第81話:骸骨の宮本さん

 アムステルダムから日本に帰ってきてから一週間後。

 ワタクシは、自室に山積みとなっている栄養ドリンクの入ったダンボール箱を見つめ、ため息をついていました。


 先日の幽霊船騒ぎでトランクひとつ分のドリンクは無くなったのですが、実は売れると思ってもっと大量に作ってあったのです。

 在庫を置く場所が無いので自室に置いているのですが、毎日それが視界に入るので気が滅入ってしまいます。


「初コミケで調子に乗って新刊刷りすぎたサークルみたいだな……」


「絶対売れると思ったんですけどねぇ」


「みんな最初はそう思うもんさ。ほらほらジェル。お兄ちゃんが頑張って売ってくるから、そんな顔するなって。……な?」


 兄のアレクサンドルはワタクシの頭を撫でて、この在庫の山を解消すべくアメリカへ商談に出かけました。

 味が悪すぎて誰も買ってくれなかった欠陥商品なのですが、サプリメント大国のアメリカなら、もしかしたら買ってくれる人がいるかもしれません。


「アレクに頼ってばかりじゃなく、ワタクシも自分にできることをしないといけませんねぇ……」


 正直あまり気は進まないのですが、どこかへ商談を持ちかけないと。

 しかし、ビタミンDの需要が高そうなところなんて他にあるのでしょうか。


「ビタミンDはカルシウムやリンの吸収を促す働きがあるんですよねぇ。つまり骨に良いと。骨……ホネ、骸骨。うーん。――あっ、そうだ」


 ふと、ワタクシが召喚魔術の契約している魔界の骸骨スケルトンのことを思い出しました。彼は確か骨粗しょう症で療養中だったはずです。


「バレンタインの時にチョコレートの警備をお願いしてそれっきりでした。たまには様子を見に行くのもいいかもしれませんね」


 たしかあの時は、チョコレートを奪いに来たアレクと戦おうとして足を滑らせて骨折してましたっけ。

 もしかしたらそんな骨の弱い彼ならドリンクを買ってくれるかもしれません。


 早速ワタクシは、商品を入れたトランクを片手に、わずかな望みをかけて魔界へと出かけることにしました。


 地面に転送魔術用の魔法陣を描き、意識を集中して呪文を唱えると、魔法陣が輝き始めて光の渦が体を包み込みます。

 ふわりと浮くような感覚がしたかと思うと、ワタクシの体は陰気な空気とどんよりした空が特徴的な場所に転送されました。

 魔界の中でもアンデットが特に多く暮らしている地域です。


「さて、宮本さんの住んでいるアパートはどこでしたっけね……」


 ワタクシは記憶を頼りに、骸骨の宮本さんが暮らしているアパートを訪ねました。

 「宮本」と表札が出ているから間違いありません。

 チャイムを押すと「少し待たれよ」と返事があり、しばらくして着物を着た骸骨が出迎えました。


「ジェル殿! 久しぶりでござるなぁ!」


「こんにちは、宮本さん。いきなり押しかけてしまいすみません」


「いやいや、拙者せっしゃこそ、あの後、ろくに便りも出さず申し訳なかった。ささ、入られよ」


 真っ白な骨の手をカタカタと揺らしながら、彼はワタクシを部屋の中に招き入れました。


「お邪魔します。――その後、骨折した足の調子はどうですか?」


「もう大丈夫でござる。やはり骨粗しょう症ゆえ時間はかかったが。本当あの時は大変でござった」


 そう言って着物をめくって少し太くなったすねの骨を見せて、やれやれというように肩をすくめています。


「それはよかったです」


「それはそうと、今日はどうなされた? 何か用があって来られたのではござらぬか?」


「えぇ、それがですねぇ……」


 ワタクシはトランクを開けて、今日ここに来た目的を彼に話しました。


「――これがそのドリンクなんですけどね。骨を丈夫にする成分が入っているので、宮本さんみたいに骨粗しょう症で悩む骸骨に需要があるのではと思いまして」


「ほう、これは興味深い……」


 瓶を差し出すと、宮本さんは頷いてドリンクの成分表を見ています。


「よろしければ試供品に一箱分置いていきますので、お仲間にも広めていただけないでしょうか?」


「あいわかった、ジェル殿の作った物なら効果は確かでござろう。拙者に任せてくだされ!」


「ありがとうございます」


「では早速1本いただくとしよう」


「えぇ、どうぞどうぞ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る