第126話:魔界の犬ぞりレース
それはまだ冬の寒さが残るある日のことでした。
「あー、やっぱり中止になっちまったかぁ……楽しみにしてたのになぁ」
「どうしたんですか、アレク?」
「いや、ジャパンワンワンカップっていう犬ぞりレースのイベントがあるんだけどさ」
「犬ぞりって、犬にそりを引かせるあれですか?」
ワタクシがたずねると、兄のアレクサンドルはスマホの画面を見せました。
そこには、ハスキー犬が木製のそりを引いている写真と一緒に、イベント開催中止のお知らせが書かれています。
「そうなんだよ。友達の飼ってるハスキーが出るって言うから応援に行きたかったんだけど、中止になっちまった」
「それは残念でしたねぇ」
「いいなぁ、犬ぞり。俺もワンちゃんに引っぱられてぇなぁ」
「アレクは本当に犬が好きですよね」
「あぁ。来年は犬ぞりレースに出てみようかなぁ」
「いいんじゃないですか。その時は応援に行ってあげますよ」
そんなことを言いながら店の開店準備をしていますと、突然ワタクシのスマホが鳴りました。
「もしもし?」
「ジェル殿、久しぶりでござる」
「……宮本さん!」
宮本さんは私が契約している
以前はバレンタインチョコの警護を担当していたこともあったのですが、今は特に仕事が無いので魔界のアパートでのんびり暮らしているはずです。
わざわざ向こうから連絡してくるとは、何かあったのでしょうか。
「ジェル殿! 突然だが、魔界の犬ぞりレースに出場してくださらんか?」
「えっ、犬ぞりレースですか⁉」
その言葉に、モップで床を拭いていたアレクがピクリと反応してワタクシの顔を見ました。
「アヌビス神の主催で『犬ぞりレース』を開催することになったのに、出場者の数があと一枠足りないんでござるよ」
「それは興味深いですね……」
アヌビス神は、古代エジプトで
そんな大物が主催するからには、きっとすごい大会なのでしょう。
きっと優勝商品も豪華でしょうし、珍しいものがたくさん見られるに違いありません。
「わかりました。そのレース、ぜひ参加させていただきます」
通話を切ったワタクシを、アレクが期待の眼差しで見ています。
「なぁジェル、今の電話なんだったんだ? なんか“犬ぞりレース”って聞こえたんだけど」
「えぇ、魔界で犬ぞりレースが開催されるそうで。出場者を募集しているそうなんですよ」
「すげぇ、マジかよ! 参加する!」
こうしてワタクシ達は、店のドアに「本日は魔界行きのため臨時休業」と書いた紙を貼って、一緒に魔界へと出かけたのです。
転送魔術で魔界に到着したワタクシ達が目にしたのは、見渡す限りの真っ白な雪景色でした。
「これはまた……ずいぶん積もりましたねぇ。まるで雪国じゃないですか」
「そうだなぁ。――おい、あの着物を着た骸骨は宮本さんじゃねぇか?」
感心して周囲を見渡していると、ギュッギュッと雪を踏みしめる音と共に、宮本さんがやってきました。
「ジェル殿!」
「宮本さん、先ほどはどうも」
「よう、久しぶり!」
「アレク殿も一緒とは、これは頼もしいでござるな!」
「犬ぞりレースやるんだって? 俺やってみたかったんだよ! ワンちゃんすげぇ楽しみ!」
「ハハハ、それは良かった。さぁ、あちらが会場でござるよ」
彼はあごの骨をカタカタ鳴らして笑うと、ワタクシ達を雪でできた塀で囲われた会場へと案内しました。
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