第5話 臨時パーティー
冒険者ギルドに帰って来た。空はすっかり暗くなっており、明かりがともっているのは屋台や料理店の店先と、道行く人が持っているランタンだけだった。
ちなみに俺はランタンを持っていないので、スモール・ライトの魔法を使って、手のひらに小さな光源を作り出していた。
だが、どうやらその光景が珍しかったようで、かなりの視線を感じた。スモール・ライトの魔法を使うのはまずいな。目立ってしまう。お金をためてランタンを購入しよう。
リリアは「初級の生活魔法よ」と言ってその魔法を教えてくれたのだが、どうも違うような気がする。
首をひねりながら三階の借りている部屋に入った。入り口付近に置いてある魔道具のスイッチをひねると、ほのかに部屋の中が明るくなった。
閉め切っていたためか、部屋の空気がむっとする。窓を開けると、すぐに涼しい風が入ってきた。
「うーん、良い風だね」
「そうね。それよりも、臭うわよ」
「え? ……ほんとだ、串焼きの匂いがする。一緒にいたからリリアも臭うんじゃないの?」
両手を腰に当ててこちらを向いていたリリアを捕まえた。
「え? ちょっと、やめてよね。レディーの匂いを嗅ぐなんて失礼よ!」
「あいたっ!」
リリアにはたかれてすぐに手を離してしまったが、確かにリリアからも串焼きの匂いがした。これはクリーン・アップの魔法の出番だな。これを使えば、頑固な汚れも、嫌な臭いもスッキリ爽やかだ。
「ほら、リリア、おいで。クリーン・アップの魔法をかけるよ」
「本当? そんなこと言って、あたしの匂いを嗅いだりしない?」
「しないから。約束するから」
ようやくリリアが近づいて来たところで、クリーン・アップを使った。サッと風が吹くと、臭いも汚れも消えた。この魔法があればお風呂に入らなくても、歯を磨かなくても済むという、素晴らしい魔法だ。
森に入ってひと仕事をこなしたし、おなかも満腹だ。今日はもう寝ても良いんじゃないかな。そんなことを思いながら、数日ぶりのベッドに横になった。ギシリとベッドがきしむ音がした。寝床は固かったが、それでも土や木の板の上よりかはずっとマシである。
ベッドで横になった頭の隣にリリアが寝そべった。いつもは俺をベッド代わりにするのだが、どういう風の吹き回しなのだろうか。もしかして、さっき俺が匂いを嗅いだのを怒ってる?
「リリア……」
「怒ってないわよ。それよりも、固くて寝心地が悪いんじゃないの?」
リリアが寝床をペチペチしながら、その感触を確かめている。
「そんなことないさ」
「ふかふかのベッドが恋しい?」
「……」
「ごめん、失言だったわ。もう言わない」
「怒ってないよ」
両手でそっとリリアを抱き寄せた。リリアはなされるがままになっていた。
だれかに触れるのが嫌いだとリリアが言っていたが、あれはウソだと思う。だって今も、気持ちよさそうにしてるもの。
翌朝、早めに一階に下りた。そこではすでに何人もの冒険者たちが依頼の取り合いをしていた。その中にライナーの姿もあった。どうやら一人のようだ。
「おはよう、ライナー。良い依頼は取れた?」
「おはよう、フェル。もしかして、フェルもここに泊まっているのか?」
「そうだよ。お金がなくてね」
両手を上げて肩をすくめて見せた。それを見たライナーが笑っている。
「俺たちもだよ。何とか良い依頼にありついて懐を暖かくしたいところだな。知ってるか、フェル? ここに泊まることができるのは、将来の見込みがあるヤツだけなんだよ」
「知らなかったよ。てっきりだれでも泊まれるのかと思ってた」
「そんなことをしたら、ここだけじゃ入りきれないさ」
「それもそうだね」
他の冒険者たちが依頼を取り合っている中でこれほどノンビリと会話をしているのは、すでにライナーが一つの依頼書を持っていたからだ。
俺はすでに今日の依頼はあきらめた。あの人混みの中に入る勇気はまだない。
「おっと、依頼の話だったな。今回はこの依頼を受けるつもりさ」
俺の教育係に任命されたライナーが依頼書を見せてくれた。どうやら昨日行った森を調査するようである。ゴブリンの分布を調べて欲しいと書かれていた。
「ゴブリンの調査か。何か妙な動きでもあったのかな?」
思わず首をひねった。ゴブリンは最弱の魔物として、色んな物語の本に出てくるほど有名だ。その分布を調べてどうするのだろうか。
「どうだか。ゴブリンはすぐに増えるからな。定期的にこの手の依頼が出ているはずだ。新米冒険者が減れば、ゴブリンを狩る人が少なくなるからな」
なるほど。ゴブリンは小銀貨二枚にしかならない。一人前の冒険者になれば、もっとお金になる魔物を狩るようになる。ライナーたちもゴブリンではなく、フォレストウルフを狩っていた。
「フェルはどうするつもりなんだ?」
「昨日と同じように素材を集めながら、適当に魔物を狩ろうかと思っているよ」
「それなら、俺たちと臨時パーティーを組まないか? ソロだといずれ限界が来るからな。今にうちにパーティーを経験しておくのも良いと思うぞ」
「そうだな……」
俺はリリアを見た。俺にはリリアがいるから、厳密に言うとソロじゃない。だからこそ、リリアの意見を聞く必要があると思っている。俺の大事なパートナーだしね。
「別に臨時パーティーを組んでも良いんじゃないかしら? 何事も経験よ。パーティーを組むのも立派な経験よ。きっと冒険者ランクを上げるのに必要なことなのよ」
リリアは自分にそう言い聞かせるように言った。たぶん、あんまり乗り気じゃないんだろうな。でも俺のためならしょうがない。そう思っているのではなかろうか? リリアのその気持ちを無駄にしないためにも、引き受けることにした。
「それじゃ決まりだね。ライナー、よろしく頼む」
「報酬は四人で山分けにするけど良いか?」
「構わないよ」
俺たちは並んで受付カウンターへと向かった。
「この依頼をフェルと一緒に受けるので、詳しい依頼内容の説明をお願いします」
「あら、さっそくパーティーを組むのね。良い心がけだわ。ちょっと待ってね、これは……あったあった」
猫耳のキャロットさんが分厚いファイルを取り出した。どうやらそれはゴブリン関連の依頼がまとめてあるファイルのようである。
「えっと、ここ最近、ギルドに納品されるゴブリンの魔石がずいぶんと少なくなっているみたいね」
「それは……新米冒険者が減ったからじゃないんですか?」
ライナーが不思議そうな顔をしている。ライナーの言う通り、ゴブリンを狩る人がいなくなれば、納品される数も減るのは間違いないだろう。
「それはないわね。この冒険者ギルドにはアイアンランクの冒険者がたくさんいるわ。それを考慮して、納品される数が減っていると上層部は判断したみたいね」
握った拳でほほをトントンとたたくキャロットさん。物事を考えるときの癖なのかな?
「それでゴブリンの分布を調べて欲しいということなんですね。単にゴブリンが絶滅寸前になってるとかじゃないんですか?」
気になったことをどんどん質問するライナー。なるほど、たくさんの情報を引き出すことができれば、より安全に依頼を達成することができるからね。勉強になります。
「そうねぇ……」
パラパラと分厚いファイルをめくるキャロットさん。どうやら過去の事例と照らし合わせているようである。
「この辺りのゴブリンが絶滅寸前になった話はないわね。それに、大量のゴブリンの魔石が納品されたという話もないわ。以前に同じようなことがあったときには……どうやら森の中に集落を作っていたようね」
「なるほど、集落を作って、みんなで引きこもっているというわけですか」
納得したようにライナーがうなずいている。ゴブリンの集落か。それが大きくなって、ゴブリンが町や村を襲ったという話を本で読んだことがある。確か、時間が経過すればするほど、ゴブリンの上位種が産まれやすくなるんだったっけ。
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