ギルドマスター

ギルドマスター 1

 どれくらい眠っただろうか、アシノはボーッとした頭のままで薄っすらと開いた目をまた閉じて考える。


 昨日は何をしていただろうか。確かギルドで騒ぎがあって、ウートゴに会って、それで……


 ハッとして今度は完全に目を開いた、そして自分が枕にしているものを手で触ってみる。


 この感触はと思い上を見上げるとアホ面をした男が1人。


 ムツヤは壁に寄りかかってあぐらをかいたまま眠っていた。そしてアシノはムツヤの足を枕代わりにして寝ていた。


 どうしてこんな状況になったかはわからないがアシノはバッと身を起こしてムツヤを見る。


「おい! おい、起きろムツヤ!!」


 アシノはムツヤを揺さぶって起こそうとした。ムツヤはうめき声を上げながらも目を覚ましたらしい。


「あぁ、おはようございます」


 眠たげにそう言って頭をペコリと下げた。


 アシノは何故このような状況になっているのか必死に思い出そうとしているが、バーで飲んだ後の記憶が曖昧だ。


「ムツヤ、な、なんでお前は私と同じベッドの上で寝ているんだ!?」


「なんでって…… えーっとでずね、アシノさんをおぶって宿屋まで連れてきたんでずが、部屋に帰ろうとしたらアシノさんが待てって言ってそれで」


 ムツヤは不思議そうな顔をして言った。それとは対照的にアシノは顔から血の気が引いていた。もしかして私は昨日何か間違いを起こしたのではないのかと。


「な、何があった! 昨日何があった!?」


「何って言われましでも…… 昨日はアシノさんが冒険者について教えてくれてたんですけど、俺途中で寝ちゃったみたいで」


 アシノはホッとして体から力が抜けた。良かった、何もなかったと。


「そうか、それなら良いんだ、うん。そ、そうだ、身支度があるから取り敢えずお前は自分の部屋に戻れ」


 安心したアシノはムツヤを部屋から追い出して、身支度を始めることにした。


 鏡の前に座って自分の姿を見る。彼女の代名詞とも言える燃えるような赤髪はボサボサで目の下にはクマが出来ていた。


 冒険者を諦めてからずっと自堕落な生活を送っていた代償か、久しぶりにまじまじと見つめた自分の顔は昔よりやつれている気がする。


 本来だったら薄く油を塗ったクシで赤髪を梳かしたいのだが、この安宿にそんな気の利いたものは無いし、昨日は飲んでいたのでそういった身支度をする品々は全部家に置いたままだった。


 仕方なしに鏡台の中に入っていた安物のクシで髪をかす。


ロビーへ向かうとすでにムツヤ達は集まっていた。


「すまん、遅れたな」


「いえいえ、大丈夫でずよ」


「おはようございますアシノ殿」


「あっ、おはようございます」


 ムツヤ達はにっこりと笑って応える。ヨーリィはムツヤの手を握って小さく頷くように頭を下げただけだったが。


「これからこの街の冒険者ギルドの一番偉い、つまるところのギルドマスターに会いに行く」


「突然会いに行っても大丈夫なのですか?」


 モモは疑問を口にした。ギルドマスター程の人物に面会の予約もなく合うことが出来るのだろうかと。


 だが、赤髪の勇者として名高いアシノならばそのあたりの融通が効いても何らおかしい話ではないとも同時に思った。


「あぁ、その辺は大丈夫だ。私に任せておけ」


「すみません、迷惑をかけてしまって……」


 ムツヤは申し訳なさそうに言うが、アシノは微塵も迷惑そうな顔をせずに返す。


「まぁアレだ、昨日はお前達に協力する義理はないなんて言ったが、仮にお前が昨日の事は内緒にしてくれと言っても、あの1件はアイツに会った時点で最初からギルドマスターには報告するつもりだった」


 アシノは頭をかきながらバツの悪そうに言った。


「とにかくギルドへ向かおう、ここじゃ話をするには目立つしな」


 確かに周りの目は悲劇の勇者に集まっていた。


 ここで昨日の事をこれ以上話すのは得策ではないことがわかる。


 アシノは宿のドアを開けて外へ出た。


 ムツヤ達もその後を追いかけるように出ると眩しい太陽の光と活気のある街のざわめきが出迎えてくれる。


 宿がある小道を抜けて大通りへと出ると朝市の屋台と人混みが見えた。


 その中に紛れて冒険者ギルドへムツヤ達は向かった。しばらく歩くと目当ての立派な石造りの建物が見えてくる。


 ギルド内は街中とは別の喧騒で賑わっている、深夜の依頼を終えた冒険者や朝から掲示板の前で依頼を吟味する者。


 そんな人々の合間を縫って受付へと向かう。


「スミー、ギルドマスターに伝えたいことがある。会いに行っても良いよな」


「アシノさん? そういう事は書類を用意してですねー」


「別に書類なんか良いだろう、面倒だし」


 スミーと呼ばれた受付嬢は、はぁとため息を漏らした。

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