第59話:かぐや姫の条件
考え込むワタクシに対し、シロはご近所の噂話でもするかのように話を進めます。
「そういやさぁ、竹取物語の中でかぐや姫が結婚の条件にすごく難しいことを皆に言ったの覚えてる?」
「あぁ、求婚者に対して珍しい宝を要求しましたね。仏の
「そうそう、それそれ。でもそんなすごい宝物なんてそうそう用意できないよね。実際求婚した人達、全員脱落したでしょ?」
「そうですねぇ」
「それで、このままだとずっと結婚できなさそうだから、今回はもっとハードル下げようってことになったらしいんだよね」
シロは小さなグラスに入った冷酒をグビッとあおり、ふぅーと小さく息を吐きました。
「ハードルを下げるって、どういうことですか?」
ワタクシは、おかわりを要求してきた彼に酒を注ぎながらたずねます。
「えっとねぇ……たとえば仏の御石の鉢って限定されたら見つけるの大変でしょ? だから仏が使った物ならなんでもOKにしたんだって。仏の湯のみとか仏の割り箸とか」
「それはハードルが下がった……と言えるんですかねぇ」
はたして仏が割り箸を使うのかはさておき。ということは他の品もハードルが下がったんでしょうか。
「もう下がりまくりだよ~。蓬莱の玉の枝は
「それ宝物じゃなくて、ただの関西土産じゃないですか!」
「だよねぇ。蓬莱の玉の枝よりは楽だけど、本当にそんなのでいいのかって思うんだけど。でもほら、かぐや姫って月の住民だから地球の豚まんが珍しいんじゃない?」
「そういうもんなんでしょうかねぇ……」
「ちなみに、火鼠の皮衣は綺麗な毛皮ならなんでもいいってさ」
綺麗な毛皮ならなんでもいい、というのもずいぶん適当ですが、豚まんに比べるとかなりマシな部類な気がします。
「それなら当店にある火鼠の皮衣なら、きっと満足していただけるでしょうね」
シロはそうだろうねぇと頷いて、グラスを傾けました。
「後の二つもすごく簡単でね。龍の首の珠も、龍に関する品なら何でもいいんだって」
「えぇ……? それは意外と難しいのでは。当店にも龍の鱗がありますが、そう簡単に手に入るお品ではありませんよ?」
ワタクシが顔をしかめながらそう答えると、シロは急に真顔になりました。
「――それがさ、ドラゴ○ボールの単行本全巻セットでOKらしいよ」
「そんなんでいいんですか⁉ さすがにそれはハードル下げすぎでしょう! しかもあの漫画、後半は龍あんまり関係無い気がしますし」
「――あ、でも燕の子安貝は大変かも?」
「そこら辺の貝殻でいいとか、そういうんじゃなくて?」
「僕よく知らないんだけど、子安さんって名前の声優がいてその人を連れてくることが条件なんだって」
「それ、かぐや姫が個人的に会いたいだけですよね⁉」
「かもね~、たぶん仏の私物と同じくらい難しい条件じゃないかな」
「仏と同レベル……」
思わずワタクシが呟くと、シロはグラスをカウンターに置いて桐の箱を指差しました。
「――ねぇねぇ、どうする? ジェルならその皮衣があれば求婚できるけど」
「ワタクシは身を固める気なんてありませんよ? ――とはいえ、絶世の美女であるかぐや姫がどんな方なのか、この目で見てみたいですね……」
「じゃ、応募してみようよ。ジェルの写真と皮衣があればOKだし。――ほら、ジェル。ポーズ撮って。あ、これエントリーシート。志望動機は……まぁ適当でいいんじゃない?」
そう言って、シロはやたら軽いノリでワタクシの顔をスマホで撮影して書類を書かせると、火鼠の皮衣が入った箱を抱えて帰っていきました。
「まさかそんな簡単に求婚ができるとは。あまりにもハードルが下がりすぎて、これじゃ過去に求婚した人たちが浮かばれないような……でもちょっと楽しみですね」
それからそわそわしながら待つこと一週間。再びシロが桐の箱を抱えて店にやってきたのです。
「ジェル、お待たせ。かぐや姫から返事きたんだけど……」
「えぇ、どうでしたか?」
箱を抱えてやってきたということは、もしかして皮衣が気に入らなかったとか……?
ワタクシの問いにシロは何か言いたげな顔をしましたが、黙って箱と一緒に1枚のコピー用紙みたいな白い紙をカウンターに置きました。
その紙には、たった一言だけ。
『もっとイケメンがいいです』とありました。
「……ぜ、全然ハードル下がってないじゃないですかぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
店の中にワタクシの怒りの声が響き渡りました。
皮衣は返却されましたが、視界に入ると腹が立つので店には陳列せずに桐の箱に入れたまま倉庫に放り込みました。
「まぁほら、イケメンの基準は時代によって違うから……」
シロの慰めも虚しく、ワタクシはしばらくふてくされていたのでした。
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