27.Once upon a time.①
カノンと初めて出会った時、俺は雪の中で溺れかけていた。
……なにを言っているか分からないかもしれないからもう少し順を追って回想しよう。
昔々、俺がまだ祖父母の家、田園ばかりに囲まれた片田舎に住んでいた頃の話だ。
当時の俺は小学校の低学年で、とにかく家にいたくなかった。
別に外が好きだったわけじゃない。どちらかと言えば俺はインドア派だ。読書だって屋内の方が圧倒的に捗る。
にもかかわらず家にいたくなかったのは、その屋内の環境が最悪だったからだ……静かに読書をして過ごしたい俺にとっては。
――結論から言うと、祖父母の家はとにかく、騒がしかった。
広い客間にほとんど毎夜のように集う近所の爺さん婆さんたち。自然と開かれる宴会。
あるだけの酒を飲み、ほぼ全員が当然のようにヘビースモーカー。昨今の健康増進法や分煙の流れなど歯牙にもかけない吸いっぷりで常に燻製状態の部屋。
夜だから近隣に配慮して声を抑える、なんて常識も田舎には存在しない。家同士の距離が離れているし、そもそも近隣住民が一堂に会しての宴なのだから配慮も必要ない。
際限なく響く哄笑と胴間声。唐突に始まる演歌とフォークソングオンリーのカラオケ大会。
更にたちが悪いのは、酔っ払いに廊下で遭遇すると十中八九ウザ絡みされ、魔窟と化した客間に問答無用で連行されることまであったこと。
……俺が一人の時間や静かな場所を好むようになった理由は、間違いなく祖父母の家での生活にあると思う。
幼い頃の俺にとってはもはやトラウマもので、休みの日はほとんど必ず外で本を読んでいた。真夏でも真冬でも関係なくそうだった。
カノンと初めて会ったのは小二の冬休み、三が日のさなかだった。
普段にも増してどんちゃん騒ぎの家から逃げるように外へ出た俺は、例によって静かに本を読める場所を探して歩いていた。
いつもなら神社の境内か階段の辺りが狙い目だったが、三が日では人通りが激しい。河原は雪が積もっていて座れる場所がない。
歩き回った末、俺が辿り着いたのは学校の裏に広がる林の中、雪に埋もれることなくぽつんと頭を出していた大岩の上だった。
ここなら静かだし、落ち着いて本が読めると思い座ったが、当時の俺の視野は狭かった。だから大岩の上空を覆っている林の枝が、今にも零してしまいそうなほどの雪を抱えていることに気づかなかった。
結果、俺は落ちてきた大量の雪を食らい、けれど本は濡らすまいと体をくねらせたところ大岩からも転げ落ち、雪の中に溺れたというわけだ。
家の中があんなにうるさくなければ、こんな思いをせずに済んだのに……。
幼心に自らの悲運を呪いながら、俺はしばらく雪塗れのまま横になっていた。雪よりも重たいなにか押し潰されている気分だった。
――そんな時、俺はカノンと出会った。
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