009:変化する魂

「俺が死んだ?――ってことは、俺って今幽霊なのか?」



 さっきまで、美味しく朝食を食べて、しかもお代わりまでしたのに俺って幽霊だったの?

 そんな俺と朗らかに会話してる黒衣も幽霊ってこと?

 もう俺のキャパ超えちゃってるんだけど……。



「いえ。今の詩庵様は生きておられます。確かに一度ご自身の魂を喪失されました。ですが、今は魂も戻っております」


「さっきも魂の喪失って言ってたけど、どういうことなんだ? 死んだってことは心臓が止まったってことなんだよな?」


「心臓が止まることで、魂も喪失してしまいます。ですが、もし心臓が再度動き始めたとしても、魂を喪失していたら目を覚ますことはないでしょう」


「脳死的なやつ、かな? だけど、今の俺は心臓が動いて、魂も元通りってことで良いってことか? けど、どうしてあの状況で、俺は助かることが出来たんだ……?」



 普通に考えてあれが実際に起きた出来事なのだとしたら、俺は確実に死んでいただろう。だけど、今の俺は怪我ひとつしてないし、黒衣が言うには魂もちゃんと取り戻しているようだ。



「それは、詩庵様の心臓が止まって、魂が喪失した瞬間に神魂しんこんが発動したからでございます。神魂が発動した時の衝撃で心臓は再び稼働を始めて、その引力で魂を引き戻すことができました」


「――神魂?」


「神魂とは、本来人間が持つことが出来ない魂でございます。そして、この力が発動したことで、私が現世うつしよに顕現することができたのです」


「現世? 顕現? ――あぁ、ダメだ。聞きたいことが多すぎる……」



 つまり、本来人間が持つことの出来ない神魂ってのが発動して、それが原因で俺は既のところで助かったと。んで、神魂が発動したことで、黒衣は生まれたってことなのか?


 うん。何も分からないわ。


 ちなみに俺の負った怪我は、黒衣の能力で治してくれたらしい。――あの傷を治せる能力って、シンプルにヤバすぎない?


 余程困惑した表情を浮かべていたのか、黒衣は「分からないことは多いかと思いますが、今は私の話をお聞きくださいませ」と言ってきたので、取り敢えず言われるがまま大人しく話を聞いてみることにする。



「では、詩庵様を襲った、あの異形の者の正体からご説明差し上げます」


「あ、あぁ、よろしく頼む」


「あの異形の者は、『かい』と申します。現在の日国では、妖怪という呼び名の方が一般的でしょう。怪の成り立ちですが、実は最初から怪として生まれるわけではございません。あれらは元は人間だったのです」


「人間が妖怪になったってことなのか?」


「正確には人間だった者の魂でございます。人間が死ぬと通常は魂となり、芽生えたばかりの命の種に宿って、新しく生まれ変わります。ただし、命とは人間だけではなく、この世で生きるすべての生物が対象となります」


「動物や草花もってこと?」


「その通りでございます。人間社会では、このような現象を輪廻転生と呼んでおります」



 『輪廻』とは、人間を含むすべての生き物が死んだ際に、すべての生き物に何度も生まれ変わることを指す言葉だ。そして、『転生』は人間の肉体が死を迎えた後に、その魂が新しい肉体に宿って新しい人生を始めることを言う。

 黒衣は説明を割愛したみたいだったが、ひょっとしたら六道輪廻も本当にあるのかも知れない。



「しかし、稀にその理から逸脱する魂が現れます。それが怪です。怪になる魂の条件は、この世に強い恨みを持っている、人間の魂でございます。そのような魂は、輪廻転生の理から外れて怪として生まれ変わるのです。また、怪には肉体がなく、魂で形作られているという特徴がございます。そしてその魂を怪魂といいます」


「肉体がないって……。つまりあいつらの事はどうやっても倒せないってことなのか?」


「オーラを纏って攻撃した場合は、多少のダメージを与えることができるでしょう。ですが、そもそも普通の人間には、日国内では怪を見ることすらできません」


「人間には見ることも倒すこともできないって……。そんなのどうしようがないじゃないか。何で今まで日国は怪に滅ぼされてなかったんだ?」


「人間の中にも神魂を発現させて、怪に攻撃を与える唯一の手段の霊装れいそうを纏う者がいるからです。当時はそのような者たちのことを、陰陽師と呼んでおりました」


「陰陽師! あの有名な安倍晴暗って本当に妖怪退治してたんだ!」


「安倍晴暗は確かに陰陽師でしたが、そこまでの実力はございません。美男子でしたから、物語の主役として相応しかったのでしょう」



 なるほど、安倍晴暗って実力なかったんだ。だけど、美男子だったから、実力はないけど物語の主人公に据えられたと。晴暗ファンが聞いたら発狂しそうな内容だな……。



「また、1200年ほど前は組織化などされておらず、陰陽師個人がそれぞれ怪と戦っていたのですが、後に怪と戦える力を持つ者たちが集まって、組織化されたのです。その組織の名称は『滅怪めっけ』と呼ばれておりました。恐らく現代の日国にも滅怪のような組織は存在していることでしょう」



 お、思ったよりも壮大な話になって来たな……。

 まさか陰陽師とか組織とか、そんな話になるとは思ってもみなかったよ。


 つか、陰陽師の人たちって俺みたいに全員怪に殺された人たちだったのか?

 話の途中ではあったが、気になり過ぎたので、つい質問をしてしまった。



「いえ、詩庵様のように怪に殺されて、発動したわけではございません。彼らは神託の儀を経て神魂を授かるのです」


「そんな儀式もあるのか。じゃあ神魂が発動してない俺が、怪を見ることが出来た理由は何でなんだ?」


「怪が展開した隠世かくりよの中に、閉じ込められたからでございます。先程日国内で怪を見ることが出来ないとお伝えしましたが、正確にお伝えすると、魔素が少ない場所では普通の人間には見ることができないのです」


「つまり、その隠世の中は魔素が充満してるっていう理解でいいのか?」


「仰る通りでございます」



 確かに身に覚えはある。

 あの森の中に入った時の圧迫感は、ダンジョンの比にならないくらいキツかった。




 ―




「それでは改めまして、人間だったはずの詩庵様が、一度死んだことで神魂が動き出した理由を説明させて頂きます」



 先程の黒衣の話によると、俺に神魂が発動したのはかなりイレギュラーっぽかった。

 どうして、発動したのかも気になるし、それにより黒衣が顕現したとも言っていた。

 正直現時点で一番気になるトピックスと言っても過言ではない。



「詩庵様の祖先にあたる人物は、神魂を持つ陰陽師でした。そして、その者が万が一子孫が怪に殺されたときに、自分の神魂が殺された子孫――今回ですと詩庵様に発動するよう、術式を仕込んでいたのでございます」


「つまり、ご先祖様に助けられたってことなのか。俺の先祖ってどういう人だったか、黒衣は知ってる?」


「いえ。実は私も記憶が全て残っている訳ではなく、細かいところは抜け落ちてしまっているのです。お役に立てず申し訳ありません」



 そう言うと黒衣は項垂れて肩を落としてしまう。



「べ、別に絶対知りたいって訳じゃなかったから、黒衣が気にすることないよ。色々なことを教えて貰ってるし、十分以上に役立ってるって」


「それは良かったです。安心しました」



 黒衣は頬を染めながら微笑んで、俺の手をギュッと強く握った。



「それで、今の俺の魂ってどういう状態なの? 俺の魂とご先祖様の神魂ってどんな感じになってるんだ?」


「現在は、どちらも稼働している状態でございます。そして、神魂に反応することで、詩庵様の魂が現在神魂化が進められている状態です」


「え? 俺の魂も神魂になるって、俺の人格とかに影響とか与えないのか?」



 生き返ることが出来たのは良かったが、神魂になることで俺が俺でなくなったりするのだろうか。

 それは流石に嫌すぎるな……。



「魂が神魂になったとしても、今の詩庵様でなくなる訳ではございません。魂が神魂化することで、詩庵様が神魂の力を使用できるようにするのです」


「神魂の力? それって陰陽師の力を手に入れるってこと?」


「そうですね。陰陽師の力、つまり霊装の力を詩庵様が会得されるということでございます」


「うーん。さっきからちょくちょく出てくる霊装って何なのかよく分かってないんだけど……」


「霊装とは、現代の日国でオーラと呼ばれているモノと、似て非なるものです。そして、得られる力は天と地ほどの差がございます」


「だけど、ハンターランクがAになってる人たちのオーラは相当凄いって噂だけどな」



 Sランクハンターのオーラは凄まじく、100mを7秒台で走ることが出来るし、100kgのダンベルを片手で軽々と持てるという噂を耳にしたことがあった。

 さすがにそれと比べて天と地ほどとは言い切れないだろう。



「その者らのオーラが如何程のものかは存じ上げませんが、身体の表面にくっ付いているだけの力に霊装が負ける道理はございません」


「身体の表面に?」


「はい、その通りです。例えるならオーラとは洋服みたいなものです。最初はTシャツ一枚ですが、魔獣を倒すことでその洋服の厚みが増してきて、ダウンジャケットとなるというイメージです。いくら着飾っても所詮は洋服に変わりはございません」


「じゃ、じゃあ霊装はどんな力があるって言うんだ?」



 俺は憧れていたSランクハンターに対する辛辣な意見を聞いて、若干ムキになって黒衣に突っかかってしまった。

 内心ではすぐに反省したのだが、黒衣は特に気にしたこともなさそうに「少々お待ち下さい」と言い残して、キッチンへ行ってしまった。


 少ししたら黒衣がリンゴを手にして戻ってきた。そして、リンゴを持つ手を伸ばして「握ってみて下さい」と言ってくる。


 俺はリンゴを受け取って、言われた通り軽く握ってみる。


 グチャッ……ボトボトボト



「……………………………ん?」



 軽くリンゴを握っただけなのに、突然弾けて果肉が飛び散ってしまった。

 俺は呆然としてしまう。それはそうだろう。何せ俺は力なんて全然込めていないのだから。もちろん以前までこんな事は出来なかった。



「お分かり頂けたでしょうか。これが霊装の力の末端でございます。現在は神魂化の進捗率は凡そ60%くらいです。それでも詩庵様にはそれだけの力があるのです。もし今後レベルを上げて、さらに力を付けた場合、今よりも遥に大きな力を手に入れることになるでしょう。それは日常生活をする上で困難になるくらいの力を、です」



 俺は自らの手でグチャグチャにしてしまったリンゴを見る。黒衣の言うことは恐らく嘘ではないのだろう。だけど、どうすればいいんだ? これよりも強い力なんて手に入れたら、本当に生活できなくなるぞ。

 俺がこれからの生活に絶望していると、黒衣は俺の悩みなんてお見通しと言わんばかりに口を開いた。



「なので、詩庵様にはこれから力、つまり霊装を制御する修行をして頂きたいと思います。制御するだけでしたらそんなに時間は必要ないと思われますので、恐らく一週間もすれば普段通りの生活を送ることができるでしょう」


「マジで? 制御ってのが出来るのか。それなら大丈夫、かな」


「では、早速参りましょう」


「参る? ってどこに?」



 間抜けな声を出す俺を尻目に、黒衣は右手を前に差し出すと、古めかしい扉が急に現れた。


 何なの一体?


 色々と疑問に思えど、ぶっちゃけ俺は理解することは諦めつつあった。

 この世の中には分からないことがたくさんあるよねぇ。あはははは。


 扉を出現させた黒衣は、玄関に向かったと思ったら、俺と自分の靴を持って戻ってきた。そして、俺の手を取って扉の前に立つ。



「詩庵様ご準備はよろしいですね」



 黒衣は俺の返事を待たずに扉を開けて、俺の手を引っ張ってきた。

 え、待って。心の準備出来てないんですけど……。

 そんな俺の気持ちなんてお構いなしに、黒衣は俺と共にスルッと扉の先に行ってしまった。



「…………はい?」


「こちらでしたら、思う存分修行をすることが出来ます。」



 扉の先に広がっていた光景に、俺は再び思考するのを諦めた。

 どうして俺は森の中にいるんですか?

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