第136話:河童の住む沼

 雪女から聞き出した河童の住む沼は、とても美しい場所でした。


「沼なんていうから、こけと雑草の生い茂る汚いのを想像してましたが……」


 澄んだ水をたたえた水面はたくさんのランプでライトアップされていて、まるでエメラルドのように美しい緑色です。その周囲は適度に木が茂り、色とりどりの花が咲いています。

 沼のほとりには、綺麗に平たく磨き上げられた白く大きな大理石があり、河童たちがそこに座ってのんびり談笑している様子が見えました。


 河童の姿も想像と少し違っていて、とても色が白く頭に皿らしきハゲた部分があるのと背中に甲羅と手に水かきがある以外は、人間にとてもよく似ています。

 話しかけるタイミングを計りながら観察していると、ワタクシ達に気付いた一匹の河童が、こちらへ近づいて来ました。


「あんれ、ダン吉!」


「えっ、俺? だ、だんきち……?」


 河童はなぜかアレクに向かってダン吉と呼びかけました。


「ダン吉、おめぇその体はどうしただ? 真っ赤でねぇか! ひゃぁぁぁ! 皿も甲羅も無くなってしもたのか⁉ こりゃぁ大変じゃあ……」


 河童は心配そうに、アレクの体をペタペタと水かきのついた手で触れてきます。

 どうやら、彼のことを仲間だと勘違いしたようです。


「そこに寝転べ。おらが薬を塗ってやるから、ちょっとここで待ってろ」


 おや、この河童は妙薬を持っているようです。これは話が早くて助かります。


「……ところでそっちのあんたは、ダン吉をここまで連れて来てくれたんだべか?」


「えぇ、そうです。河童のダン吉さんをよろしくお願いいたします」


 ワタクシはとっさにそう答えました。


「ジェル!」


「しっ、アレク。そのまま仲間のふりをしておきなさい」


「でも嘘はよくないぞ」


「黙ってれば大丈夫ですよ。それにアレクだって早く治したいでしょう?」


「で、でも……」


 アレクが戸惑いながらもその場に寝そべって待っていると、河童は白い器を持って戻ってきました。


「ダン吉、可哀想になぁ。この妙薬さえ塗ればすぐ治るだよ」


「うん、ありがとう。ヒリヒリしてすごく辛かったんだ」


「しかしおめぇ、皿や甲羅はどうしちまったんだ? まるで人間でねぇか」


「あー、あー、えーっと。その……スポーンって、取れちまったんだよ!」


「そうか~。きっとまた生えてくるから安心するべ」


 河童はとても大らかな性格のようで、アレクが動揺して答えているのにもまったく気付いていないようです。


「髪の毛がずいぶん伸びちまってるな。これじゃ新しい皿が生えてこねぇべ? おらがひっこ抜いてやろうか?」


「ひぃっ、そんなことされたら、お兄ちゃんハゲちゃうから……いや、後で自分でやっとくから遠慮しとくわ」


「そうか~。そういやダン吉よ。おめぇ、奇妙なもん身に付けてるな?」


 河童は薬を塗りながら、アレクのギラギラと輝くパンツを見つめています。


「これはビキニパンツだ。都会のハイセンスファッションで超オシャレなんだぞ。俺のアイデンティティだ」


「そうか~。よくわからんがお宝なんじゃな。綺麗でえぇなぁ~!」


 河童は素直に感心してパンツを見ています。そんな感心するような物ではありませんけどね。


「…………ほれ、塗り終わったぞ。これで安心じゃ!」


「すげぇ! ヒリヒリしなくなった! ありがとう!」


 真っ赤だったアレクの肌は、妙薬を全身に塗ったおかげですっかり元の色に戻っていました。ものすごい効き目です。


「本当に、ありがとな!」


「よかったですね、アレク。いや、ダン吉さん。……実はワタクシ達この後、用事がありまして失礼させていただきたく――」


「あのさ……河童さん! ごめん! 実は俺はダン吉じゃねぇんだ!」


「おめぇ、ダン吉じゃねぇのか⁉」


「俺はただの人間なんだ、騙してごめん!」


 薬を塗ってもらえたし、あとは適当に誤魔化して退散しようと思ったのですが、アレクが白状してしまった為に、そうもいかなくなってしまいました。

 しかも、騒ぎを聞きつけたほかの河童たちが次々にやってきます。これはまずい。

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