8縛 不安定な女
「おかしいですよね。どうして秘密にしていたんですか?」
「そうじゃない、もう知ってると思ってた」
「私が時生さん以外の男の情報を、脳みそにインプットするワケないじゃないですか。あんな存在、オケラ以下です」
……こいつ。
「俺の友達をオケラ呼ばわりとは、ムカつくじゃねぇか。取り消せよ」
「あ、いや……」
ちょっとした、叱咤のつもりだった。しかし、京はバツが悪そうに目を逸らしてオロオロすると、あろうことか涙を浮かべて、軽い過呼吸になってしまった。
マズイな、想定外だ。
「す、す、すいません。取り消します、き、嫌いにならないでください。お、おね、お願いします……」
「落ち着け、何もそこまで気に病まなくても」
どうやら、俺が少しでも怒りの感情を向けると、こうして震えてしまうらしい。だから、思わず「言い過ぎた」と謝ってしまった。男の仲の事だし、そこまで怒ってるワケじゃないんだけどな。
「ごめんなさい……」
「いや、もういいってば」
発言の非を認めて、一言謝ってくれればそれで済む話なのに。京は、俺に対する一つの要因が、関係の全てに影響を及ぼすと考えている節がある。
間違っているワケではないが、普通に考えれば『信じられない常識外れな事』以外、一回のミスや失態でコミュニティを追放、もしくは関係の削除をされる事なんてあり得ない。
大抵はチリツモなのだ。なのに、京にはそれが分からない。壊れた心は、こういう些細な場面でも著しく作用している。
一か、零か。彼女の中には、それしかない。かなり、深刻だ。
要するに、京の視野は
こういうやり方は、大嫌いだ。自己嫌悪に陥りそうになる。
「でも。でもでも、やっぱり仲が良すぎます。私と話している時よりも楽しそうです。信用しているように見えます。どうしてですか?あんな風にされたら、時生さんは私より近衛さんを好きなんじゃないかって勘違いしちゃうじゃないですか。不安になってしまうじゃないですか。嫌です」
かと言って、京はやっぱり自分を曲げない。言葉を取り消したのは俺の怒りを鎮める為であって、遥に対するモノではないのだろう。
そこのところの意識は、早い内に改善しなければならない課題の一つだ。
「好意の意味は、男女で別だろ」
俺は、彼女に「好き」や「嫌い」の感情を話したことはない。と言うよりも、事情やら理由やらきっかけやら迷惑やら。色々と複雑過ぎて、自分でも彼女をどう思っているのかが分からないのだ。
それでも言葉を当てはめるなら、『庇護』とか『心配』とか。そういう言葉が、今の俺が向けている情緒に適当なんだと思う。多分ね。
ただし、京の中では俺が『愛している』事になっている。一緒に生活して、そういう風に認識してしまったようだ。地雷が増えて困っているが、爆発する可能性が高いため訂正するつもりはない。
「同じです。猫とウズベキスタン。全然関係ない二つですが、『純粋にどちらが好きなのか?』という質問には答えられますよね?」
こういう、妙に揚げ足を取るのがうまいのも、京の厄介なポイントだ。ルールの裏をかくには、もう少し準備が必要になるだろう。
本当に、課題は山積みだな。
「そういう意味で言えば、今は誰より京が大切だ。安心してくれ」
大切。好き嫌いを誤魔化すために、敢えてこの言葉を使った。ビビらせた分、メンタルを回復させなきゃいけないからだ。
……これじゃ、DVの手口と同じだな。極力、怒り方は間違わないようにしないと。
「……って、なんで噛むんだよ」
「嬉しいからです、ちゅるちゅる」
しまった!テンションが上がり過ぎて、逆に心に負荷がかかった!
「ちょ、離れろって。つーか、解決したんだから連中に合流し……。だから!脚を絡めるなと言ってるのに!」
「うや、しゅき」
京の思考回路がショートして、脳みそのCPU使用率が100%になってしまったらしい。こんなパターン、聞いてない。なんだよ、「うや」って。
「もう分かったっての!ホント、誰かに見られたらどうするんだよ!」
「……ぶぅ。時生さんは、いつも照れすぎです。これくらいのスキンシップは、当然じゃないでしょうか」
「当然じゃねぇんだよ!場所を選ぶんだよ!理性のない人間なんて猿と同じだ!もっと知性と品格を大切にしやがれ、このアホタレ!」
「だって、時生さんに抱き着くと何だか変な気分になるんです。蕩けそうになります」
「とろ……っ!む、無自覚だったら何言ってもいいと思ってんじゃねぇぞ!」
「な、なんで今ので怒るんですか。別に、普通の事しか言ってないのに……」
ま、まさか、こんな形で無自覚が作用して来るだなんて。
その方がエロい。これは、困った事になったぞ。
「とにかくだな、今は人を待たせてるんだ。早く行くぞ」
「まぁ、いいですけど。半歩後ろを歩きますね、妻として」
なんでそういう事は知ってるんだよ。
「……そう言えば、先ほど『場所を選ぶ』と言いましたね」
心臓が、跳ねた。その理由が恐怖ではなかったことを自覚して、いつもよりも俺の不安を逆撫でしたのだ。
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