29.Once upon a time.③




 カノンとはそのまま林の中で、他愛のない話をして一緒に過ごした。

 今考えると、あんな寒空の下で二人ともよくジッとしていられたなと思う。広場などでサッカーでもして体を動かしているなら寒さもそれほど苦にならないだろうが、この時の俺とカノンは二人で並んで岩の上に座っていただけだ。

 ……まあ、幼さゆえの距離感というか、互いの肩がしっかり触れ合うくらいに身を寄せ合っていたから、それで温かかったというのもあったかもしれないが。


 ――せんぱいは、ここでなにしてたの? 一人でゆきがっせん?

 ――どうやってやるんだよ……そんなんじゃない。本をよんでただけだ。

 ――おそとで?

 ――……家の中は、うるさいんだ。うるさいの、きらいだから。


 俺は打ち明けるように言った。

 この頃の俺は騒がしいばかりの同級生たちもあまり好きじゃなかったから、あまり友達がいなかった。

 だから、同年代の子にこんなことを話すのも初めてだった。


 ――じゃあ、カノンとおなじだね。

 ――え?

 ――カノンもすきじゃない。みんなといるの。

 ――なんで?

 ――いじめられてるから。おかしいっていわれてる。かみのこととか。

 ――……そうか。ひどいな。

 ――だよね。ひどい。


 中身のない会話だったが、この時は互いにそれでよかったのだと思う。

 それぞれ抱えている問題はまったく違っていたが、なぜ自分が独りでいるのか、その理由を誰かに、自分と同じくらいの子供に話せるだけで気が楽になれたのだ。

 少なくとも俺は、打ち明ける相手ができたことを嬉しく感じていた。


 ――でも、ぜんぜんおかしくないぞ。

 ――え?

 ――お前のかみ。さっきもいったけど、本当にきれいだから。

 ――……うん。ありがとう、せんぱい。


 カノンはくしゃっと破顔して言った。白い頬がほんのり赤く灯っているように見えた。

 ……しかしまあ、こんなに素直に綺麗とか、よく言えたものだなと我ながら思う。そういうのに抵抗がなかった年頃とは言えな……。


 ――あたし、かえらなきゃ。

 ――家に?

 ――うん。やくそくしてるから。お父さんたちと。

 ――……そうか。じゃあまたな、カノン。


 同じ片田舎、同じ学校にいるのだから、またいずれ会えると思って俺は『またな』と言った。

 カノンはしばらく呆けていたが、やがてまた小さく笑うと、


 ――またね、せんぱい。


 胸の前でこぢんまりと手を振って、雪が敷かれた林の道を駆けていく。

 赤いコートを纏った後ろ姿が開けた道の奥へ消えるまで、俺は意味もなくぼんやりと見つめ続けていた。

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