第36話 心からの応援

「ガルド様。お待たせしました」


 そう言ってまた頭を下げる。おかげで丸見えの胸元が目の前に。ついつい目線がそっちへ行ってしまう。

 いつも、こんなサービスしているのか……。


「ありがとう、いただきます」


 そして、ポテトを口に入れていく。


 脂っこくなく、サクッとしていて、塩加減も悪くない。

 普通のお店より高めだけあって味も美味しい。


 ハンバーガー他の店よりも肉厚で、オレンジジュースもよく飲んでいる所の店よりも糖度があり、甘くていい味をしている。


 ウィンさえよければ、また店に来てもいいくらいだ。


 そして食事をとっていると──。


「蔑まれて、罵倒されて喜んで──。人として恥ずかしくないんですか?」


「嬉しいです。もっと、さげすまれたいです」


 カウンター席からいかがわしいお店とでも言わんばかりの罵声。

 反射的にそっちに視線を向けると、罵声を浴びせていたのは、さっきの赤髪の女の子だった。


 俺を誘導してくれた時には笑顔が似合っていて明るい女の子という印象だったのだが──。

 まるで別人とでも言わんばかりの豹変ぶりに思わずぎょっとする。


「豚。さっさと食べてください」


「本当にどうしようもない変態ですね。豚!」


「き、気持ちいい~~」


 お客さんは、あひぃといわんばかりの悦びに満ちた表情をしている。

 あれが、あの女の子の本性なのだろうか。それとも、作っている姿なのだろうか。


 まあ、雰囲気は悪くなさそうだし根っからの性悪というわけでもなさそうだ。


 確かに、さっきのレーノという人といい、ウィンのあの態度といいキャラ作りをしているというのは良く感じる。


 ここは、それを楽しむカフェなのだろう。

 ウィンでも、何とかなりそうだ。


 そして俺は勘定を済ませる。出て来たのはウィン。最後の確認を含めて、一言話す。


「やっていけそう?」


「はい」


 ウィンの口調が、どことなく強気だ。自信を持っているというのがわかる。

 それなら、大丈夫だろう。


「ガルド様、ありがとうございました」


 そう言ってウィンがお辞儀をした。

 体の重心が前に傾いたおかげで、またたゆんと豊満な胸がメイド服にもたれかかる形になる。これが、ウィンの人気の理由の一つかもしれない。


 ついつい視線が胸に行ってしまうが、オホンと咳をしてウィンの顔に視線を戻す。


「職場の雰囲気は?」


「大丈夫です。みんな、優しくて面倒見がいい人ばかりで──いい職場です」


「それは、良かった」


 ウィンの、どこかうれしそうな表情。決してとりつくろったり、演技をしているわけでないというのが理解できる。


 支払いを終えて、一言声掛けをしてこの場を去っていく。


「がんばってね、ウィン。応援してるから」


「ありがとう、ございます」


 そして俺は再び外へ。

 ウィンの働いている場所。最初は戸惑ったけれど、何とか大丈夫そうだ。


 まあ、ウィンに変な虫がついちゃうことだってあり得るから、きっちりと警戒してよく話を聞こう。







 ウィン視点。


 ガルド様がこの店に来てくれた日の翌日。



「ありがとうございました」


「今日もかわいかったよ、ウィンちゃん」


 私を指名してくれた人が、会計を終えて店を出ていく。


 そして再び厨房へ戻ると、レーノさんが話かけてきた。


「休憩入って」


「わかりました」


 時間は午後2時ごろ。忙しいお昼時の時間が終わり、休憩時間になった。


 額の汗をぬぐい、思わずつぶやく。


 慣れてきたとはいえ、お昼時の時間が終わると疲労感でいっぱいだ。

 忙しいのもそうだが、それに加えてキャラ作りをしなければならないのもそう。




 高い給料のためしょうがないとはいえ、本当に疲れる。でも、頑張らないと──。ガルド様にしんぱいはかけさせたくないから──。


 休憩室で賄いのサンドイッチを食べながら、一息ついていると──。


 コンコン。キィィ──。


 扉が開いて誰かが入ってくる。


「ウィン。ちょっといい?」


「あ、レーノさん。何でしょうか」


 客足が少なくて暇なのか、レーノさんがやってきて話しかけてきた。


「昨日の人。明らかにウィンのこと、知ってたわよね」


「はい……」


 流石はレーノさん。勘が鋭い。その人とは、もちろん昨日店に来たガルド様のことだ。

 私が、ちょっとガルド様と話しただけで、レーノさんは私と近い関係だということを察してしまったのだ。


 その後も厨房に戻るなり、「あの人とは、どんな関係なの?」と問い詰められてしまったのだ。


 取りあえず、戸惑いながらもはぐらかすことはできたが、その時のレーノさんは、明らかに納得してない様子だった。


「恋人?」


 その言葉にあわあわと手を振る。


「ち、違います──」


「じゃあ誰?」


「お兄さまです」


 ちょっとドキッとしたけれど、この答えで大丈夫なはずだ。


 ガルド様との取り決めで、俺達のことを聞かれたら、互いに兄妹ですと答えるようにしているからだ。


 レーノさんは、腰に手を当て私の方をじっと見る。


「両親は?」


「両親とは、両親とは、離れ離れです」


 その言葉にレーノさんがピクリと反応する。変なこと、言っちゃったかな?


 確か、ガルド様に言われた。生活を聞かれたら──。タツワナ王国からの出稼ぎだと言うようににと。

 私は、そのことについても話す。


「お、お兄さんと──一緒に暮らしてます。出稼ぎってやつです」


「ふーん」


 レーノさんはそう言って私の目をじーっと見る。


「ちょっと、あなたの家。行ってみたい。今日、大丈夫?」

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