096:嚥獄踏破

 ヒュドラ討伐に成功した俺たちは、この階層が本当に最終階層なのか調べるために、地竜に跨って調査をしている。ボスがいる階層では、基本的にボスを倒した付近に下の階層に降る階段が出現するのだが、今回はそのようなことはなかった。

 そのためこの階層が最終階層であるとは思ったのだが、念の為隈なく調査してみようということになったのである。

 再びヒュドラがリポップするまでには、まだ1時間半ほどあるのだが、広大な階層をしっかりと調べようとすると、例え地竜で行動していたとしても、最低でも3時間は掛かってしまう。そのため、ヒュドラともう一戦交える可能性は高かった。


 しかし、調査を開始してから、一時間が経過すると『探るんだ君』に強い反応が現れた。俺たちはその方向に進むと、そこにはバスケットボールくらいの大きな白い球体が転がっている。



「なんだこれ?」今までダンジョンにダイブしてきて、こんな球体を見たのは初めてのことだった。するとミカが球体に近付いて、手をかざすと「この球体から強い魔素が漏れているようです」と言った。


「――これはこのダンジョンの核です」


「黒衣は知ってるのか?」


「はい。思い出した、というのが正確ではありますが」


「ひょっとして記憶を取り戻したのか?」



 黒衣は自分がまだ人間だった頃の記憶がなくなっている。しかし、俺のレベルが上がると記憶を取り戻せるということは分かっていたし、徐々に記憶が戻ってきていると黒衣からは聞いていた。



「詩庵様のご尽力のお陰で、ようやく記憶を取り戻すことが出来ました。――100階層目に降る階段でお話があるとお伝えしたのは、私の記憶が戻ったので過去に何があったのかをお伝えしようと思っていたのです。そして、ダンジョンについてもお話しさせて頂くつもりでした」


「ダンジョンについて?」


「はい。――詳しいお話をしたいのですが、ここでゆっくりしている時間がございませんので、この核を封印して拠点に戻りましたら説明させて頂きます」



 黒衣はダンジョンコアに手を翳すと、小さな声で「封魔」と唱えた。すると、黒衣の霊装がダンジョンコアを包み込んでしまう。序盤こそは黒衣の霊装で包まれていても白いダンジョンコアの形を確認することが出来たが、徐々に霊装が濃くなっていって10分もすると完全にダンジョンコアの光は閉ざされてしまった。



「これは魔素が漏れるのも、取り込むのも防ぐ術になります。これでこの核はこれ以上大きくなることはないでしょう」


「なんでダンジョンコアが大きくならないように封印したのかしら?」黒衣がダンジョンコアを封印したことに疑問を持ったのか、瀬那が質問をする。


「その質問も拠点に戻ってからお話しさせて頂きます」



 黒衣はそう言うと霊扉れいひを出現させたので、俺たちはそれに黙って従って扉を潜ったのだった。




 ―




 拠点に戻ると、俺たちはソファーに座って黒衣がコーヒーを持ってきてくれるのを待っていた。

 嚥獄を完全踏破したのは嬉しかったのだが、それ以上に黒衣がこれから語る話が気になって、俺たちは無邪気に喜ぶことが出来ないでいた。俺たちの周りに少しだけ重い空気が流れていると、黒衣がコーヒーとお菓子を運んで来る。



「せっかく嚥獄を踏破したのに、私のせいで素直に喜べない空気にしてしまい申し訳ありません」黒衣は俺たちの空気を察したのか、申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪してきた。



 そんな黒衣に「黒衣ちゃんのせいじゃないよ! ごめんね、これからどんな話になるのか分からなくて緊張しちゃってた」と凛音がフォローをする。凛音の気遣いに黒衣は「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べてから、俺たち全員をゆっくり見回した後に口を開いた。


「これからお話しさせて頂くのは、詩庵様のご先祖様のお話です。ですが、その前に先ほどダンジョンで見つけた核……今風に言うとダンジョンコアについて説明させて頂きます」



 別に核でも構わないのだが、黒衣は気にした感じでダンジョンコアと言い直した。実際にダンジョンコアは見つかっていないので、その知識はラノベなどによるものだ。

 黒衣はそういうところがあり、俺たちに合わせようと努力をしてくれている。口調も以前はもっと硬かったが、今では少し柔らかくなってる気もする。こちらはあまり気にしていないのだが、頑張ってくれようとしてくれている黒衣が可愛らしいなと俺たちは思っていた。



「ダンジョンコアは、全てのダンジョンの最下層にございます。ですが、ランクが低いダンジョンでは、ダンジョンコアが小さくて見つけることが出来ないのです。Aランクのダンジョンで、小石程度の大きさしかないでしょう。嚥獄だからあの大きさまで成長したのでしょう」


「なるほどな。だけど、なんで態々ダンジョンコアを封印する必要があったんだ?」


「それはダンジョンがあれ以上成長してしまうと、日国が……いや、世界が滅んでしまう可能性があるためです」



 世界が滅びるだって?

 ダンジョンの話をしていただけなのに、突然世界が滅ぶという規模の大きな言葉を聞いて俺たちは驚いてしまう。



「冗談だろ?」


「いえ、本当のことです」黒衣はそういう冗談を言わないというのは分かっている。しかし、それでも世界が滅ぶという言葉は現実味がなかった。


「ダンジョンがこのまま成長するとどうなると思いますか?」



 俺はその質問に答えることが出来なかった。ダンジョンが成長するとどうなるのか。こんなことを考えたことが一度もなかったのだ。それは凛音たちも同様だったようで、誰一人口を開く者はいない。



「ダンジョンがあれ以上成長すると、怪の国に繋がってしまいます」


「え?」あまりにも想定外の回答に俺は間抜けな声を出してしまう。


「そして、ダンジョンと怪の国が繋がってしまうと、日国に大量の魔素が流れ込んできて、等級問わず怪が日国に蔓延はびこるようになるでしょう」



 俺たちはあまりの衝撃に何も言えなくなってしまった。

 俺がロマンを感じていたダンジョンは、怪の国へと繋がる魔の通路だったというわけだ。

 確かに階層を降るにつれて魔素が濃くなって、魔獣も強くなる説明もついた。まぁ、10階層ごとにボスが出てきたり、霊装を纏った魔獣が出てくるのは謎でしかないのだが。



「私がまだ人間だった1200年前は、日国と怪の国が繋がっておりました。ですが、当時の怪の国では戦争が起きていたので、日国に来る怪が少なかったため何とか存続することが出来たのです。それでも、日国に現れる怪は今でいう1等級クラスでしたが頻繁に現れていましたが……」


「1等級クラスの怪が頻繁に? そんな奴らに太刀打ちすることが出来たのか?」


「はい。当時の陰陽師の力は、滅怪よりも強い力を持っていました。詩庵様ほどの力はありませんが、それでも怪の国へ行って戦うくらいの力はあったのです。それでも1等級の怪と戦う場合は、それ相応の被害がありましたが」



 その話を聞くと、確かに当時の陰陽師は現在の滅怪よりも大きな力を保持していたのだろう。しかし、何故滅怪は弱体化してしまったのだろうか?



「今の滅怪が当時の陰陽師よりも力がないのは、魔素の量に影響しております。――美優さんにお聞きしたいのですが、神託の儀が行われる場所は龍穴りゅうけつと呼ばれるダンジョンのような場所で行われていないでしょうか?」



 突然話を振られた美優は慌てながらも「龍穴という言葉は初めて聞いたが、神託の儀は確かにダンジョンのような洞窟の中で行われるな」と言った。



「その神託の儀が行われている場所こそが、当時怪の国と日国を繋いでた通り道で、今で言うダンジョンなのです」




 ☆★☆★☆★☆★


 以前、ダンジョンの仕様がハンターにはキツすぎる的なコメントを頂きましたが、全くもってその通りで、本来なら霊装持ちじゃない人が、ダンジョンの中に入ること自体が自殺行為だったりするのです。

 それでも霊装持ちじゃない魔獣は倒せるのでやり繰りは出来ていましたが、オーラのみでは必ず限界は訪れる感じです。世知辛い世の中だ。

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