第24話 魚介スープ美味すぎ

 ポーションで腕を治したキースとともに、町に戻った。

 満潮の間に昼食を済ませてしまおうという考えだ。


 キースの右腕は火傷の跡は残るものの、ほとんど癒えている。ダンジョン産の薬草などから作ったポーションは効果が非常に高い。


「あ、兄ちゃん! 子分!」


 町に入ると、宿屋の息子、ニックが手をぶんぶん振って駆け寄ってきた。

 外で遊んでいたのだろうか。


「誰が子分だ」


 一応突っ込んでおくけど、ニックは聞いちゃいない。

 目をキラキラと輝かせて、キースに詰め寄った。


「ダンジョン行ってきたんでしょ!? たくさん魔物倒した?」

「ふっ、当然だ。千はゆうに超えた」

「すげー……!」


 右腕の火傷は隠したまま、キースは大嘘を吐く。


 ニックは羨望の眼差しでキースを見上げている。

 うん、まあ夢は見させてあげよう。


「そうだ、兄ちゃんは知ってる? あっちに魔物が置いてあるんだよ!」

「なんだと……?」

「蟹の魔物が丸ごと売ってるんだって! しかも生きてるの!」


 興奮冷めやらぬ、といった様子で、ニックが説明する。


 ああ、朝すれ違った冒険者が生け捕りにしたものか。

 俺もリーフクラブの脚を売却用に持って帰ってきたが、全身、それも生きた状態なんて冒険者でなければ見られるものではない。

 ダンジョンには冒険者以外入れないからな。


 町の人からしたら、珍しい光景だろう。


「お客さんに聞いてね、今から見に行こうと思うんだ!」

「……魔物は大きく、危険だ。あまり甘く見ないほうがいい」

「大丈夫だよ。だって、捕まえてあるんだよ? あー、剣があれば僕でも倒せるかも!」


 ニックは見えない剣で、シュッシュッと口で言いながら空気を斬った。

 わかる、わかるぞ! 俺もよく剣術の真似をして遊んだものだ。今じゃ文字通り魔物みたいな戦い方してるけどな。


「じゃあ、また後でね!! お昼も別料金だけど、うちで食べられるから!」


 さすが普段から手伝いをしているだけあって、子どもなのにしっかりしている。

 ニックなら良い宿屋になりそうだ。


「キース、サンゴ亭に行くか?」

「ああ。……弱者が俺についてくるな」

「今ちょっと忘れてただろ」


 普通に首肯したあとに思い出したように付け足しやがって。


 俺はずっとソロでやってきた。

 駆け出しの頃はポラリスと組んだり、あるいは他のパーティに入れてもらったこともあった。でも、ポラリスは先に上がってしまったし、パーティからは役立たずとして追い出されてしまった。


 当然だ。俺には戦う力がなかったから。


 ……パーティで活動していたら、こうやってダンジョンから一緒に帰ったり昼食をともにしたりしていたのかな。

 相手がキースなのはちょっと不服だが、俺はそんなことを思いながら宿屋まで歩いた。


「おお、おかえり。飯食べるかい?」

「はい、お願いします」

「あいよ。座って待っていてくれ」


 店主が気さくに挨拶してくれる。

 居心地のいい宿屋だ。繁盛するのも頷ける。


 俺がカウンターに座ると、キースはわざわざ離れたテーブルに座った。


「そういえば、さっきニックに会いましたよ」


 世間話代わりに、道中のことを話す。


「生きた魔物を見られる機会なんてめったにないからねぇ。あいつは喜んで飛び出していきやがった」

「あはは……。俺も初めて魔物を見た時は興奮しましたよ」

「できれば、魔物の恐ろしさにびびって冒険者になるのを諦めてくれると嬉しいんだけどよ」


 駆け出しの冒険者は、半数以上がその日に冒険者をやめる。魔物に足がすくんで動けなくなってしまうのだ。

 最低ランクの“白霧の森”の魔物すら、普通の人間くらい簡単に殺せる。そんな化け物がうじゃうじゃいるのがダンジョンというものだった。


「リーフクラブの生け捕りってよくあることなんですか?」

「いいや? この町で生まれて四十年近く経つが、初めてだよ。よく知らないが、魔物を昏睡させるのはそんな簡単じゃないんだろ?」

「一時的ならともかく、長時間眠らせるのは難しいでしょうね……」

「最近来た冒険者が始めたんだよ。なんでも、そういうギフト持ちだって話だ。結構高値で取引されてるぜ。うちみたいな小さな宿屋じゃ買えないが、大きい商店がこぞって買ってるよ」


 売り物になるほど美味しい魔物は、それほど多くない。

 そのギフトを持ち、“潮騒の岩礁”に目をつけたのはかなりのやり手だな。商売上手だ。


「今日も広場で競売をやってるよ。さっきお客さんに聞いた話だと、十匹もいるらしい」

「それはすごいですね……」


 広場に十匹のリーフクラブが並んでいるところを想像すると、かなりの壮観だ。

 一匹でもかなり大きいからな……。


 ダンジョン内でもその数を同時に見ることは少ないし、ちょっと気になるかもしれない。後で行ってみよう。


「はい、スープとパンだよ」

「ありがとうございます。いただきます」

「簡単なもので悪いね」


 店主が俺の前に皿を置いた。


「とんでもない……! こんなに魚介の入ったスープ、迷宮都市じゃ食べられないですよ」

「ははは、そりゃよかった。初めて来るお客さんはだいたい驚くよ。それに、この町は塩も美味いぞ」


 さすが海辺の町だ。

 エビや貝などの魚介をふんだんに使ったスープで、とても美味しい。

 魔物ばっかり食べてると、普通の料理が一段と美味く感じる。


 ゆっくり昼食を食べていると、後ろからがたりと音がした。


「美味かった」


 キースが立ち上がり、短くそう言って宿屋から出て行った。食べるの早いな。


 ダンジョンはしばらく満潮だ。急いでも、どうせ中には入れない。


 ちょっと休憩してから、午後もダンジョンに向かおう。

 スキルレベルを上げないとな!


「おや、なんだか外が騒がしいね」


 店主に言われて、顔を上げる。食事に集中していて気が付かなかったが、たしかに騒々しい。


 なんだろう、叫び声のような……。


「……のだ!」


 焦った様子の男性の声が、扉越しに聞こえてくる。


「魔物だ! 魔物が暴れだしたぞ!!」

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