第35話 工房

 変人……もとい、エメラルドグリーンの髪を持つ職人の少女リュウカと一緒にダンジョンを出た。


 行きは走ってきたが、帰りはリュウカがいるから馬車だ。

 近隣の村に寄って馬車に乗り、迷宮都市に戻る。……と思ったのだが、迷宮都市の外で降りて外周に沿って進んだ。


「どこに行くんだ?」

「私の工房は迷宮都市の外にあるんだ」


 迷宮都市は高い外壁に囲まれ、その周囲には深く堀が彫ってある。これはダンジョンが多いという特性上、魔物氾濫の危険性が少なからずあるからだ。

 また、周辺には平野が広がっている。


「ここだよ」


 リュウカの工房は、門からかなり離れた場所にあった。

 明らかに普通の工房ではない。


 一言で言えば、巨大な蜘蛛のようだった。

 工房から八本の脚が生えていて、地面に刺さり巨体を支えている。


「じゃじゃーん。カッコイイでしょ?」

「これは工房っていうより……」

「魔物みたい、だよねー。これ、職人のギフトで出した工房なんだ。“魔導工房”っていうギフト」

「工房を出すギフト……? へえ、技神のギフトはみんなそうなのか? 面白いな」

「いやいや、普通は“鍛冶師”とか“料理人”とか、技術に関するギフトだよ。私のは変だよねー」


 あはは、と明るく笑うリュウカ。


 なるほど、これなら迷宮都市の外にあるのも頷ける。

 一軒家よりも大きな工房部分に、その周囲に広がる足。こんなものが市街地にあったら大騒ぎだ。見た目の問題はひとまず置いても、邪魔である。


「ほら、入って」


 促され、梯子を上がり工房に入る。


 中はかなり広い。しかし、用途のわからない工具や機械が煩雑に並べられていて、狭く感じる。奥には小さな炉のようなものも見える。

 キッチンなどもあるようで、普通に暮らせそうだ。


 さらに目を引くのは、大量の魔物素材だった。

 爪や牙、革、あるいは鱗。多種多様な魔物の部位が所せましと置かれている。


「すごいな……」

「ふふん、そうでしょ。待ってて。今準備するから」


 リュウカはごそごそと棚や箱を漁り、魔物の素材を作業台に並べた。


「改宗してるのに作れるのか?」

「うん。私のギフトは工房を出すだけだからね。作る技術は全部私のものなんだ。エッセンだって、改宗したからって身体の動かし方を忘れたりしないでしょ?」

「それもそうか」

「“鍛冶師”の人だって同じだよ。腕力が上がったり、炉の温度調節のスキルを使えたりするけど、実際に手を動かすのは自分だからね。技術はギフトとは別なんだ」


 逆に言えば、ギフトがなかろうと技術さえあれば職人になれるということか。

 もちろん、誰にでもなれるというわけではないだろう。血の滲むような努力の上になりたつ技術だ。


「まあでも、工房を動かす時は改宗し直さないとダメかな。改造する時とかも」

「……動くの?」

「当たり前じゃん。なんのために足があるの」


 職人界隈では工房が動くのは当たり前らしい。

 このサイズの建物が移動するところを想像すると、下手な魔物より恐ろしい。


「さすがにあんまり高い素材は使えないかなぁ。ごめんね」

「ああ。作ってもらえるだけでありがたい」

「武器はいらないみたいだし、まずは上下の服かな。じゃ、とりあえず脱いで」

「えっ」

「ほらほら、早く早く」


 リュウカはそう言って、俺の服に手を伸ばす。

 工房の中で女性と二人きりという状況で、服を脱ぐというのはさすがに……。


 しかし、職人相手に意識するというのも逆に失礼か。

 このままだと無理やり剥ぎ取られそうな勢いなので、大人しく自分で脱ぐ。もちろん、下着は履いたままだ。


「よし、じゃあ次はスキルを使ってもらおうかな。今使えるやつ、全部ね」

「……見たいだけじゃないよな?」

「ふふっ、もちろん見たいし触りたいし舐めたい……じゃなくて、装備を作るためだよ。スキルの邪魔にならない装備のほうがいいでしょ? 今はかなり無理して使ってるみたいだし」


 目付きが非常に怪しいが、装備のためというのも嘘ではなさそうだ。


 “刃尾”を使うための穴は開いているし、“黒針”は使うたびに穴が空く。先ほど、“銀翼”で新たな穴を空けたばかりだ。

 もし、それを改善する方法があるというならぜひお願いしたい。


「そんなことできるのか?」

「それが魔物素材のすごいところだよ」

「……わかった」


 リュウカから少し離れて、魔物のスキルを全て発動する。

 最も目立つのは“銀翼”だ。鈍色の翼が肩甲骨の下から生えている。大きさは両手を広げたくらいか。


 また、左腕には“リーフクラブの大鋏”が、右腕には“リーフシュリンプの空砲”がある。同時に使うと一層おかしな見た目になるな。アンバランスなうえ、物を掴めないので不便だ。

 “鋭爪”や“水かき”はハサミと同時に使えないので、使用していない。


「ふぉおおおお」


 スキルを全開にした俺を見て、リュウカは鼻息を荒くしている。

 計測器を手に、俺の身体をじろじろと眺めてくるものだから、なんとなく居心地が悪い。


「すごい、付け根はこういう風になってるんだね! 本当に人間の身体から生えてるんだぁ……。どれどれ」

「ひいっ」


 細く冷たい指が、“刃尾”の付け根を撫でた。不意打ちに、思わず声を上げる。

 それでもリュウカは止まらない。


「あんまり獣臭くはないね。味は……おお、フォレストラビットそっくり」

「おい……」

「翼もカッコイイ……。ね、一回発動し直してみて。どうやって生えてくるのか知りたい!」

「あ、ああ。わかった」

「次はハサミも!」


 リュウカの勢いに、口を挟む隙すらない。

 だが、彼女の楽しそうな様子に、思わず口元が綻ぶ。


 正直、このスキルを受け入れてくれる人がいるとは思っていなかった。

 肉体の一部を魔物に変える……そんなギフト、気味悪がって当然だ。そもそも、魔物の肉を食べるというだけでも忌避する人が大勢いるのだから。


 キースは共闘した仲だから、一応は認めてくれた。だが、やはり最初は驚いていた。

 そう考えると、リュウカと出会えたのは幸せだったのかもしれない。


「うんっ、こんなものかな。作るのは明日!」


 気づけば、陽が傾いて空が赤らんでいた。直に沈むだろう。


 この工房はどういう仕組みか、壁がうっすらと光を放っている。ただの工房というわけではないらしい。

 収納も、“アイテムボックス”のような効果を持っているらしく、明らかに箱に入りきらない量の工具が次々と飛び出してくる。


 工房を見渡していた俺を見かねて、リュウカが口を開いた。


「私の工房はね、いろいろ魔法効果が付いていて便利なんだ。基本、なんでも作れるよ」

「そりゃすごいな」

「最初は手で持てるくらい小さかったんだけどね~。ここまで育てるのに苦労したよ」

「成長すんのかよ……」


 それはほぼ魔物では。

 彼女が魔物を好きな理由がよくわかる。


「あ、もうだいぶ遅くなっちゃったね。ご飯食べてく?」

「いいのか?」

「うん。すぐ作るね。私、料理も得意だから」

「……俺の服は」

「後で縫ってあげるよ。ボロボロだし。それとも、今さら恥ずかしがってるの?」


 おそらく年下であろう彼女は、いたずらっぽく笑う。

 ここで食い下がるのも悔しいので、下着一枚のまま肩を竦める。


 しかし、改めて見ると職人の技術は素晴らしいな。手際が良く、テキパキと進んでいく。

 冒険者には到底できないことなので、尊敬する。


「適当に座ってて。ちょうどバレーイーグルの肉があるから、煮込むよ! 魔物肉、大丈夫でしょ? ここ魔物の肉しかないから」


 ……この変人っぷりがなければ、もっと素直に尊敬できるんだけど。

 いや、生きたまま噛り付く俺が言えた立場ではないが。


「ああ。むしろ主食だ」


 そう、微妙な顔で肯定した時だった。


 ガチャ、と扉が開いて、誰かが入ってくる。


「リュウカ、剣のメンテナンスを……え?」


 自然と視線が入口に向かう。

 そこには、見知った人物がいた。目を見開くと、相手も同じように驚愕の色を浮かべる。


「ポラリス……?」

「エッセン」


 そこには幼馴染であり、冒険者ランキング九位の上級冒険者でもある【氷姫】ポラリスが立っていた。

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