6縛 救われているから
「なので、追加でもう一つルールを作ります」
「なんだ」
「私の事は、『
「分かった。……京」
「はい、
みゃこみゃこは、少し恥ずかしい。こいつの趣味がよく分からん。
「それでは、眠りましょう。このお布団に二人で眠るには、スペースをかなり詰めなければいけませんね」
「いや、くっついて寝れるのか?学校で勉強するつもりなら、落ち着いた方がいいだろ」
普通、こんな心配をするとやけに自分に自信があるように聞こえるかもしれないが、京は普通じゃない。つまり、これは自意識過剰ではない。
「無理でしょうね」
「なら、寝る時くらいは別にしようぜ」
「ダメです」
「じゃあ、せめて布団を横にするとかさ」
「……仕方ありません。流石の私でも、七日目辺りで倒れかねませんし」
六日間は耐えるつもりだったのかよ。バケモンだ。
「でも、手を握るくらいならいいですよね?」
「……まぁ、好きにしてくれ」
多分、それくらいが好感度に上下の無い絶妙なポイントだろう。こうやって、生活の中でクリティカルなやり方を学んでいくしかない。
「歯磨き、終わったか?」
「はい」
「じゃあ、電気消すぞ」
「はい、おやすみなさい」
カチリ。紐を引いて、部屋の中が暗くなる。カーテンの隙間から、月の光。遠くの方で、バイクがエンジンを吹かす音。それに、冷蔵庫のモーター。時計。
京の、吐息。
「……もう少し、家の不便に文句を言うモノだと思ってたよ」
繋いでいる人差し指が、少しだけ動いた。
「どんな生活をしているのか、知っていましたから。それに、私は時生さんが居れば野宿でもいいんです」
静かな声は、今までのどの言葉よりも心に刺さった。
「なんで、そこまで俺に拘るんだよ。俺は、お前に何もしてない」
「傘を、さしてくれたからです」
手の先で、彼女がこっちに寝返りをうったのが分かった。
「壊れて砕けた私を、見つけてくれた。あの瞬間に、私の全てが報われたんです」
……あの日、あるいはそれよりずっと前から、壊れるくらい何かと向き合っていたのだろうか。不覚にも、俺はその正体を知りたいと思ってしまった。
無論、訊く事はしなかったが。
「そうか。まぁ、偶然とはいえ救われたならよかった」
「はい、本当によかったです」
……静寂。
半日以上気を失っていたにしては、随分と早く睡魔が襲って来た。この分なら、もう少し体の力を抜くだけで――。
「20歳になったら、コウノトリさんに赤ちゃんを連れてきてもらいましょうね」
「……は?」
「子供を二人授かると言ったじゃないですか。安心してください。仮に大学へ通っていても、養育費はどうにでもなります」
俺は、眠気が遥か彼方までぶっ飛ばされるくらい、超絶に度肝を抜かれていた。何故なら、京がその言葉を本気のマジのガチで言っているような気がしたからだ。
まさか、下心が無いのか?それで、この狂気なのか?いや、だからこその狂気なのか?さ、流石に冗談だよな?だって、俺たちもう高校生――。
「私たちに似ていると嬉しいです」
「ぐにゃあ~……」
こ、こいつ、マジで言ってやがる……っ!道理で!これだけ狂ってるのに、何故か下半身的なアクションだけは起こさねぇと思ったら……っ!
「み、京」
「はい、時生さん」
お、落ち着け、俺。まずは落ち着いて、状況を確認するんだ。
「『エロス』という言葉を知っているか?」
「なんですか、藪から棒に。……ズバリ、おっぱいを揉むことです。それが『エロス』です。残念ながら、時生さんはおっぱいが好きじゃないみたいですけど」
ズバリ、じゃねえだろ。なんで拗ねてんだよ。そもそも、別に嫌いなワケじゃ。
「……なくて。他には、心当たりはないのか?」
「ありません。キスもそれっぽいですが、実は罠です。あれは、コウノトリさんに見つけてもらう為の儀式です。キスすると子供が出来るという話は、正確に言うと嘘なんですよ」
思わず顔を見ると、京は俺を見つめたままドヤ顔でニヤリと笑った。こいつ、なんでその知識でマウント取れたと思ってんの?
……いや、むしろこれはラッキーなんじゃないだろうか。
「まったく、お前は本当にアホなんだな」
「む、アホとはなんですか」
一丁前に不機嫌なのが、割と意味が分からなくて笑えてきてしまった。でも堪えろ、俺。
「付き合ってからキスしないと、アメリカ人は挨拶のたびに赤ちゃんを育てるハメになるだろ。だから、正確には20歳を過ぎた恋人同士のキスだ」
「……た、確かにそうでした」
呟くと、京は瞬きをして目線を逸らした。なんで照れてんだよ。
「まぁ、ここで知ったからいいんですよ。たった今、私はアホじゃなくなりました」
アホ丸出しである。
しかし、これで京が能動的に俺のリビドーを刺激する可能性がない事が分かった。
実を言うと、スレンダーが好きだという情報は割と古い。だから、決意を決めたとはいえ、京に無暗に誘惑されるのは確実に毒になる。それが無いだけでも、かなりやりやすいハズだ。
……ただ、当たり前の疑問は残った。
京は、友人やメイドの秋津さんから性教育について何も聞いていないのだろうか。小学生の頃に、仕組みくらいは伝える授業があったような気がする。それに、映画や漫画に触れていれば、嫌でも濡れ場を目にするハズだろう。それらを全て掻い潜って、今日まで生きて来たって言うのか?そんな事が――。
「……いや。そんな寄り道も出来ないくらい必死だったから、心が壊れたのか」
それが、権力者の家に生まれたからなのか。はたまた、学園のアイドルとして生きて来たからなのか。そいつは、俺には分からない。ただ、京の生き方を見た周囲の人間が、京を俗世から引き離してきた事だけは、この事実から読み取る事は出来た。
それだけ、必死で自分を演出して、追い詰められていたのだろうか。ならば、クリスマス・イヴの涙の理由も、少しだけ理解出来るような気がした。
本当に、少しだけ。
「なんですか?」
「何でもない。寝よう」
しばらくは、矢箕京という女が何者なのか探っていく必要がある。彼女を狂わせた最後のピースが俺なんだとすれば、彼女を元に戻す事が出来るのもまた俺だから。
治療は、俺の仕事だ。データはカルテ、行動は薬と言ったところか。このボロアパートは、病室だな。
……勘違いしないで欲しい。こうして協力するのは、俺がクリスマス・イヴに京に救われているからだ。それ以外に、理由なんてない。
ただ、この束縛の中で当たり前の日常を送る。京をまともにする。どっちもやらなきゃいけないのが、男子高校生の辛いところだ。
「なんてな」
京は、目を開けていた。だから、俺はやっぱり何の意味もなく、彼女の頭を撫でて繋いでいた指を離した。
もしも京の『
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