16.挨拶は大事と存じます




 あっという間に放課後、部活の時間になった。友達が少ないと騒々しいイベントに巻き込まれることがないから助かる。

 ……まあ、部活は部活で、今日から騒々しくなりそうなんだが。


「おっはようございまぁす! 芥川カレン、失礼しまぁす!」


 早速の案の定。

 蹴破るかのような勢いで部室のドアを開けたのは、唯一の新入部員である芥川カレンだった。室内を包んでいたはずの静寂が一気に突き破られる。


「……やかましい。もっと普通に入ってこれないのか」

「えっ、別に普通じゃないですか?」

「どこの普通だ。体育会系じゃあるまいし、もっと静かに入ってこい」

「なるほど、分かりましたっ。文化系には文化系の作法ってのがあるんですね。以後気をつけますっ」


 小さく敬礼のポーズをしたのち、芥川はわざとらしくゆっくりドアを閉める。

 それから忍び足で俺の向かいの椅子まで移動し、物音一つ立てることなく腰を下ろした。

 ……ここまであからさまにされると、それはそれで皮肉られているようでムカつく。


「新入部員を簡単にクビにする方法とかねえのかな……」

「なんか、来て早々不吉な呟きが聞こえてるんですけどっ」

「なに、体調が悪い? それは大変だな。今すぐ帰った方がいい」

「今来たばかりなのに!? ていうかそんなこと言ってないですよぉ」


 チッ。策が浅はか過ぎたか。

 そもそもこいつ、体調とか悪くならなそうだしな。元から期待できない手段だったかもしれない。


「そんなことよりですよ、せんぱい。あたし、聞いちゃったんですけど」

「なにをだ」

「カノンちゃんとお隣さんになったことです。それで昨日、電話してきたんですよね?」


 ああ、そのことか……。

 今更だが口止めしておくべきだったかもしれない。面倒の種になることは分かっていたのだから。


「しかもお隣なのをいいこと、カノンちゃんを連れ込んでお楽しみだったとか……」

「待て。色々と脚色されかけている」

「でも、連れ込んだのは本当ですよね」

「外で倒れていたから救助したまでだ。しかもその時は、あれがカノンだとも分かっていなかった。てっきり俺は……」


 そう言いかけて口を噤んだ。なんとなく人違いしたことはいいたくなかった。

 ……しかし改めて見ると、やはりめちゃくちゃ似ている。

 鮮やかな金髪、あどけない顔立ち、線の細い華奢な体。

 おまけにこの小生意気な声から滲み出るウザさなど、どの要素を取っても瓜二つ。今のところまったく違いが分からない。

 今日は入室の時に名乗っていたから芥川カレンだと判断したが、もし悪戯で入れ替わられでもしたら見破れないかもしれない。


「ちょっと待ってくださいせんぱい。今、カノンって言いましたか?」

「ああ? それがなんだ」

「あたしのことは、なんて呼んでます?」

「……芥川?」

「なんでですか! カノンちゃんをカノンって呼ぶなら、あたしのこともカレンって呼ぶのが筋じゃないですかぁ?」


 バンと机を叩いて訴えてくる。うるせぇ。


「確かにカノンちゃんとせんぱいは幼馴染なので、自然と名前呼びになっちゃうのは理解できます……が、時間の長さなんて問題じゃないんですっ。大事なのは愛の深さですから、せんぱいもぜひあたしのことをカレンと!」

「そうか。うるさいからひとまず座ってくれ、芥川」

「愛情の欠片もないっ!? ううぅ、切なみですっ……!」


 ただ座るにもオーバーアクションな後輩だった。ていうかなんだよ、切なみって。

 ……愛情の有無はともかく、芥川はこの学校に三人もいることになるから、自ずと名前で呼ぶようになるとは思うのだが。

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