第28話 診療所

 翌日、俺は宿屋で目を覚ました。


 昨日、リーフクラブを全て撃退したあと、キースを診療所に運んだ。

 それから、屋根からニックを降ろし、宿屋に送り届けた。


 冒険者ギルドの支部の職員から軽く事情聴取を受けたんだよな。今日、もう一度詳しく話す予定だ。


「子分……じゃなくて、エッセン兄ちゃん!」

「おう、おはよう、ニック」


 やっと子分呼びをやめてくれたみたいだ。

 宿屋の息子のニックが、受付兼食堂の一階に降りてきた俺に駆け寄ってきた。


 浮かない表情で俺を見上げる。


「キース兄ちゃんは……」

「ああ、診療所だな」

「僕のせいで……。僕を庇ったからケガしたんでしょ?」

「別にお前のせいじゃないよ。それに、キースなら大丈夫だ。すぐ治るよ」

「うん……」


 心配そうに俯くニックの頭を撫でる。


 キースの火傷は酷い状態だ。

 でも、ポーションで応急処置はしたし、診療所には腕のいい医者がいる。町を守った功績から、金額に糸目を付けず治療すると約束してくれた。費用は町から出る。


 医者は慈愛と生命を司る癒神の加護を受けている。

 冒険者がギフトを使い魔法や超常の力を発揮するのと同じように、医者はギフトによって治療魔法を使うことができるのだ。


 ギフトによって得意分野は変わるが、キースの火傷も専門家が対処してくれている。ポーションの効果と合わせて、きっと回復する。


「エッセン君、身体の調子はどうだい?」


 カウンターから宿屋の店主が顔を覗かせた。


「はい。元々、俺はケガしていないので」

「そうかい。いやー、ほんと助かったよ。みんな君とキース君に感謝しているんだ。まさか、町中で魔物が暴れ出すなんてねぇ」


 今でこそ店主も緩い口調だが、昨日の町はまさしく阿鼻叫喚の状態だった。


 魔物を倒しきってもしばらく混乱が続き、数の少ない衛兵だけでは収拾がつかなかった。

 そこで活躍したのが、漁から帰って来た屈強な漁師たちだ。住人からの信頼も厚い彼らは瞬く間にまとめ上げ、荒れた町を片付け、修復して見せた。


 これには俺たち冒険者も舌を巻いた。

 筋肉隆々で、喧嘩したら負けそうだな……。


「しかし、魔物があんなに恐ろしいものだとはねぇ」


 店主がしみじみと呟いて顎髭を撫でた。


 店主は暴れ出した時店にいたが、逃げる途中で遠目に見たらしい。おそらく、“催眠術師”の女性を追いかけていた個体だろう。


 冒険者が持ち帰った死体の一部は町でも出回っているが、重たいので足だけの場合が多い。

 生きたリーフクラブの姿は衝撃だろう。


「ぼ、僕はぜんぜん怖くなかったけどね!」


 ニックが腰に手を当てて強がる。

 あるいは、本当に怖くなかったのかもな。だって、目の前にはキースの背中があったはずだから。


「そうだニック、キースの見舞いに行くか」

「いいの!?」

「ああ」


 ニックと手を繋いで、宿屋から出る。

 町は昨日の騒動が嘘のように平和だ。この平穏を守れて良かったと心から思う。


 診療所は町の中心部から少し離れた場所にある。理由は広いスペースが必要だからだ。


 キースがいる部屋に案内され、中に入る。


「キース」

「……お前か」


 てっきり寝ているかと思ったが、声を掛けると片目だけ開いて俺を見た。

 顔は目元を除いて包帯に包まれ、痛々しい。


「兄ちゃん!」

「……こいつも連れてきたのか。こんな姿を見せて、トラウマになったらどうする」


 ニックの姿があることに気が付き、俺を睨んで非難した。


 俺は反論の代わりに、肩をすくめてニックの背中を押す。


「み、見るな。リーフクラブにやられてなどいないからな。これはただ……」

「兄ちゃんはカッコイイよ! 昨日も、今の格好も両方とも!」

「……ふん、当たり前だ」


 包帯ぐるぐるのキースは、満更でもなさそうに鼻を鳴らした。

 その傷はニックと町を守った勲章だ。恥ずかしがることないだろう。


「兄ちゃん、ありがとう!」

「ああ、もっと感謝してもいいぞ」

「本当にありがとう!」


 ニックは純粋だなぁ。

 いつにも増して目が輝いている。これは、幻滅するどころかより冒険者に対する憧れが強くなったかな。


「俺からも礼を言うよ、キース」

「何を言う。お前がいなければ俺は死んでいた。そうだな……もう万年最下位ではないという言葉、信じてやってもいい」

「信じてなかったのかよ……」


 ちょっと素直になってなんだか気恥ずかしいな。調子が狂う。


「僕ね、キース兄ちゃんとエッセン兄ちゃんみたいに、誰かを守れる人になりたいな」

「……ふん、守るのは簡単ではないぞ。誰よりも最強でなければならん」

「うん。僕、さいきょーになる!」


 ニックが拳を握りしめて、決意を固める。

 冒険者じゃなくてもいい。この経験をして、恐れず乗り越えた彼は、きっと優しくて強い大人になれるだろう。


「おい、万年最下位」

「あ、呼び方は変わらないのね」

「まだこの町にはいる予定か?」

「ん、ああ。まだ事件の後始末もあるし、ダンジョンにも行きたいからな」


 まだ“潮騒の岩礁”の魔物から取得できるスキルは、レベルが最大になっていない。少なくともレベルを上げ終わるまでは、ここにいるつもりだった。


「そうか。……俺が回復したら、一つ頼みがある」

「おう、なんだ?」

「いや、その時話そう。明日には治す」

「わかった。三日は休んどけよ」


 偉そうな口調は変わらないけど、態度が柔らかくなった気がする。あの戦いを通じて、キースの印象も大きく変わった。

 頼みの一つくらい、聞いてやってもいい。


「じゃあ、また来るわ」

「二度と来るな」

「兄ちゃん、安静にしてるんだよ! 治ったら宿屋に食べに来てね!」

「ああ、サンゴ亭の魚介スープは絶品だからな」


 医者が部屋に入ってきたタイミングで、俺たちはお暇することにした。


 意外と元気だったな。あの様子なら大丈夫そうだ。

 扉越しにかすかに聞こえるうめき声については聞かなかったことにしよう。幸い、ニックは気づいていないようだし。

 強がりな奴め。


「君がエッセン様?」


 診療所を出た俺を出迎えたのは、聖職者の格好をした少女だった。法衣は妙にスカートが短く、銀の装飾が多い。

 年は俺よりも少しだけ上か。黒のボブカットが美しく、顔付きは可愛らしい。だが、抜き身の刃のような鋭い空気を纏っている。


「ボクは旅神教会所属の神官だよ。昨日の事件について聞きたいんだけど、いいかな?」


 にっこりと微笑む姿は一見すると可憐だ。でも、俺の額には冷や汗がつーっと流れた。

 いや、別にやましいことはないんだけど。


「ああ、大丈夫だ」

「良かったっ。ではでは、こちらへどうぞ~」


 ハスキーな声は無邪気な少年のようだ。

 ニックは一人で帰し、俺は彼女についていった。

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