第122話:お正月ガチャ

 それは元旦早々に我が家のコーヒーメーカーが壊れたことから始まりました。


「なんだよ~、今朝はコーヒーの気分だったのに」


 兄のアレクサンドルはコーヒーカップを片手に、スイッチを入れてもまったく作動しなくなってしまったコーヒーメーカーを不満げに見つめています。


 ワタクシは紅茶しか飲まないのでその機械には縁が無いのですが、彼はたまにコーヒーを欲しがるので我が家にもコーヒーメーカーはあるのです。


「なぁ、これジェルの錬金術で直せないのか?」


「無理ですねぇ。単純に割れたとかであれば修復できますが、電気系統の故障となるとよくわかりませんので錬金術ではどうにも……」


「そっかぁ。じゃあ新しいのを買うしかないかなぁ」


「じゃあ、どんなコーヒーメーカーが良いかスマホで見てみますかねぇ」


 その時、リビングのソファーに座ってスマホをチェックしたワタクシの目に飛び込んできたのは、とある家電量販店の広告でした。


『お正月特別企画! 大型液晶テレビやルンバなど高級家電が入った福箱がたったの一万円!』


「大型液晶テレビやルンバがたったの一万円……!」


 その宣伝文句に、思わずリビングに置かれている古くなったテレビを横目で見てしまいました。


 ――今のも悪くは無いんですが……できればもっと大きくて高画質で壁にかけられるのとか欲しいですよねぇ。


 視線をスマホに戻して広告を確認すると、福箱はちょうど本日から店頭で販売開始とあります。


 『福箱』というのはいわゆる福袋のことでしょう。

 ならば当たり外れがあって、必ず目当ての高級家電が当たるとは限らないわけです。


「しかし、ワタクシにはアレクがいます……!」


 彼は昔から異様にクジ運が良いのです。今までに何回もクジ引きで特賞を当ててきました。

 友人の氏神のシロいわく「アレク兄ちゃんは類稀たぐいまれなる幸運の持ち主」なんだそうです。


 そんな彼ならきっと大型液晶テレビを引き当ててくれることでしょう。


「……ねぇ、アレクぅ~」


 ワタクシは精一杯、媚びた声を出して彼を呼びました。


「どうしたんだ、ジェル?」


「ワタクシとお出かけしませんか?」


「……えっ⁉ ジェルの方からお出かけに誘ってくるとか、どうしちゃったんだ⁉ 熱でもあるんじゃねぇか?」


 アレクは面食らったように目をぱちくりとさせています。


「――ワタクシとお出かけは嫌ですか?」


 ちょっと上目遣いでアレクを見上げると、彼は慌てて首をブンブン振りました。


「いやいや、そんなことないって! よーし、お兄ちゃんに任せろ! どこでも連れて行ってやるぞ!」


 ――ふふん、上手くいきました。これで液晶テレビはワタクシの物です!


 こうしてワタクシは、意気揚々とアレクを連れて駅前の家電量販店へと足を運んだのですが。


「……なんですか、この行列は」


 店の外には、ずらりと大勢の人が並んでいます。

 それは福箱を買いたいお客さんの大行列でした。


「すげぇなぁ。一時間待ちって書いてあるぞ」


 完全に誤算でした。まさかこの寒空の下でそんなに並ばされるなんて。


「こんなにクソ寒いのに店の外で一時間なんて待ってられませんよ!」


「なんだ、ジェル。あの福箱が欲しかったのか?」


「えぇ、そうなんですよ」


 福箱は欲しい。でもこのクソ寒い中で並びたくない。

 さてどうしたものかと思案して、ある考えが浮かびました。


「……そうだ、アレク。ワタクシの代わりに並んで買ってきてください」


「えー、ジェルはどうすんだよ⁉」


「喫茶店で紅茶でも飲んで待ってます。ちょうどモーニングの時間ですし」


「お兄ちゃんも一緒にモーニング食べたい――」


「アレクはさっき朝食食べたじゃないですか。ワタクシは紅茶しか飲んでないのでお腹がすきました。じゃあよろしくお願いしますね。いいですか、なるべく大きな箱を買ってくるんですよ。大型液晶テレビが入ってそうな。大きな箱ですよ、いいですね? じゃあよろしくお願いしますね!」


 そこまで一気にまくし立てると、アレクは勢いに飲まれたのか、黙ってこくこくと頷きました。


 そして喫茶店に入って一時間。ワタクシは暖かい店内でのんびりとトーストと紅茶をいただいたのです。


「お腹の中がチャプチャプな感じです。ちょっと飲みすぎましたねぇ……」


 紅茶が飲み放題だったので、ついつい何杯もお代わりしてしまいました。

 店を出て家電量販店の前に戻ると、大きな箱を持ったアレクがいます。


「おぅ、ジェル。無事に大きな福箱が買えたぞ!」


「さすがですね、ありがとうございます! じゃあ帰りましょうか」


「なぁ、ジェル。俺、ガチャガチャやりたい」


「ガチャガチャ?」


 アレクの視線の先にはカプセルトイの機械がずらりと並んでいました。

 お金を入れてハンドルを回すと、ランダムでカプセルに入ったマスコットなどがでてくる機械です。


「あぁ、カプセルトイのことですね」


 アレクには寒い中並んでもらったし、それくらいは付き合ってあげてもいいかもしれません。


「いいですよ。せっかくだから一回分はワタクシが出して差し上げましょう。どれにするんですか?」


「これこれ!【THE・ 日本の社畜】ってやつ」


 それは電話をかけながら謝っているサラリーマンや、偉そうにふんぞり返っているスーツ姿の中年男性のフィギュアでした。


「どうぞ」


「えへへ、サンキュー!」


 こんな物が欲しいなんてアレクのセンスはよくわからないなぁと思いつつ、三百円を渡すと、彼は笑顔でハンドルを回しました。

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