第29話 フェルシー

「あ、名前を言ってなかったね。ボクはフェルシーだよ。よろしくね、エッセン様」

「……ところで、なんで俺の名前を?」

「もちろん、昨日の調査記録を見たからだよ。君は町を救った英雄だもん」

「やめてくれ。仮に英雄がいるとしたら、それはキースだ。俺は少し手伝っただけだよ」


 フェルシーは少年のようなあどけない顔付きの少女だ。

 前を歩く姿を見ても、服装以外は教会の人間には見えない。服装も、動きやすいような短い法衣で、中には短パンを履いている。


「ふーん? まあいいや。あ、ここだよ」


 フェルシーに連れられたのは、昨日も訪れたギルドの出張所。あるいは支部と呼ばれる建物だ。

 迷宮都市のギルドのように大きくはないし、ランキングボードも置いていない。“潮騒の岩礁”に訪れた冒険者に最低限のサポートをするための施設だ。


 職員も二人だけと少ない。


「にしても、昨日の今日でよくここまで来られたな」


 騒動があったのが昼過ぎ。

 解決してから早馬を出したとして、報告を受けてからすぐ向かっても到着は夜中だ。

 朝方の見舞い直後に会いに来たとなると、計算が合わない。


「んー? ふふ、まあ女の子には色々あるんだよ」

「……あっそ」


 あまりにも雑に流されたが、言いたくないのなら深堀はしない。

 旅神教会に逆らっても良い事ないしな。


 旅神教会は、冒険者ギルドとは異なる組織だ。


 旅神だけでなく、それぞれに神に応じた教会がある。

 教会の役割は、大きく分けて二つ。


 一つは、教徒となった者に加護を与える役割だ。

 十二歳になり神を選ぶ時、あるいはその後改宗する時は、教会に行く必要がある。

 そして、教会で加護を受け、ギフトを授かるのだ。


 冒険者の場合は、皆一度は旅神教会に行っている。


 二つ目は、教義に反した教徒を罰する役割だ。


 一般的な犯罪なら、国の組織が取り締まる。

 だが、教会ごとに特別な教義に関しては、教会の神官が手を下すのだ。


 だから、冒険者からすれば機嫌を損ねてはならない存在と言える。


「エッセン様、お茶飲む?」

「いや、お構いなく」

「そっかー。ざんねん」


 フェルシーは背が低く幼い容姿なのに、どこか油断ならない雰囲気を湛えている。

 自分の分のお茶を入れて、俺の向かい側に座った。


「さて、どこから聞こうかな」

「昨日話した通りだぞ」

「うん、でも直接聞きたいなって」


 と言われても、本当に包み隠さず話したつもりだ。


 一つ言わなかったことがあるとすれば、俺の戦闘スタイルだ。スキルの内容までペラペラ喋るつもりはない。


「俺はリーフクラブが暴れだした瞬間は見てないよ。通行人の悲鳴を聞いて飛び出したんだ」

「そっかぁ。生け捕りにした冒険者の顔は知ってる?」

「一人はわかる。他は……どうだろ、見ればわかるかもしれない」


 彼らを見たのは、“潮騒の岩礁”の前ですれ違った時だけだ。

 “催眠術師”の少女は見ればわかるが、他のメンバーまでは定かではない。


「逃げたっていう冒険者はまだ見つかってないのか?」

「“催眠術師”の女の子は、ここの別室で軟禁されてるよ。他の人たちはまだかなー。町にはいないみたい」

「そうなのか……」

「名前は判明してるから、旅神の加護は外しちゃうつもりー」


 教会の怖いところはこれだ。

 神官の裁量によって、ギフトを取り上げることができる。もちろん、理由なく奪うことはできない。だが、罪を犯した者はギフトを奪われ、二度と得ることはできなくなる。


「もし見つかったらどうなるんだ?」

「んー? もちろん死刑だよ。町中に魔物を解き放つなんて、旅神が許すわけないじゃん。魔神と魔物は神々の敵。彼らに与するなんて、許されることじゃないよ」


 死刑という言葉を使うには、軽すぎる口調だ。

 でも、目の奥には仄暗い感情がちらついている。怒りか、憎悪か。


「……あの“催眠術師”は?」

「一番重罪だね。魔物を催眠して連れてくるだけでも重罪なのに、制御をミスして町を混乱に陥れたんだもん」

「報告したと思うけど、彼女が時間を稼いだおかげで被害をゼロに抑えられたんだ」

「ん? 自分が連れてきた魔物を自分で倒したら評価が上がるの?」


 返す言葉が見当たらず、閉口する。


 彼女が言っていることは正しい。

 一歩間違えれば、死人が出ていてもおかしくなかった。それを回避できたのは、たまたま近くにキースがいたから。


 そういえば、キースはなんで広場にいたんだろうな。

 昼食をさっさと食べて、宿屋を出ていったようだけど。


 まあ大方、ニックが心配で見に行ったんだろうけど。


「あ、それで言えばエッセン様とキース様は評価はうなぎ登りだよ! 貢献度もちょこっとおまけしとくね」

「それは嬉しいけど……」


 その後、昨日した報告をさらに詳しく、根掘り葉掘り聞かれた。


 別に新しい情報はない。

 でも、直接聞くことが重要なのだそうだ。


 正直、迂闊に心を開けない相手ではあるが、その勤勉さは尊敬する。


 こんな状況でなければ可愛らしいボーイッシュ少女との会話を楽しむところだけど……。


「うんうん、だいたいわかったかな!」

「お役に立ててよかったよ」

「エッセン様とキース様がこの町にいて良かったよ。旅神教会を代表して、お礼! ありがとう」

「お、おう……」


 フェルシーはにこりと笑って、軽く頭を下げた。


 話は終わりらしいので、帰ろうと立ち上がる。


「あ、そうだ」


 退出しようとした俺の背中に、フェルシーの声が飛んでくる。


「リーフクラブみたいなハサミと、魔物みたいな尻尾の人間が跳び回っていたって情報があるんだけど……何か知ってる?」

「いや、知らないな。リーフクラブのハサミなら、何本か魔物から奪ったけど」

「そっかそっか。それならいいよ! もし魔物の身体を持つ人間なんていたら──処刑しないといけないからね」


 フェルシーはそう言って、笑みを深めた。


「じゃあ、今日はありがとうね! ボクは今日中に帰るけど、君とはまた会いそうな気がするね」


 もう会いたくねえよ。

 そう思いながら、俺は支部を出た。

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