064:エティン

「凛音からもらった『探るんだ君』のお陰でかなり捗ったな……」


「はい。まさか昨日はあれだけ苦労したのに、もう19階層目まで来れましたからね」



 俺たちは早朝から再び動き始めたのだが、『探るんだ君』があることでかなりの速度で下の階層を探すことができるようになったのだ。

 『探るんだ君』の範囲は、先日凛音に聞いた通り半径300メートルくらいが限度だったのだが、無闇矢鱈と歩くのではなく階層内の壁を沿うようにしてジグザグに進むことで発見することができるようになったのだ。

 イメージとしては、学校の教室をワックス掛けするときに、端から徐々に塗りつぶしていくと思うが、それと同じような形でダンジョンを探索するようにしたのである。


 それにしても嚥獄の広さは異常だと思う。

 これに対する疑問を黒衣に伝えたところ同様に思っていたらしい。



『はい。私も疑問に思っていました』


『俺の仮説でしかないんだけど、この充満する魔素量といい隠世と同じような理屈になってるんじゃないかな』


『なるほど。それでしたら、異常な広さにも納得ができますね』



 これが昨日のキャンプ中の会話である。

 この仮説が正解なのかは分からない。

 恐らくだがランクの低いダンジョンは、魔素の濃度が薄いため実際の空間の広さしかないのだが、ランクが高くなるにつれて魔素濃度が濃くなるのでダンジョンが広くなっているのではないだろうか。

 そして、嚥獄の魔素は今まで経験したダンジョンの中でも最高に濃いのだ。

 以前合同パーティでダイブした、虚無も20階層のバジリスクから途端に魔素濃度が増えたので、21階層以降は嚥獄並みに濃くなって、その分階層も広大になっている可能性がある。

 なので、いつかその仮説を正解に近づけるためにも、虚無へダイブしようと思うのだった。


 19階層目まで来ると魔獣も強くなると思っていたのだが、正直他の階層とあまり大差はなかった。

 だが、ハムハムさんたちも21階層目から魔獣の凶悪さが変わると言っていたので、本番はそこからなのだろう。



「あっ、あそこにあるのが階段じゃない?」



 瀬那が指差した方に大きな穴が空いている。

 『探るんだ君』もその方向を指しているので間違いないだろう。



「恐らくそうだな。――さて、ここまでかなり順調に来たけど、一気にボス戦やっちゃうか?」



 通常はボス戦の前は万全を期すために、直前で一泊するのがセオリーになっているが、俺たちは魔獣との戦いにも苦労はしなかったし、『探るんだ君』があることで体力面も問題なかった。



「念の為一時間だけ休憩をして、一気に20階層を突破してしまいましょう」


「そうね。私もまだ全然大丈夫よ。一気に進めちゃいましょ」



 2人からも了承を得たので、黒衣が言うように少しの休憩を挟んでからボス戦に挑むことになった。

 早速2人に結界石を配置してもらって、俺は『撮るんだ君』のカメラの奥にいる視聴者に説明をすることにした。



「ボス戦の前に休むのがセオリーではありますが、今日はスムーズだったこともあるので、一時間休憩したらボス戦に挑むことにします。休憩の間は配信を止めるので、良かったら一時間後にまた閲覧してくれると嬉しいです。それではまた一時間後に会いましょう」




 ―




「お待たせしました! これから20階層に行ってボスと戦います! 嚥獄の20階層目に現れるボスはエティンですね。顔が2つある巨人で棘のついた棍棒で戦うらしいです」



 俺は事前に得ていた情報を説明しながら、階段を下っていく。



「あと、エティンとの戦いは私一人で行う予定です。――おっ、20階層目が見えてきました。それでは戦闘に向けて集中したいと思います。皆さん応援してください」



 俺は『撮るんだ君』を追尾モードにして、意識をダンジョンに切り替える。

 情報ではエティンは気性がかなり荒く、20階層目に足を踏み入れた瞬間に戦闘が始まることもあるらしい。

 また、ここのボスは1体ではなく複数体いるらしい。

 ボスがいる階層は、全てを殲滅しないと下に降る階段が出現しないので、そいつら全てを殲滅する必要がある。



「そろそろ20階層に到着するな。エティンは俺が全部やるから、2人は控えててくれ。もし撃ち漏らした奴がいたら2人に任せる」



 俺がそういうと2人は静かに首を縦に振る。

 その姿を見た俺は、いきなり襲われても対応できるように鞘から刀を抜いた。



「「「「グォォォオオオオオオオ!!!!!」」」」



 20階層に俺が足を踏み入れた瞬間、雄叫びが四方から聞こえてきた。

 そして、すぐにドドドドドと地鳴りのような足音がこちらに近付いてくる。



「来るぞ!」



 森の木々を薙ぎ倒しながら、体長6メートルの巨人が1体姿を現した。

 大きな棍棒を振り上げながら、俺たちに向かって一直線に襲い掛かってくる。

 そして、射程範囲に入ると勢いよく棍棒を振り下ろしてくるが、俺はその腕を一振りで斬り落として、そのままエティンの首まで飛んで黒刀を横薙ぎにはらう。


 軽々と一体のエティンを倒すと、今度は3体同時に森から姿を現した。

 その姿を確認すると、今度は俺が一直線にエティンの元へ走り、一振りで両断していく。


 それからも続々とエティンは俺に襲い掛かってくるが、それら全てを返り討ちにすると27体目になってようやく地鳴りのような足音は聞こえなくなった。



「終わったか?」



 最後のエティンを倒してから、5分くらい周りに気配を研ぎ澄ましていたが、これ以上襲いかかってくることはなさそうだった。

 離れた場所で待機していた黒衣と瀬那も、緊張を解いて俺の元まで近付いてくる。



「お疲れ様でした、詩庵様」


「なんか詩庵が戦ってると、エティンがとても弱そうに見えるわね」



 黒衣は俺を労ってくれたが、瀬那は少し呆れたような顔をしている。

 完勝したというのに解せん……。



「けど、詩庵のお陰で私も黒衣ちゃんも全然元気だしね。このまま行けるところまで行っちゃわない?」


「私もそれで良いかと思います。まだ時間あることですし。ですが、念の為ここからは私と瀬那さんがメインで戦いたいと思います。よろしいでしょうか?」


「いや、黒衣の気持ちは嬉しいけど、ここからも俺がやる。強くなるためにやらないとダメなんだ」



 虚無で戦ったバジリスクとは、俺の油断が招いてダメージを負ってしまったし、2等級の怪だった芽姫との戦いでもあと一歩のところでとどめを刺すことができなかった。

 俺ははっきり言ってまだまだ弱い。

 黒衣は俺を立ててくれはしているが、実際のところ俺よりも強いだろう。

 このまま黒衣に甘えていても、俺は今後強くならないような気がするのだ。

 だから、ここで甘えるわけにはいかなかった。



「――分かりました。それでは、ここからは瀬那さんにサポートに回ってもらって、私が不意に現れた魔獣に対処する形にしたいと思います」



 黒衣は俺の表情をジッと見つめたあと、提案に了承してくれた。

 なんとなく黒衣の方がリーダーっぽい感じになっているが、ここはあまり気にしないようにしよう。




 ―




 その後順調に階層を降ることができて、26階層目で今日の攻略は終了とした。

 21階層目から魔獣が強くなると聞いていたが、蓋を開けてみたら俺たちの敵ではなかった。

 確かに強くはなっていたが、身の危険を感じることはなく、それは瀬那たちも同様だったようで「ここまでは問題ないわね」と言いながら笑顔を見せている。


 今日のキャンプでは、全員で凛音に『探るんだ君』を絶賛して褒めまくってやった。

 凛音は照れていたが、「じゃあ、もっと広範囲で分かるバージョン2も考えてみようかな」と嬉しそうな顔をしていた。

 その後、黒衣の作ってくれた食事を食べ終わった俺たちは、コーヒーを飲みながら焚き火を囲みながら会話をする。

 わざわざ焚き火なんて炊かなくても良いんだけど、やっぱり雰囲気が出るから良いよな。



「そういえば、明日27階層目に進んだら、現役ハンターの中で一番嚥獄の奥に進んだパーティってことになるって気付いてた?」



 その言葉に俺は少し呆然としてしまう。

 そ、そうだった。

 確かに現役のハンターで嚥獄の攻略階層は25階層で、26階層目を攻略できたパーティはまだいなかったのだ。



「か、完全に忘れてた……」


「私もすっかり忘れてたわ。もうそこまで来たのね……」



 ボソリと呟く瀬那の方に顔を向けると、若干目を泳がせつつも少し嬉しそうな表情を浮かべていた。



「そうか。あとは30階層のバジリスクを倒して31階層目に行ったら、嚥獄の攻略階層だけで言ったら日本一になれるんだな」


「うん。そう言うことだよ。――どう? 嬉しいかな?」


「確かに嬉しいな。だって半年くらい前まで俺は最弱のJランクダンジョンすら踏破できなかったんだぜ?」



 俺から目を逸らして、ちょっと悲しそうな表情を凛音は浮かべた。

 凛音は俺がクラスメイトからどんな風に言われていたか気付いていたが、それに対して何もしなかったことをまだ気にしている節がある。

 だから俺は努めて明るい声で「だけどさ」と話を続ける。



「黒衣と出会って、怪の国で奴隷になっていた凛音を救えた。そして、瀬那のことだってそうだ。あの時諦めなかったから、こうして最高の仲間に出会えたんだ」



 凛音を始めとして、黒衣や瀬那も俺のことを見つめてくる。



「俺たちのゴールは別に31階層に行くことじゃないだろ? 俺は嚥獄の最深部にだって行きたいし、これから怪の国に行って奴隷になった人たちをもっと解放できるようになりたい。――だからこんなところで満足してるわけにはいかないからな」


「詩庵様の仰る通りです。私たちはここで満足するほど弱くもないし、満足もしていません。もっと高みを目指しましょう」


「そうね。私も2人に負けないようにもっと強くならなきゃ」


「さすがだね、みんな! じゃあ、今回のダイブが終わってからどうするか、私も色々と考えてみるね。滅怪めっけ対策もしないとだし」


「さすがなのは凛音さんですよ」


「私もそう思うわ。凛音ちゃんは私たちの頭脳なんだから」



 お互いを認めて、それぞれの役割を果たそうとしている彼女たちを見て、改めて俺は最高の仲間と一緒に戦えていることに感謝をしていた。

 俺は彼女たちのリーダーとして、もっと強くなって頼られる存在にならないといけない。


 それに俺たちはハンターとしての活動以外にも問題が山積みだ。

 日国に現れる怪はもちろん、滅怪めっけとの確執もそうだし、前回倒しきれなかった芽姫めきも気になるところだ。

 そろそろ、ひとつずつ潰していかないとな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る