2 ヨモツ国の霊界

 俺たちは意気揚々と円盤に乗り込んだ。

 入口はなかったけれど、ここは想念の世界だ。すでに円盤に乗っている自分を念じただけで、もう円盤の中にいた。

 すぐに円盤は発進した。いや、振動も何もないから、乗ってすぐに外が見えるように壁に窓を作って外を見ていなかったら発進したこともわからなかっただろう。

 円盤はしばらく雲の上を飛んでいたが、やがてその雲に入っていった。

 この雲は、あの金星を包んでいたような、あるいは地球でも時々空にできる物質的な雲ではなかった。

 だからすぐに雲を突き抜けて、現界の海が見えた。その海の上を円盤は飛行し、やがて陸地が見えてきた。

 ものすごい速さだ。地上のどの飛行機よりも早い。海岸線や町が見えるけれど、今どこを飛んでいるのかはわからない。必ずしも地図を見る時のように北が上の視点で見えるわけでもない。

 だが町並みから、どうも日本ではないようだ。おそらくヨーロッパのどこかかもしれない。

 ちょうどその陸地が終わってまた海の上に出るあたりに、雲の塊が見えた。これもまた物質の雲ではないようだ。その中へ円盤は入っていく。

 さっと空の色が変わった。今までの明るい青から、深みを帯びた紫がかった青、つまり瑠璃色になって空は輝いている。

 大洋も真上ではなく、真正面にある。そこからは物質的光ではなく、霊流が流れ出ているのが感じられた。

 だがどうも、全体的に薄暗い。


「ここはどこでしょう?」


 俺は、拓也さんに聞いてみた。


「霊界ですね。地上のある一角の霊界。でも決して幽界ではなく、地上の霊界でしょう」


 よくわからない。


「昔から三寸上がればそこは霊界といいます。現界のすべての場所に表裏一体として霊界が重なっているのです。そもそも現界と霊界は境界線があって句切られているわけではなく、相即相入、つまりぼけて重なっているのですから」


 円盤の下も見ようと思えば思っただけで足元に窓ができるので、見てみると雲の上を飛んでいる。

 するとふと気づくと、おびただしい数の天使の群れが円盤と同じ方向へと飛行しているのが見えた。何万、何十万と思われる数の天使の軍勢だ。

 いや、白い羽を広げているから天使に見えたけれど、実は水の眷属の御神霊たちだ。今の天帝、天照彦神様も水の眷属だから、その臣下の御神霊たちだろう。

 かつてこの天使たちと火の眷属の龍神様たちとが激しい戦闘を行い、前の天帝の国祖神は天の岩戸に隠遁された。

 その話は婆様からも聞いているし、それよりも俺は夢という形ではあったけれどしっかりとそのビジョンを目に焼き付けている。その記憶は鮮明で、今も消えていない。ただの夢だったら、そんなことあり得るはずがない。

 その岩戸隠れの時は龍体と化した火の眷属の御神霊と壮絶な戦いをした天使の軍勢だけれど、それは山武姫神の下知の元にあったからである。山武姫神が神霊界を追放されてからは皆ことごとく回心し、今の天帝の元で何十憶年にわたって人類界の統治に尽力されて来られた方々だ。

 今その軍勢が向かっている先は、山武姫神のところに他ならないない。しかも昔と違って山武姫神の元に馳せ参じるというのではなく、あくまでも一戦交える意気込みが感じられる。


「山武姫神はいよいよ世界制覇を成就させるために、行動を始めたようですね。それをなんとか阻止しようとする神霊界の軍勢でしょう」


 拓也さんはそう分析して言う。


「いよいよハルマゲドンですか。山武姫神は、全世界の指導者を自分の元へ集めようとしているのですね」


 島村さんが言う。

 そんな時もこの円盤の周りを多くの天使の姿の御神霊たちがい同じ方向へ、ものすごいスピードのこの円盤をさえ追い越す形で飛んでいく。

 地上の人類にはこの円盤は見えないが、あの御神霊たちにはこの円盤は見えているはずだ。

 だがまさかこの円盤に火の眷属の御神霊の分魂である俺たちが乗っているとは思ってもいないようで、宇宙の彼方からの御神霊が視察に来たのだろうと、円盤を追い抜くときは振り返って一礼し、敬意を表して飛び去って行く。

 そんな軍勢があとからあとから飛んでくる。

 これは急がないと、間もなく戦闘が始まる。それはつまり今世界大戦になりつつある地上の戦争も、極東の局地戦から全世界に広がることを意味する。

 第一次大戦も第二次大戦も「世界大戦」などというけれど、実質はヨーロッパとアジア・太平洋地域での戦争だった。でも今度の第三次大戦はここまでグローバル化した世界なのだから、本当の意味で世界大戦となって全世界のすべての国を巻き込むに違いない。

 とにかく俺たちは急ぐ。

 この霊界に山武姫神はいる。まさか地上の人類界の中にいるはずもないから、この霊界のどこかにいるのだ。

 前方に山が見えてきた。


「すごい! 妖魔の数!」


 チャコが叫ぶ。でもここでは、チャコだけでなく俺たち全員に、妖魔のおぞましい姿がはっきりと見えた。

 ほとんど顔だけで目は吊り上がり、口は耳元まで避けたような異様でグロテスクなどす黒い塊が、おびただしい数の天使の軍勢よりもさらにおびただし数、山の上から発進してきている。

 天使たちがラッパを吹き鳴らす。

 それがものすごい音声おんじょうとなって雲の上に響き渡る。

 そしてちょうど山の上あたりに見えたのが妖魔を指揮している存在で、そのとてつもなく巨大な黄色い塊は、よく見ると巨大なキツネだった。

 目は赤く輝くそのキツネは、山に負けないくらいの巨大さであった。

 そこには動物としての愛嬌などみじんもない、異形の怪物の姿だけがあった。

 そしてやはり尾は九本に分かれている。


「あれが九尾きゅうびのキツネか」


 悟君が震える声でつぶやいた。憎悪と怒りに満ちたどす黒いオーラに包まれたそのキツネからも、妖魔はどんどん生まれ出て飛んでくる。


「そもそも妖魔って何なのですか?」


 チャコが拓也さんに聞く。


「御神霊や人類の怨み、憎しみ、怒り、物欲などの負の想念が霊質化した存在です。だから妖魔は思凝霊しぎょうれいともいう。これが人類界で人々を操り、時には憑依して人びとを不幸へと導く。人霊もその怨みの念から生きている人に憑依して霊障を起こすことも多いけれど、妖魔に憑依されたら厄介なんです。憑依された人たちはそれが憑依だとも気付かず、自分の意志で行動していると思ってしまう。そして今や、各国の首脳たちに一斉にこの妖魔が憑依しているといいます」


 その妖魔を操り、指揮しているのが九尾のキツネだ。

 幸いまだその九尾のキツネは俺たちの円盤には気付いていないようだ。今は目の前に迫ってきている天使の軍勢、つまり四次元神霊界の御神霊の軍勢に気を取られている。

 その先頭にひときわ巨大な御神霊が見えた。


「ミカエル様」


 島村さんが思わずつぶやいていた。俺も、そのお名前にどうも聞き覚えがあった。

 その時、円盤はすっとそびえ立つ山の山肌に近づいた。


「皆さんをお送りできるのはここまでです。まことにありがとうございます」


 スバル様がそう言うので、俺たちも一斉に頭を下げた。


「ありがとうございます」


「ご健闘をお祈りいたします」


 俺たちはたちまち山肌の斜面に立っていた。円盤はすぐに浮上して、ものすごい速さで空の一角に消えた。

 アニメとかだと、その消えた空の一角がピカッと光るところだろう。

 だが、俺の目には今もそのように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る