10 国祖ご引退の真実

 婆様は、俺たち一人一人の顔を見た。本当にその美しさには心が洗われてしまう。でも今はそのようなことをkな治ている場合ではないというような緊張感が走っていた。


「前にお話ししましたね。国祖すなわち前の天帝が火の眷属の御神霊たちとともに天の岩戸の中にお隠れになり、水の眷属の御神霊たちに政権交代したいきさつを」


「はい」


 拓也さんが代表して返事をした。そして次に島村さんをはじめ、みんな一人ひとりはっきりと返事を重ねた。


「今の天帝である天照彦神あめのてるひこのかみ様が金龍姫神様に恋慕して拒絶され、それでも執拗に追い回していたところ、そのため天照彦神様に恋慕を抱く山武姫神が自らが天照彦神様と結ばれるため、水の眷属の天照彦神様を天帝の地位に就けるため画策し、五次元神界の天照日大神様をはじめとする天の御三体神様に国祖神の国万造主大神くによろずつくりぬしのおおかみ様についてのあることないことを讒訴したそのいきさつ、覚えていますね?」


 皆また一斉に返事をした。


「こうして国祖神・国万造主大神様は天照日大神様の逆鱗に触れ、火の眷属の御神霊をことごとく引き連れてうしとらの方角の天の岩戸にお隠れになったということでした。しかし!」


 婆様の口調が高くなった。


「いいですか。ここからが大事なところです。そして、国祖神様以外は知り得なかった、初めて公開される事実です」


 皆、息をのんで静まりかえった。それは俺たちだけではなく、宇宙各星からの御神霊や金星の御神霊も同じことだった。


「実は先ほどお話しした国祖神の天の岩戸隠れのいきさつは、すべて『大根元神様』のご計画、御経綸ごけいりん上、『大根本神様』が書かれたシナリオだったのです。つまりは、『大根本神様』がすべてを仕組んでおられたのです」


 俺は一度ではあまりよく状況が理解できなかった。婆様は続ける。


「すべて『大根本神様』が考えられた脚本通りにことが運んだだけです。つまり天照彦神様の金龍姫様への恋慕から始まって、天照彦神様も、山武姫様も、ほかの火の眷属の御神霊方も、水の眷属の御神霊方も、みんなみんな『大根本神様』の書かれた台本の登場人物ならぬ登場御神霊であって、台本通りにストーリーを演じさせられていた俳優にすぎないのです。もちろん、ご自身はそんなことは全く自覚もなく、自らの意志で行動していたと思っていたでしょう」


 そして婆様はまた、俺たちをさっと見回した。


「皆さんの『なぜ?』という想念にお答えしましょう。全宇宙の総ての総てを創造あそばされました『大根元神様』は、七次元隠身カクレミ神界、六次元仮凝身カゴリミ神界、五次元耀身カガリミ神界、四次元馳身ハセリミ神霊界をお創りになり、最後に三次元限身カギリミ物質界をお創りになりました。その理由は、その現界に住む物質としての肉体を持つ人類に、物質でもって神界写し絵の地上天国を建設させようという大芸術からなのです」


 あまりの話の奥深sに、思わずため息が出てしまうほどだ。


「つまり、現界的に見れば物質界の広大な宇宙のほんの片隅の小さな点にしかすぎない地球の、その表面にうごめいてよほど近くに来ないと目にも見えない小さな小さな存在である人類も、『大根本神様』にとっては神宝で、最高の芸術品なのです。宇宙には『大根本神様』の智・情・意が充満しており、マクロではおびただしい数の小宇宙の銀河星団、数々の恒星系、そして地玉としての地球も、ミクロではその表面にうごめく人類やその人体、さらには細胞、分子、原子、原子核、それを構成する陽子や中性子、さらにはクオークと呼ばれる極微の幽子、霊子、玄子、幻子に至るまで、そのすべてが『大根本神様』の最高のご愛情と、『大根本神様』や六次元、五次元の御神霊に任され、それぞれエキスパートのチームに分かれて人類を直接に設定創造された四次元神霊界の御神霊様たち最高の『神』の科学で創られています。だから人は一人ひとりがかけがえのない存在であって、また地上天国文明建設の建設要員でもあるのです。ところが」


 もう美しくて若い婆様の、その言葉一つ一つが次を待ち焦がれるほどだ。婆様は言葉がとぎっることなく、また噛むこともなく喋々ちょうちょうとしゃべり続ける。


「ところが、そんな人類でも、最初の頃は御神霊が手取り足取り指導するものですから、ただ依存心があるだけでなかなか物質を開発しようとはしないので、『大根本神様』はご自身とすべての御神霊、そしてすべての人類を結ぶ霊線をお切りになりました。これで、宇宙は自在の世を迎え、人類界にも競争心や欲心が与えられたのです」


 たしかに、人類はそうでもしないと発展しない。ここ最近の歴史でも、自由競争を否定した社会主義では経済は全く発展せずに破綻し、競争の原理に基づく資本主義で初めて経済は発展することも証明された。


「でも、御神霊が直接人類とかかわっているようではまだ不十分で、いつまでも御神霊が直接指導していたら人類の依存心は消えず、物質開発もままならぬ点を考慮され、『大根本神様』は人類界を直接創造し、人類をも誕生させた四次元神霊界の統治を火の眷属から水の眷属に渡し、天帝である国祖神を一時引致させることを決意されたのです。さらには国祖神や火の眷属の方々はあまりにも厳格で、まるで雷のような威神の魔力を持っており、それでは人類は委縮してしまうことも考慮に入れられておりました。それに対して、水の眷属は甘い甘露の雨のようです。人類を甘やかしながら放っておくでしょう。でも、物質開発にはその方がいいのです」


 気が付くと、精神を失ったかのように感心しながら聞き入っているのは、御神霊様方も同じであった。やはり、すべての御神霊にとっても初めて聞く話だというのは本当らしい。


「そこでどうやって国祖神を引退させるかですが、今申し上げたようなことをすべてあからさまに打ち明けて引退させたのでは、あまり効果がないと判断された『大根本神様』は、さっき話しました通りのシナリオを構想され、そしてその通りに事態が進展するように仕組んでいったのです。ですから、天照彦神様も金龍姫神様も山武姫神様も、あの時の事件にかかわったすべての御神霊様たちもただそれに踊らされていた、というと語弊がありますが、台本通りに演技をさせられていた、演じさせられていたというところでしょうか」


 その場はシーンと静まり返っていた。この金星の神霊界にはもっともっと多くの御神霊の方々が暮らしていることだろう。だが、ここに集まった御神霊様方がこの話を聞いただけで、その内容は瞬時に少なくとも金星全体には広がるだろう。

 だが、ここは金星だ。ここでの話は地球の神霊界までは響かないはずだ。


「そこで皆さん」


 婆様は、俺たち十二人を見た。


「あなた方の出番ですよ。私たちはこれから地球の神霊界に行き、まずは私が天帝の天照彦神様にこれらすべてのことを打ち明けて説得します。もっとも天照彦神様は前の天帝の国祖神がお出ましになるのを心待ちにしており、その暁にはすぐに天帝の地位をお返しするつもりでいるようですから、特に問題はないでしょう。それに曲がりなりにも、私は天照彦神様の分魂と現界で夫婦だったこともあるのです。問題なのは山武姫神です」


 もう一度婆様は、俺たちを見渡した。


「山武神様は、あなた方が説得に行ってください。それがあなた方に与えられた聖使命です」


「え?」


 俺たちはあまりにも思いがけない言葉に、互いに顔を見合わせた。

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