優斗は…… 馬鹿……」


 そして、何事も無く放課後を迎えて――


 無事にサッカー部の壮行会が行われた。

全校生徒が見守る中、朝礼台に立って意気込みを語るキャプテン箕輪の顔は頼もしい。


「もしかしたら、Jリーガー誕生の瞬間に立ち会っているのかもな」

「ふうん。彼にはお手並みを拝見させて貰いましょう」


そう言う彼女の目は厳しい。


やっぱ、萌亜って怖い――


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