015:霊獣

 試練を突破した俺は、翌日の午前はいつも通り霊装の基礎練習や、黒天を使って素振りを繰り返した。

 そして、お昼の休憩が終わると「それでは、参りましょう」と言いながら俺の方を一度見ると、そのまま寺院の外に向かって歩き始める。


 そう。

 俺は初めて霊獣との実戦をする。

 これから始まることはただの修行ではない。

 相手を殺すか、殺されるかの真剣勝負なのだ。


 一瞬目を瞑った俺は、自分の心に問いかける。

 本当に大丈夫なのか、と。

 そして、自分の心が思った以上に平静だったことに正直驚いてしまう。


 俺には黒衣がいるし、怪の国で一番硬いと言われる鉱石も一刀両断できた。

 それが思った以上に俺の自信へと繋がっているらしい。


 瞑っていた目を静かに開くと、寺院の出入り口で俺のことを待つ黒衣の元へゆっくりと歩き始めた。



「さて、霊獣狩りにでも行きますか」




 ―




 なんて調子に乗っていたときもございました。

 正直霊獣を目の前にしちゃうと、そんな余裕も吹っ飛んでしまう訳です。

 い、一時間前に余裕ぶちかましてたのは、本当に謝罪するので――逃げてもいいですかね?




 ―




 霊獣を目の前にして、色々と後悔をしていた時から遡ること10分前。

 黒衣に連れられて霊獣の森へ入った俺は、先日とは違って心に結構なゆとりがあった。霊装断絶を使っていないのにも関わらずだ。



「霊獣ってどれくらいの頻度で、出会ったりするものなんだ?」


「運の要素も大きいので何とも言えません。出会うときは30分に一度くらいのペースで会うのに、さっぱりな時は一日中歩いても出会うことがありません」


「そっか。今日はどうだろうな? せっかく覚悟を決めたんだし、どうせならちゃんと戦えるといいんだけどな」


「心配ご無用ですよ、詩庵様。私は霊装を察知することができるので、どこに霊獣がいるのかは遠くからでも判断できますので。なので、ここら辺一帯で一番強い霊獣に出会えると良いですね!」


「い、いや。まずはそこそこからのでお願いしたい、かな?」



 黒衣さんは、ポロリと恐ろしいことを言うから、油断できないんだよな。

 昨日よりは気持ちに余裕があるって言っても、レベル1で低ランクダンジョンの2階層目がやっとの俺なんだから、いきなり強いのとか本当に勘弁してください。


 なんて考えてると、基本的には真反対のことが起きるって定番だよね?



「霊獣の気配が近付いてきました。――お喜びください! 恐らくこの一帯で一番強い種族の霊獣でございます!」



 やっぱりぃ!!!

 こうなるんじゃないかな? とは思っていたんですよ。

 なんで良いことは外れるのに、こういう時だけピンポイントで当ててくるんだろうか。



「それでは霊獣の方へ向かいましょう。相手は確かにここら辺で一番強くはありますが、戦いにくい相手ではございません。今の詩庵様なら必ず勝てる相手でございます」


「あぁ、ここまで来たんだ。俺だって覚悟は決めてるよ」



 俺は覚悟を持って、霊獣の方へ足を向けるのであった。




 ―




「く、黒衣さん。あの霊獣と今から戦うんですかね?」


「その通りです。景気良くバッサリと斬って下さいませ!」



 お、おぅ……。

 黒衣さんなんでそんなにノリノリなの?

 すでにさっきまでの余裕なんて、すでに俺の中にはないんですよ?


 だって、目の前にいる霊獣を簡単に説明すると、体長10m以上の大きなゴリラですよ?

 筋肉モリモリだし、爪や牙の鋭さが半端なさすぎる。

 うわぁ、逃げてぇ。


 正直テンションがダダ下がりなのだが、隣をチラリと見ると黒衣がキラキラとした目で俺のことを見ている。

 うっ、眩しすぎる……。


 まぁ、けどここまで来て芋引くなんてありえないよな。

 よしっ、覚悟決めたらぁ!



「黒衣、行くぞ!」



 俺は手を右に突き出して「黒天っ!」と叫ぶ。

 その瞬間に俺の掌の中には、黒天が握られていた。

 そして、その勢いのまま霊獣の元へ疾走する。



『あの霊獣はすでに詩庵様の気配を捉えて、臨戦態勢を取っています。呉々も油断なさらぬよう』


『あぁ、任せとけ。あんな化け物相手に油断なんてありえねぇよ!』



 不思議と黒天を握った瞬間から、俺の中にあった恐れは綺麗に消えていた。

 だからと言って油断をしているわけではない。

 俺は程よい緊張感に包まれながら、霊獣に向かって黒天を振り抜いた。



「ぎゅわぉおぉぉおおぉおおおおん!!!!!」



 アダルガイドを斬ったときと同様に、俺の手には斬った感触が一切なかった。

 だが、目の前に転がる霊獣の脚と、耳を擘くような悲鳴が俺の一振りが通用したことを物語っていた。


 片足が切れたことでバランスを崩した霊獣の、残った脚の方へ行き横薙ぎで一閃する。

 そしてついに倒れ込んだ霊獣の首元まで行き、一気に首を薙ぎ払った。

 すると、首を切られて動かなくなった霊獣が、靄に包まれて霧散する。



 ドクン



 目の前に霊獣がいなくなってすぐに、俺の身体に異変が起きた。

 何か得体の知れないものが、俺の中に入ってきた感触。


 何これ、ちょっと気持ち悪いんですけど……。

 俺はその場に座り込んでしまったが、少しの間ゆっくりしていると徐々に落ち着いてきた。



『詩庵様。アプレイザルをご確認ください』



 俺の頭に黒衣の声が響いてきた。

 それにしても、霊獣を倒したら『流石でございますー!』と声を掛けてくると思ったが、そんなことはなくて落ち着いた声でアプレイザルを見ろという指示を送ってきた。

 なんか違和感を感じるなと思いつつも、俺は言われた通りにお久しぶりのアプレイザルを開いた。



「え?」



 アプレイザルを開くと、俺のレベルが3に上がっていたのだ。


 ちょっと待って?

 俺のレベルが上がったの?

 しかもレベル3だって?


 俺はアプレイザルに表示される数字が信用できず、ただ呆然としてしまった。



『詩庵様。黒天を投げてくださいませ』



 俺はボーッと言われるがまま黒天をポイっと投げると、人の姿になった黒衣が「おめでとうございますー!」と言いながらタックルをしてきたので、俺はその勢いで尻餅をついてしまう。


 あれ?

 アダルガイドを斬った時もこんなことあったような……。

 これはデジャブかな?



「ついにレベルが上がりましたね。本当におめでとうございます」



 黒衣にとって霊獣を倒したことよりも、俺のレベルが上がったことの方が嬉しかったのだろう。

 だって、黒衣は俺が苦しんでいた8ヶ月をずっと見守ってくれていたのだから。



「本当にレベルが上がったんだな……」



 正直簡単には信じられなかった。

 だけど、アプレイザルに表示されている3という数字と、俺に抱きついて涙を流しながら喜んでくれる黒衣を見て徐々に実感が湧いてくる。


 よっしゃぁ!

 やっと、やっと俺はレベルを上げることができたんだ!

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