4 赤と紫の衣の女神

 まだ数匹残っていたキツネも、俺たちの前からどいて道を開けた。

 俺がみんなの方を見てうなずき歩きだすと、みんなも俺の後について十二人全員でその扉の中に入っていった。

 そこは大広間だった。

 宮殿によくある、皇帝等の謁見の間のような感じだ。

 だが、この宮殿は今や人類を滅亡に導きつつある邪神の本拠地だけに、地獄の魔王のようなどろどろとした場所を想像していたけれど、だいぶ思ったのとは違った。

 美しい花で飾られ、その花々からのいい香りが充満し、音楽すら聞こえてくる。

 金や白亜そして漆黒などさまざまな装飾で飾られた室内は、明るく照らされていた。

 だけれども、どんなにきらびやかに飾られていても、何か違う。

 神々こうごうしさよりも、淫靡なきらびやかさとでもいう感じで、ものすごい違和感がある。

 そんな室内を中央の方へ歩いて行くと、正面の玉座に誰かが座っているのが見えた。

 俺たちが小さいのだから、当然のことその玉座からして見上げるほどの大きさで、そこに座っている女もちょうど奈良の大仏と同じくらいの感じだ。

 俺たちはその玉座の前に行くと、おそらくその女が山武姫神だと思ったので、一応ひざまずいて畏まった。

 だが女は、俺たちを無視して前方を見ている。真っ赤なドレスのようなものを身にまとい、紫のガウンのようなものを羽織っていた。

 その玉座からして真っ赤で、巨大な動物の背に座っているような感じのいすだ。背もたれは高く上に上がり、七つほどの突起があった。その先には金や宝石で飾られている。

 女は手に金でできたワイングラスのような杯を持っていた。


「こ、これは……」


 唖然とした様子で、島村さんが声を挙げた。

 その声に気付いたのか、女はやっと俺たちを見おろした。


「あら! お入りなさいと言って扉を開けてあげたのに、いつまでたっても誰も入ってこないと思ったら、いつの間にかこんなおちびさんたちが。小さすぎて全然見えなかったわ」


 女は高らかに笑った。

 俺は内心ムッとしたけれど抑えて、畏まったままその女に告げた。


「扉を開けていただき、ありがとうございます。勝手に宮殿内に入りましたこと、お詫び申し上げます」


 女ははるか上から、俺たちを見おろしている。これまた、悪鬼のような恐ろしい魔女の姿を想像していたが、その容貌は実に美しい女性だった。やはり俺たちと同世代くらいの感じの若い女性だ。

 美しくはあるけれど、この広間の様子から感じ取ったのと同様、どこか淫靡な美しさという感じは否めない。


「で? 用向きは? そもそも、そなたたちは誰?」


「失礼ですが、山武姫神さまでいらっしゃいますでしょうか?」


「はい?」


 女は怪訝な顔をした。てっきりこの女が山武姫神と勝手に思い込んでいたけれど、実は違うのかと俺は焦った。


「山下さん。それでは通じません」


 隣にいた拓也さんが言った。多くは語らなかったけれど、拓也さんが言わんとしているところは、その想念を読み取ればすべて分かった。

 つまり、山武姫神というのは婆様が言っていた通り、人類界が勝手に命名した名前なのだ。

 だからその名を呼んだだけでは通じない。その名の前にその御神霊の功績なり性質なりをつけて言わないとだめなのだそうだ。

 だけれども、俺は山武姫神の功績も性質も知らない。

 その想念が拓也さんに伝わり、拓也さんも畏まったまま玉座の女を見上げた。


耀身カガリミ神界主宰神の御直系にして、天地あめつち初発の折は耀身三体神のみこともちて八頭やつがしらの神として“ろ”の国の動物、植物を生成化育され、今の天帝となってからはその皇后として世を治めたまいし山武姫神様とお見受け申す」


 女は嬉しそうにうなずいた。


「いかにも、いかにも。そうか、山武姫神とは私のことですか。ならば」


 女は拓也さんから俺へと視線を戻した。


「確かに私が山武姫神であります」


 考えてみればもともと地獄の魔女などではなく、五次元神界より降ってきた御神霊で、四次元神霊界の皇后でもあった方だ。それなりの気品は備えているはずだ。

 その山武姫神は、俺たち十二人全員を一人ひとりじっと見つめていた。


「そなたたちはもしや……」


 そして首を傾げ唸っている。


「いや、たとえそうだとあったとしても、そなたたちは知るすべもない。あなた方は分魂で、今は三次元限身かぎりみ現界におりますね。ならば、ご自分のご本体のことは知るよしもないですね」


 この方はやはり、俺たちのご本体様を知っているのかもしれない。いや、神霊界の皇后でもあった方だ。当然知っているだろう。

 その時俺は、もう一つの視線を感じた。

 山武姫神の少し後ろに、寄り添うように立っていた女性がいる。山武姫神のお付きの侍女という感じで、もちろん最初からいた。

 山武姫神くらいの御神霊ならば、当然お付きの者もいるだろうから、俺はその存在を気にはしていなかった。

 だがその女性が少々驚いた顔で、じろじろと俺たち全員を眺めまわしているのだ。しかもその顔は、誰かに似ている。前に会ったことがある方だと、俺は魂の記憶がそうささやく。

 だが、実はできれば会いたくはなかった存在のような気がしてならなかった。


「いったいあなた方が私に何の用です?」


 俺たちは自分たちの正体を知らない。でも山武姫神は知っているようだ。だから幾分俺たちに分は悪いけれど、ここに来た目的を話さなければならない。


「かつてはあなたの夫君だった今の天帝の軍勢と、今あなたは戦っていますね。でもそのせいで、現界は大変なことになっています。そしてこれから、とてつもない恐怖を現界は迎えようとしているんです。その危機を回避できるかどうかは、実はあなたにかかっています」


「おもしろいことを言いますね。確かに私はかつての夫だった天帝と戦います。でもそれは皆、あの方が悪いのです。私が苦労して天帝の座につけてあげたのに、皇后となった私には冷たかった。挙句の果ては、耀身主宰神に私のことをあることないこと告げ口して、私は神霊界を追放になったのですよ」


「でも、今申し上げましたとおり、この戦争をやめていただかなければ人類が危いのです」


「どうしてこの戦争をめられましょう」


 これまで穏やかな口調で話していた山武姫神だったが、ここにきて急に怒りの表情を見せ始めた。


「お気持ちはお察しします。でも、前の天帝、すなわち国祖神がご隠遁されたいきさつについて山武姫神様もご存じないある重大因縁の秘め事がありまして、我われがこうしてここに来たのはそれをお知らせするためなのです」


 山武姫神の顔色がみるみる変わった。まずは赤くなったかと思うと、今度は蒼白になる。

 そして言った。


「おもしろそうな話なので聞くことにしましょう、どうぞお話しなさいな」


 俺は一つ咳払いをしてから話し始めた。


「実は山武姫様が今の天帝に想いを注がれたときすでに、天帝陛下は別の女性に夢中でした。しかもその女性は、前の天帝の国祖神の孫娘でしたね。あなたは今の天帝陛下のお気持ちを引くべく、天帝陛下を天帝の地位に就けてみせるからその暁に自分と結婚せよと」


「ちょっとお待ちなさい。どうしてそこまで知っているのですか」


「ある方から聞きました。それで、あなたは前の国祖のそれこそあることないことを耀身カガリミの主宰神に告げ口し、怒った主宰神は前の国祖を天帝から退位させ、天の岩戸に幽閉なさった」


「それで、重大因縁の秘め事とは?」


「はい。これらの出来事すべてが実は、『大根本様』の書かれた戯曲の筋書きで、今名前が出た方々も、また馳身ハセリミ神霊界すべてが、『大根本様』の壮大な戯曲を台本通りに演じさせられていたにすぎないのです」


「ばかなばかなばかな、そんなばかな話があるものですか。間違いなく前の天帝であった国祖神は、耀身カガリミ三賢者の逆鱗に触れて流罪となったのです」


「いえ、このことは馳身ハセリミ神霊界では前の天帝の国祖神のみが存じておられたことです。あなたが五次元神界まで昇って天の御三体神に国祖のことを告発したあと、御三体神は国祖神を御三体神と耀身カガリミ神界まで呼びつけて、そこでものすごいお叱りを受け、国祖神は引退するよう命じられたたということになっていると思いますけれど」


「違うのですか?」


「はい。耀身カガリミ神界まで昇った国祖神は、実際は御三体神とともに同じ卓を囲み、談笑しながらこの台本のことや今後のことなどを話しておられたとか」


「そんなばかな話、誰が信じますか」


 山武姫神の口調が荒くなった。


「ああ! あなたたちは!」


 ついに山武姫神の背後で控えていた女性は、俺たちの姿を見て叫びをあげた。

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