第6話 妙だな
そこまで話したところで、コホンと一つキャロットさんが咳をした。
「今回の任務はあくまで『ゴブリンの分布調査』だからね。それ以上の余計なこと、例えば、まだゴブリンの集落が小さいから片付けておこうなんて考えてはダメよ」
思わずライナーと顔を見合わせた。確かにそれは物語ではよくある話だ。未然に危機を防ぐことで、自分たちの評価を上げようと考えての行動だろう。
「絶対にダメよ。それをやって奥から出てきた上位種に殺された冒険者はたくさんいるわ。もちろんその中にはベテラン冒険者も含まれているわ」
「分かりました。肝に銘じておきます」
「フェルさんは?」
「了解しました」
俺たちの返事を聞いて、よろしいとばかりにキャロットさんがうなずいた。ライナーが改めて依頼書を手渡すと、正式な依頼として冒険者ギルドに受理された。
「フェル、二人を呼んでくるから、ギルドの前で待っていてくれ」
「分かったよ」
階段を上るライナーを見送って、俺たちは外に出た。少し冷たい朝の空気が俺たちをかすめてゆく。街はまだまどろみの中にいるようであり、ほとんど人の気配はなかった。
「ゴブリンの上位種くらい、フェルの相手にならないのにね」
「そうだとしても、あの場ではキャロットさんも、そう言えなかったんじゃないかな? ライナーたちが無謀なことをする冒険者になったら困るだろうしね」
「そんなもんかしら?」
どうやらリリアは不服みたいである。リリアは俺なら余裕だと言ったけど、実際は戦ってみなければどうなるか分からないと思う。これまで戦ったことがあるのは、精々、ゴブリンか、グラスウルフか、暗殺者くらいである。戦闘経験は圧倒的に少ないと言えるだろう。
「待たせたな、フェル」
ライナーが仲間のルシアナとベールスを連れてやって来た。二人ともまだ眠たそうである。ライナーの苦労が忍ばれる。仲間がいると、やっぱり大変そうだな。
森にたどり着くころには二人もしっかりと起きていた。本格的に森に入る前に、朝食代わりに干し肉をかじる。
「ゴブリンの数が減ってるだなんて、全然気がつかなかったわ」
ルシアナが依頼書を確認しながら言った。俺たちはコリブリの街に来たばかりだが、三人はそれなりに長い間、この街で冒険者をやっているのだろう。森の異変に気がつかなかったことを気にしているようだった。
「言われてみれば、昨日はフォレストウルフは倒したけど、ゴブリンは一匹も倒さなかったし、見かけなかった」
ポツリとベールスが言った。彼女は斥候の役目も兼ねているようで、魔物の気配に関しては敏感なようである。あの腰についているナイフで、背後からブスリとやるのかも知れない。
「よし、それじゃ確認だ。ベールスはゴブリンを探すのに集中してくれ。周囲の警戒は俺たちが引き受ける。フェルもそれでいいか?」
「俺も念のためにアナライズでゴブリンを探しながら、周囲を警戒しておくよ」
「アナライズって、何?」
ルシアナが首をかしげている。あれ? 知らないのかな? 長い杖を持っているし、長いローブを着てとんがり帽子をかぶっているから魔法使いだと思うんだけど……。
「アナライズは周囲の情報を教えてくれる魔法だよ。知らない?」
「知らないわ」
あれ? 思わず首をかしげてリリアを見たが、リリアも両手を組んで首をかしげていた。そういえば、リリアは長い間、本に封印されていたって言ってたな。その間に、この世界の常識が変わってしまっているのかも知れない。
「まあ、そんな魔法があるんだよ。俺はそれを使って調べておくよ」
「何だか良く分からんが、頼んだぞ、フェル。何かあったらすぐに教えてくれ」
「了解」
干し肉を食べ終わったところで森の中に入った。日は昇りつつあったが、森の中はまだ薄暗かった。
森の入り口付近にはリリアを狙う小動物の反応しかないようだ。それをライナーに告げるとリリアに膝蹴りされた。ちょっとした冗談なのに。
それならばと、魔物の反応があるまで森の奥へと進むことになった。森の木々の密度が濃くなり、段々と薄暗くなってきた。良く見ると、あちこちの木にツタが絡みついて、カーテンのように行く手を覆い始めていた。
「さっきから反応があるのはフォレストウルフだけだね」
どうやらそのうちの一匹が俺たちの方に近づいて来ている様子だ。そのことを俺がライナーに伝えようと思ったそのとき、
「こっちに一匹向かって来てる。倒す?」
ベールスがそう言った。ベールスの索敵能力は思った以上に高かった。ライナーたちが安全に狩りができるのは彼女のお陰なのかも知れない。
「倒そう。魔石がお金になるからな」
そう言うと、ライナーとルシアナが飛び出して来たフォレストウルフを始末した。どうやら俺たちの出番はなさそうだ。リリアも退屈していることだろう。
「いたわ」
「リリア、ゴブリンがいたのか?」
「うん、あっち」
リリアが指差した。どうやらリリアはかなりの範囲を調べてくれていたようである。さすがはリリア、頼りになる。……退屈してるとか思ってごめん。
「よし、あっちに進もう。みんな、油断するなよ」
ライナーの指示で、俺たちは音を立てないように慎重に森の中を進んで行った。
俺のアナライズにも反応があった。そしてすぐに気がついた。
「ライナー、ゴブリンの動きが止まっている」
「妙だな。立ち止まって何をしてるんだ?」
「もしかして、見張り?」
俺たちは顔を合わせた。ゴブリンが集落を作ると、それぞれが何か役割を持つのだろうか? さらに慎重に先に進むと、複数のゴブリンの反応があった。
「恐らくこの先にゴブリンの集落がある。ゴブリンの反応がたくさんあるよ」
「どうやら、冒険者ギルドの心配が当たったみたいだな。数は分かるか?」
「んー、五十匹くらいね。その中に一匹、上位種がいるみたい。たぶん、ゴブリンジェネラルね」
俺の代わりにリリアが答えた。やっぱり魔法に関しては妖精のリリアの方が数段上のようである。俺にはまだ、そこまでは分からない。
「よし、報告に戻るぞ。キャロットさんとの約束だからな」
「待って、ライナー。別のパーティーがいるみたい」
ベールスが他の人の気配を察知したようである。ゴブリンに気を取られていたせいか、気がつかなかった。これはあとでリリアと反省会だな。確かに離れたところに人の反応がある。
「三人組だね。何するつもりなのかな? もしかして、俺たち以外にも同じ依頼を受けているのかな?」
「分からん。キャロットさんに別のパーティーがいるのか、聞いておけば良かったな」
ライナーの声が固くなっている。予期せぬ展開に迷いがあるのかも知れない。それにその三人組は特に警戒することなく、まっすぐに集落の方に進んでいた。
「ねぇ、あれ、まずいんじゃないの?」
ルシアナの声がこわばっている。俺もそう思う。たぶん、ここにいる全員が同じことを思っているだろう。今から追いかけて間に合うか? でも追いかけるしかないのか。
「急いで装備をチェックしろ。追いかけるぞ」
切迫したライナーの声。即座に装備のチェックを行う。持ち物を結んでいる紐に緩みがないか、ベルトは大丈夫か。最後に靴紐をチェックした。俺は特に武器を持っていないので、そのチェックは必要ない。
リリアは俺の目の前で、めくれ上がっていたお尻の布を元の位置に戻していた。たぶんすぐに同じ状況になると思うんだけど……。冒険者の一員になったからには伝統的な妖精の衣装をやめて、ボトムタイプにした方が良いのではなかろうか。あとで相談してみよう。
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