第154話:魔界のライブカメラ

 その日、我が家のリビングではスマホを見てはしゃぐ兄のアレクサンドルと、テディベアのキリトの姿がありました。


「おっ、すげぇ! キリンきた!」


「これはレアでありますね~!」


「……二人とも、何を見てるんですか?」


「ライブカメラだよ。砂漠に水場を作って、水を飲みに来てる動物を撮影してそのまま放送してるんだ」


 アレクが差し出したスマホには、キリンが前足をハの字に広げて姿勢を精一杯低くしながら水を飲んでいる光景が映っています。


「これは珍しい光景ですねぇ。キリンは日ごろ食べている植物の水分だけで平気なんで、あまり水を飲まないらしいんですよ」


「へぇ、そうなんだ」


 キリンが立ち去ると、今度は長い角を生やしたオリックスの群れが水場を占拠しました。


「ちぇー。またオリックスかよ~」


「また、ってことはよく来るんですか?」


「いつ見てもだいたいオリックスが映ってるな。ゲームで言うところのコモン枠だ」


「じゃあ、さっきのキリンはとても珍しいんですね」


「SRくらいじゃねぇかな」


「ということは、もっと上があると……」


 キリンより珍しいとなると、ゾウやライオンくらいしか思いつかないのですが、いったいなんでしょう。


「SSRは、メンテナンスにやってくる人間であります! めったに来ないんで超レアでありますよ!」


 キリトがふわふわのクリーム色の手を振りながら答えました。


「なるほど。動物よりも人間の方が珍しいとは……まぁ砂漠ですからねぇ」


 それにしても、家に居ながら遠い場所の出来事がリアルタイムで見られるのは便利です。

 ワタクシのように、出かけることを基本的にめんどくさいと思っている人には、うってつけではありませんか。


「もっといろんな場所のライブカメラを見てみたいものですね」


「たしか渋谷の交差点もあったはず――」


 そんなことを言っていると、目の前の空間がぐにゃりと歪んで転移魔術の気配がしました。

 あぁ、もしかして……


「ハッハッハッ! 愛し子達よ1ヶ月振りだなッ!」


「フォラス!」


 そこには黒いマントにギラギラパンツ一丁の体格が良い中年男性の姿がありました。

 この変態がワタクシ達の後見人であるかと思うと、めまいがしそうですが、一応偉い悪魔だったりします。


「おっちゃん! また観光に来たのか?」


「いや、先月来た時にお土産を渡すのを忘れていたのでな」


 そう言って、彼はギラギラパンツの中に手をつっこんで、そこから手品のようにシュルリとモニターのような物を取り出し、テーブルに置きました。

 前もそうでしたけど、取り出すのは股間からじゃないとダメなんですかね……?


「なんだこれ? テレビか?」


「魔界のライブカメラの専用モニターだ。娯楽に飢えた悪魔たちに大人気の品であるぞ」


「へぇ、そっちでもライブカメラが流行ってるんですねぇ」


「ジェルマンよ、これはただのライブカメラではない。なんと、視聴者のゆかりの地がピンポイントで映る仕組みになっているのだ」


 視聴者のゆかりの地。つまり縁があったり、今までに行った事がある場所だけ映る、ということでしょう。

 自分の知っている場所なら、なおさら興味深く観られるかもしれません。


「それは面白そうですね」


「うむ、そうであろう。我もスポンサーとして出資している。大いに楽しむが良い」


 フォラスは、ワタクシ達にモニターの使い方を教えると、帰って行きました。

 どうやら本当にお土産を渡す為だけに来たようです。


「アレク氏、ジェル氏。魔界がどんなところなのか見たいであります!」


 キリトは興味津々でテーブルの上に飛び乗って、モニターの前にちょこんと座りました。


「せっかくだから、観てみるか」


「そうですね」


 モニターのスイッチを入れてみると、真っ黒だった画面がゆっくりと光り始めます。

 しかし、そこに映ったのは、ボディビルダーのように筋肉を誇示しながらプロテインの紹介をするフォラスの姿でした。


 画面の右下に『ライブ映像は広告動画の後に放送されます』とテロップが表示されています。


『ヌン、このプロテインで今日から貴様もマッスルだ!』


 フォラスのセリフと共に、パパーン! と安っぽい効果音が流れて、プロテインの缶がアップになりました。


『フォラス様ご推薦のスーパープロテイン! お求めはこちらから――』


 スイッチをオフにしようかと思ったその時、画面が切り替わり、見たことのある風景が映りました。

 たくさんのライトに照らされた美しい水面に平たく磨き上げられた白く大きな大理石。


「おや、ここは河童の沼じゃないですか」


 そこには楽しそうに水遊びする河童たちの姿がありました。

 色が白く頭に皿があって、背中に甲羅と手に水かきがある以外は人間そっくりの姿。

 その腰にはアレクがプレゼントしたギラギラビキニパンツが光に反射してキラキラ輝いています。


「河童さん達、パンツはいてくれてるんだなぁ」


「どうしてアレク氏と同じパンツでありますか? フォラス殿もそうだったし、もしかして流行ってるんでありますか?」


「おう、大人気だぞ! キリトもはいてみたいか?」


「遠慮しておくであります」


 キリトが冷静な判断をしたことにホッとしました。

 これ以上、下品なパンツの信者が増えては困ります。


「あっ、画面が切り替わったでありますよ!」


 そこに映ったのは、また筋肉を誇示しながらプロテインの紹介をするフォラスの姿でした。


『ムンッ! 運動の前にはプロテイン……運動の後もやはりプロテインであるッ!』


『フォラス様ご推薦の――』


「はぁ、また広告ですか……」


「これもしかしてワンシーンごとに観ないとダメなやつか」


「あのクソマッチョ、どれだけ筋肉とプロテインを見せたいんですかね」


 ウザい広告動画が終わって、その次に映ったのは満開の花を咲かせる桜の木々でした。

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