第104話:お兄ちゃんは騙されない!
彼らはドッグフードの箱を置いて、
今すぐ里帰りをすると言っていたので、たぶんそのままUFOに乗って母星へ向かうのだろう。
案の定、窓の向こうがピカピカと光って、そのままキィィィィンと音がしてすぐに静かになった。
「何かと思えば……まぁ預かるのは今夜だけですし、しょうがないですねぇ」
「えへへ、ワンちゃんだ、ワンちゃんだ……!」
「ちょっとアレク。喜んでる場合じゃないですよ!」
「だって俺、ワンちゃん大好きだもん」
「はぁ……また結界の張り直しです。彼らに次は壊さずに入ってくるようにお願いしないと――」
ジェルはブツブツ言いながら、ドックフードの箱を持って家の方へ戻って行く。
俺もクーちゃんを抱えたまま後に続いた。
「さて、ひとまずは晩御飯にしますかね」
「今夜のご飯は何だ?」
「ハンバーグですよ」
「やったー! ハンバーグ♪ ハンバーグ♪」
我が家に可愛いワンちゃんがやってきて、晩ご飯は俺の大好物のハンバーグ。今日は最高の日じゃないか。
俺はにんまりしてクーちゃんの頭を撫でた。
――でもそう思っていたのも、ほんのちょっとの間だけだったんだ。
夕食に呼ばれてダイニングへ向かった俺を待っていたのは、予想外の光景だった。
「あっ! 俺のハンバーグが消えてるぞ!」
「あれ? さっきそこにあったはずなんですが……」
ダイニングテーブルに置かれた俺の皿には、付け合わせのポテトとコーンしか乗っていなかった。
ジェルの皿のほうではふっくら焼かれたハンバーグが湯気を立てているし、俺の皿にも同じ物があったであろう痕跡は残っている。
その時、気配がして振り返ると、薄茶色の毛玉が廊下を走っていくのが見えた。
「まさか……」
俺は慌ててその後ろ姿を追いかけた。毛玉はハンバーグらしきものを
盗っ人の正体はクーちゃんで間違いない。だったらさっさと捕まえてしまおう。
そう思いながらリビングを覗いた。
そして、窓からの明かりが射し込む真っ暗な部屋で、俺は見てしまったんだ。
――クーちゃんの口からタコみたいな触手が生えているのを。
触手は器用にハンバーグをクルクルと巻き取って口に放り込んだ。グチャグチャと肉を
「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
「どうしたんですか、アレク!」
俺の叫び声を聞いたジェルがやってきて、リビングの電気をつけた。
「おや、クーちゃん。テーブルの上に乗るなんてお行儀が悪いですよ? めっ!」
ジェルが優しく叱るような声を出すとクーちゃんは振り返ったが、そこには触手なんかなくて普通に可愛い犬の顔だった。
何事も無かったかのようにハッハッハッと舌を出して、フサフサの尻尾を振っている。
俺が見たのは幻覚だったんだろうか……いや、そんなはずはない。
ヌラヌラと光る触手がその口から伸びるのを、確かに見たんだ。
「おや、この子がアレクのハンバーグを食べてしまったんですね。口の端にソースが付いていますよ」
「そう、そうなんだよ!」
「ハンバーグに
――違う、問題はそこじゃない。
「そうじゃなくてさ、クーちゃんがニョロニョロしたのを口から出して俺のハンバーグを食いやがったんだって……!」
必死でクーちゃんに触手があることを説明したけど、ジェルは笑うだけで全然取り合ってくれない。
「まさかそんなわけないでしょう。こんなに小さくてふわふわで可愛いのに」
「だったら口の中を見てみてくれよ!」
「……別に普通ですよ?」
そう言われて、俺も口の中を覗き込んでみたが、確かに何もない。
じゃあ、さっきのあれは何だったんだ。
「とりあえず予備のハンバーグを焼きますから、そこで座って待っててくださいね」
ジェルは俺達に背を向けて、隣接しているキッチンへ消えた。
俺はため息をついて、ダイニングに戻って椅子に座る。
とりあえず腹が減ったし、先にポテトでもつまんでおくかな。
そう思ってテーブルの上の皿に目をやると、ポテトは緑色の触手にサッと掴まれて俺の視界から消えてしまった。
「え、おい! 俺のポテト!」
慌ててテーブルの下を覗き込むと、クーちゃんがクチャクチャと何かを食べているのが見える。
「やっぱり触手あるんじゃねぇか!」
――こいつはワンちゃんなんかじゃねぇ。とんでもない化け物だ。
「おい、ジェル! こっち来てくれ!」
「なんですか、騒々しい……」
「こいつやっぱり化け物だぞ! 俺のポテト食いやがった!」
「あぁ、犬って人間の食べ物欲しがりますからねぇ。しかし塩分が心配ですね」
「いや、そうじゃなくてだな……!」
「クーちゃん、おなかすいてるんですねぇ。ドックフード持ってきますから良い子にして待っててくださいね」
そう言ってクーちゃんの頭をひと撫ですると、ジェルは再びキッチンに行ってしまった。
「くそ、ジェルはすっかり騙されているけど、お兄ちゃんは騙されないからな。絶対化けの皮をはいでやる!」
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