第57話 レイクエレクトリカス

 “水かき”と“鰭脚”。泳ぐのに適した二つのスキルを手にしたことにより、水中での移動がかなり速くなった。


 地上と同じくらいと言うと大げさだけど、“銀翼”と“天駆”を使った空中戦闘と同じくらいには自由に動ける。


 レイクシールを何体か倒したあと、別の場所に向かう。

 余談だが、レイクシールの牙は加工素材として優秀らしいので、収納袋に入れて持ち帰る。


 レイクシールがいたのは比較的浅い領域だった。

 “静謐の淡湖”はかなり深いが、水は綺麗で湖底まで太陽の光が届いている。


 湖底は泥質だ。ところどころに岩が見えるが、足場とするには向いていない。


「これ、普通の冒険者はどうやって戦うんだろ」


 俺の他にも何人か冒険者が入っていたが、近くにはいない。


 中級ダンジョンは環境への適応力が大事とはいえ、相性が悪い冒険者はまともに戦うことすらできないのではないだろうか。例えば、キースとか。水中で炎を操れるとは思えない。魔法系は属性次第だな。


 逆に剣士系の冒険者は膂力が凄まじいので、水中でも多少動きづらいだけで済みそうだ。

 “淡湖”の魔物は水中という優位性を除けばそれほど強くないので、適性があれば良い稼ぎ葉だ。


「俺はどうだろ……泳ぐのは得意になったけど、攻撃手段は乏しいな」


 剣士系にも魔法系にも属さないギフトは俗に特殊系と呼ばれる。俺はおそらくそこに属する。

 肉体を強化するスキルが多いので剣士系に近い。しかし、純粋な剣士系ほど身体能力が上がるわけでもない。


 手札の多さこそ秀でているが、単純な力は剣士系にも魔法系にも劣る。俺は自分のギフトをそう分析していた。


「ま、スキルが増えればできることも増えるから、どんどん増やしていこう」


 ダンジョン内で考えごとに没頭するのはよくない。

 俺は頭を振って、気持ちを切り替える。


 このダンジョンには他の魔物もいるので、その魔物を探そう。


 湖底近くをゆっくり泳いでいると、突然泥が爆発したように吹きあがった。


「なんだ!?」


 咄嗟に湖底から離れる。


 俺がいた場所を通り過ぎたのは、黒い身体に黄色いラインの入った、特徴的な見た目の魚だった。


「レイクエレクトリカスか!」


 ナマズの魔物だ。

 でっぷりと太った身体に、猫のようにも見える髭を持った魚だ。

 サイズはレイクシールよりも一回り小さいが、それでも俺の胴体ほどもある。


「土の中に隠れてたんだな……」


 幸いにして、動きは速くないようだ。


 エレクトリカスは虚ろな瞳で俺をじっと見つめて、口をぱくぱくと動かしている。


 外で仕入れた魔物の情報も、名前と簡単な特徴くらいだ。実際に戦ってみなければわからないことも多い。

 たしか、この魔物の特徴は……。


「……っ」

「ばちっ」


 突如、エレクトリカスの身体表面が一瞬だけ発光した。


 ユアから聞いた言葉を思い出す。

 レイクエレクトリカスは――雷を操る魔物だ。


「がは……っ」


 距離を取っていたのにも関わらず、発光を目で捕らえたと思ってすぐに、身体中に痛みが走った。


 即死するほどの威力ではない。しかし、手足が痺れて動けない。


 その隙に、エレクトリカスがゆったりとした動きで近づいてきた。俺はそれを、黙って見ていることしかできない。


 甘かった。まさか距離を取っていても、目に見えない雷が一瞬で到達するとは。

 雷は空から降って来る災害だ。遠目にしか見たことがないが、当たれば大木を破壊するほどの力を持つ。


 冒険者のギフトで使える者もいる。会ったことはないが、雷のギフトは非常に強力らしい。


 それほどの属性を、低出力とはいえ使える魔物だ。


「く……そっ」


 舌も上手く回らない。


 俺は辛うじて動かせる“刃尾”を振って、エレクトリカスに斬りかかった。

 大した攻撃ではない。しかし、完全に動けないと思った俺から反撃があったことに驚いたのか、エレクトリカスは身体を翻して大きく回避した。


 電撃で麻痺させ、悠々とトドメを刺す。そういう魔物なのだろう。反撃には慣れていないようだ。


「うっ、く……なんとか動けるようになったか……?」


 この隙に回復した俺は、全力で泳いで一度距離を取った。


 ウェランドフロッグの毒といい、俺は間接的な攻撃に弱いな。あれは自滅だけど。

 接近戦ならかなりの対応力があると自負しているが、搦め手を使われるとどうも後手に回る。


「雷を無効化する装備でもあればいいんだけど……」


 麻痺毒ではないから、解毒ポーションも効かない。

 “水精霊の祝福”が火への耐性を獲得できるように、雷への耐性をギフトなどで得られれば、対処は用意だろう。だが、現状持っていない以上は今あるスキルでなんとかする必要がある。


「やっぱ一方的に倒すのが一番早いよな……“空砲”」


 エレクトリカスは湖底で油断なく俺を睨んでいる。


 向こうから近づいてくる気はないようだった。

 この距離では衝撃波が届かないので、近づく必要がある。中距離でこそ真価を発揮するスキルだ。


 だが、そこまで近づけばエレクトリカスの雷も届いてしまう。


「とりあえず一発撃ってみるか」


 その場でハサミを構えて、発射する。

 リーフシュリンプの衝撃波も、雷の属性を持った攻撃の一種だ。俺は学者ではないのでよく知らないが、ハサミをぶつけ合った時にプラズマと呼ばれる雷が発生し、それが衝撃波となって伝わるらしい。意味がわからない。


「……やっぱ届かないか」


 衝撃波は途中で掻き消え、エレクトリカスは微動だにしない。


 遠距離攻撃は届かず、近づけば回避不可能な電撃でやられる。

 策がないように思えた。


「レイクシールとは違って、今度は魔法系が得意な魔物だな……」


 水中でも使える魔法に限るが。


 ないものねだりをしても仕方ない。

 だが、さすが中級と言うべきか、ソロ活動の厳しさを思い知っている。一人分のギフトでは対応しきれないことが多い。


「ポラリスはずっとソロだって言ってたからな……すごいよ」


 “銀世界”は剣士系の身体能力と剣術を擁しながら、氷の魔法も使える複合ギフトだ。それはそれで欠点もあるのだが、それを差し引いても強力なギフトである。


 負けず劣らず俺も汎用性の高いギフトなので、ソロでもやっていけると思いたい。もちろん、必要があればパーティを組むことに抵抗はない。


「ともかく、今はこいつをどう倒すかが重要だ」


 俺の持つスキルで、レイクエレクトリカスに対抗できるスキルが一つだけある。


「消耗が激しすぎるけど、使うしかなさそうだ。“鱗甲”」


 体表をヴォルケーノドラゴンの鱗が覆っていく。

 ドラゴンの鱗に、両手両足にはヒレという不思議な姿になった。これ、完全に海の魔物では……?


「行くぞ」


 勢いよく水を押し出して、レイクシールよろしく突進する。


 エレクトリカスは即座に身体を光らせた。雷が目に見えない速度で飛んでくる。


「うっ……痛い、けど、動けないほどじゃないな!」


 少し痺れを感じたが、問題なく動ける。


 リュウカによる検証の結果、ヴォルケーノドラゴンの鱗は火や光にはめっぽう強く、雷や土、風にもそれなりの耐性を持つようだった。弱点は水と氷だ。

 魔法属性はたくさんあるので全て検証できたわけではないが、かなり強い。


 だがAランクの魔物のスキルを使いこなすにはまだ俺の実力が足りていないようで、そう気軽に使えるものではない。


「“大鋏”“星口”」


 倒し方はレイクシールと同じだ。

 ハサミで首を挟み込む。直接触れたことで一層強い雷が流れたが、ダメージに怯んだのかすぐに収まった。

 絶命する前に、傷口に手を突っ込む。


「よしっ」


 強敵だった。


『“レイクエレクトリカスの雷掌らいしょう”を取得しました』


 スキルを取得したと同時に、エレクトリカスは息絶えた。

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