第44話 ギルドからの依頼
『55053位 エッセン』
日課のランキング確認で……ついに、五万位台に入ることができた。
「よっしゃぁあああ! もう少しで中級だ!」
下級と中級は順位によって分けられている。
五万位以内に入ることができれば、中級冒険者になれる。
中級地区への立ち入り、居住が許可され、C、Dランクダンジョンへの挑戦ができるようになる。
あらゆる冒険者の最初の目標だ。
「長かったけど……ついにここまで来られたな。って、まだ喜ぶには早いけど」
ポラリスは三か月ほどで中級になっていた。
最下位脱出からひと月ほどしか経っていないことを考えると、俺もかなりのペースだ。まあ、その前に四年間くすぶっていたわけだが。
「ふん、その程度の順位で喜ぶな」
隣から、憎たらしい声が聞こえてくる。
あまり時間は経っていないが、久しぶりな気がするな。“潮騒の岩礁”のボスを倒した以来か。
「……そう言うお前は何位なんだよ、キース」
「ふっ、あそこを見ろ」
錆び色の髪に真っ赤なローブという装いの残念イケメン……キースが、どや顔でランキングボードを指差した。
『54578位 キース』
「俺のほうが上だ」
「誤差みたいなものじゃねーか!」
五百くらいしか変わらない。
いや、キースのほうが上なのは紛れもない事実なのだが、勝ち誇られるとムカつく。
「負け惜しみはやめたほうがいい。すぐに差は開くだろうからな。俺は最強の冒険者だ」
「あれから調子いいのか?」
「ああ。“水精霊の祝福”を得た俺に敵はいない」
「俺のおかげってわけね」
「ふん、そう言えなくもない」
キースのギフト“炎天下”は自分をも焼くデメリットがあったが、“水精霊の祝福”によってそれは緩和された。
元々攻撃力は高かったので、かなり強くなっていることだろう。
俺も負けるつもりはないが。
「雑魚なりにせいぜい頑張るんだな。中級で待つ」
「一緒に頑張ろうって意味かな?」
キースは朝から平常運転だな……。
「ところで」
「ん?」
「入口横の柱のところ……お前をじっと見ていた男がいたが、あれは知り合いか? ああ、待て。視線は向けるな」
キースが声を潜めて、俺に告げた。
俺を見ている男?
まさか、キースはこれを伝えるために話しかけてくれたのか。
「……“炯眼”」
鷹の目を宿し、視野を広げる。
このスキルなら気づかれずに確認できる。
取り立てて特徴のない装備と顔をした男だった。たしかに、今も俺のことを見ている気がする。
「いや、知らないな」
「そうか……」
「まあ俺は何かと悪目立ちしてたからな……悪名のせいで」
キースにも散々万年最下位などと言われたことだし。俺のことを一方的に知っている下級冒険者は少なくない。
「思い過ごしならいい。だが……あの男、ただならぬ気配を感じる。おそらく、強いぞ」
「え、キースってそんな勘の鋭いタイプだったっけ?」
「抜かせ。俺にできないことなどない」
どっちかと言えば、無駄に自信だけあるポンコツのイメージなんだけど……。
とはいえ、彼の勘は馬鹿にできない。
「忠告ありがとう。気を付けるよ」
「ふん。勝手にしろ。俺はもう行く」
「おう」
キースはローブを翻して去っていった。
「俺なんか見てても楽しくないと思うけどな……」
大して金も持ってないし。
さて、俺も冒険に行きたいところだけど、どこのダンジョンにするか決めてないんだよな。
スキルを増やしたいので、行ったことのない場所にしたい。
ランキングのための貢献度を考えると、FランクよりもEランクダンジョンのほうがいいだろう。
どうせならクエストがあるところがいいな。
「お悩みですか?」
突っ立ってうんうん唸っていると、背後から声を掛けられた。
受付嬢のエルルさんだ。
「あ、エルルさん。いいんですか? カウンターにいなくても」
「冒険者のサポートが私の仕事ですからね」
エルルさんは胸を張ってそう言った。
「ちょうど手が空いたんです。そうしたら、悩んでいるエッセンさんが見えたものですから」
「あはは……すみません、お手を煩わせて」
「いえいえ」
相変わらず、エルルさんのサポートは完璧だ。優秀すぎる。
冒険者一人ひとりの行動まで見ているなんて、“炯眼”を使った俺よりも視野が広そうだ。
ギルド職員がいなければ、冒険者はまともに活動することはできないだろう。感謝を忘れないようにしないとな。
「それで、そろそろ新しいダンジョンでしょうか?」
「はい。“渓谷”はもう攻略しましたので」
「それはすごい……! エッセンさんの攻略ペースとランキングの上がり方は、職員の中でも話題なんですよ。まるで【氷姫】のようだって」
【氷姫】はポラリスの二つ名だ。
彼女は冒険者になってすぐに才覚を現し、駆け上がっていったからなぁ。その速度は今でも語り継がれるほどだ。
「大したことじゃないですよ……。ただ、がむしゃらなだけです」
「そんなことないです! 芽が出ない間も努力を怠らなかったからこそ、今のエッセンさんがあるんですよ。もっと自信持ってください」
エルルさんは前のめりになって、必死に励ましてくれる。
さすが、冒険者のメンタルケアも完璧だ。
「……こほん。それで、次のダンジョンでしたね」
心なしか頬が赤くなっている。
「ご提案なのですが……一つ、ギルドからの依頼をさせていただけませんか?」
「依頼……それは、クエストとは別ということですか?」
「はい。旅神から指令とは別に、ギルドからもお願いをすることがあるんです。不足している素材の収集だったり、調査依頼だったり。信頼できる冒険者だけにお声をかけさせていただいております。あ、もちろん報酬は弾みますよ」
職人などが素材を求める場合、流通しているものを購入するか、冒険者から直接買い取ることになる。
だが、それでも足りない時は、冒険者に依頼することもあるのだ。
リュウカが俺にバジリスクの素材を頼んだのも、広義の依頼ということになる。また、“白霧の森”でフォレストキャットの茸を求められたのも依頼になる。
でも、ギルドから依頼されることもあるとは知らなかった。
「そうなんですか……。でも、俺は報酬よりもランキングを上げることが優先なんです」
エルルさんから信頼できる冒険者という評価をいただけたのは光栄だ。でも、今は早くランキングを上げたい。
ポラリスを迎えにいくために。
「以前も申し上げたと思いますが、調子の良い時こそ危険ですよ。強くなったからと言って休みなくダンジョンに挑戦し続けていたら、いつか足元を掬われます。エッセンさんはソロですから、特に注意しないと……」
「……それは、わかってますけど」
もしかして、エルルさんは俺が焦っているのを見透かして、依頼を提案してくれたのだろうか。
思えば、ろくに休んでいない気がする。
別に無理をしているわけではない。強くなっていく実感が楽しくて、休みたくなかっただけだ。
あるいは、休んでしまうと弱くなる気がして、足を止めたくなかった。
「依頼と言っても今日一日で終わりますから。ね? ちょっと息抜きしましょう?」
「……わかりました。エルルさんが言うなら」
「冒険者の体調管理も、受付嬢の仕事ですから」
俺が渋々頷くと、エルルさんはにこりと笑った。
敵わないな。
ふっと肩の力を抜くと、気が楽になった。
「では準備してきますね!」
「え? 結局依頼ってなにをするんですか?」
「あっ、すみません。言ってなかったですね」
鮮やかな赤髪を揺らして、エルルさんが振り向いた。
「私とデート……じゃなくて、私の護衛です」
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