第54話:ビキニシャーク

 外はセミの声がやかましく鳴り響き、夏真っ盛り。

 アンティークの店「蜃気楼しんきろう」の店内では、バカンスの相談をしているワタクシと、兄のアレクサンドル、そして友人の氏神うじがみのシロの姿がありました。


「え、アレクは海に行きたいんですか……?」


「おう、暑い日差し! 打ち寄せる波! やっぱ夏のレジャーは海水浴だろ!」


 アレクは元気いっぱいに拳を振り上げて力説しますが、ワタクシは反対でした。

 人が多くて騒がしそうなところはできれば避けたいのです。


「はぁ……バカンスなら海よりも、避暑地に別荘でも借りて優雅に読書をするのがよいかと……」


「おいおい、ジェル。読書とかそんなの家でもできるじゃねぇか」


「ぶっちゃけ家から出たくないです」


「まぁ、ジェルはいつもそうだよなぁ……シロはどうだ?」


「アレク兄ちゃんが海に行きたいのはわかったけど、僕もわざわざ管轄かんかつ区域を離れて海に行くのはなぁ……暑いだけだし」


「おいおい、シロまで興味ねぇのか? まいったなぁ……あ、そうだ」


 アレクはワタクシだけはなくシロの食いつきまで悪かったので、これは形勢不利とみてまずはシロを取り込もうと画策かくさくしたようです。


「なぁ、シロ。水着のオネェチャンは好きか?」


「みずぎのおねぇちゃん……?」


「おう、海といえばピチピチギャルが浜辺にわんさかいるんだぞ!」


「ぴ、ぴちぴちぎゃる……! そんなにわんさかなの⁉」


 シロが話題に食いついたのを見て、アレクは自信たっぷりに言いました。


「もちろん、わんさかだ! ピチピチギャルが浜辺を埋め尽くしてムッチムチでバインバインのプルンプルンだぞ!」


「む、むっちむちで、ばいんばいんのぷるんぷるん……!」


 シロの顔が真っ赤になり、さっきの興味なさそうな態度とは一転して弾んだ声でアレクの案に賛同しました。


「仕方ないなぁ! ――そう言えば僕の上司は海の神でもあるし、後学の為にも浜辺に視察に行っておく必要があるよね。だから僕もアレク兄ちゃんに付いて行ってあげるよ!」


「よし、多数決で海に決定だな!」


「ちょっとアレク、シロに変なこと吹き込まないでくださいよ!」


「嘘は言ってないぞ、オネェチャンはたぶんいるだろうし……ちょっと多めに言ったけど」


 アレクはシロに聞こえないようにひそひそ声で返します。


「……まったく。しょうがないですねぇ」



 ――こうして、ワタクシ達は三人で海へ出かけることになったのでした。


 その結果、アレクにとって散々なバカンスとなるのですが、この時はまだそんなことは知る由も無かったのです。


「ふふ、晴れてよかったですねぇ……ビーチもなかなか綺麗ですし」


 ワタクシは長めの青いサーフパンツの上に薄手の白いパーカーを羽織って、浜辺のパラソルの下でシロと座っていました。


「――ぴ、ぴちぴちぎゃる……いや、いいね。すごくビーチだね、綺麗だよね。うん」


 シロはキョロキョロと周囲を見回して、行き交う女性に目を奪われています。

 彼は実年齢こそ五百歳近いのですが、幸い見た目は子どもなので少々水着の女性を鑑賞したところで不審がられることはありません。


「やれやれ……それにしてもアレクは遅いですね」


「あ、向こうにいるのってアレク兄ちゃんじゃない? ほら、背高いから遠くからでも目立つねぇ。――あ。うわぁ~!」


「どうしたんですか、シロ。急に変な声をだし――うわぁ~……」


 ワタクシ達の視線の先には、ギラギラと輝く赤紫のビキニパンツ姿でモデルのように颯爽と歩いてくるアレクの姿がありました。

 彼は日ごろから下着にド派手なスパンコール付きのビキニパンツを愛用するくらいですので、当然、水着もそれに準じたセンスになるわけで……いや、しかし酷い。


 周囲の人達もかなり引き気味で、モーセの海を割ったシーンのように彼を避けています。


「おーい! ジェル~! シロ~!」


 アレクは爽やかな笑顔で手を振りながら近づいてきました。

 彼に向けられていた好奇の視線が一斉にこちらへ向いて、ワタクシもシロも引きつった笑顔を浮かべました。


「いやー、まいったねぇ。お兄ちゃん、浜辺の視線を独り占めしちゃったわ! かっこよすぎるって罪だなぁ!」


「えぇ……」


「んじゃ、早速泳いでくるかな~!」


「ワタクシは焼けたくないんでここに居ます」


「僕も浜辺の視察が済んでないからね、ジェルとここに居るよ」


 シロは『浜辺の視察』と言いながら実際の目的は違うんでしょうが、そこは黙っておきました。


「じゃ、いってくるわ!」


 アレクは尻をキラキラさせながら波打ち際へ歩いて行きました。本当に彼の感性はよくわかりません。


「あんな趣味の悪い水着、どこで買ったんでしょうねぇ……」


 波に逆らって沖の方へ泳いで行くアレクの姿を見ながら、ワタクシはパラソルの下でうとうとし始めました。

 

 ――ジェル。ジェル、起きて。


「……うーん?」


「――ジェル! 起きて! 大変だよ、サメ! サメが出たよ!」


「え、サメ……⁉」


 気が付けば、周囲はサメの出現で騒然そうぜんとしていました。

 波打ち際にいた人たちは皆、海岸に上がって避難したようなのですが、アレクの姿が見えません。


「アレク? アレクはどうしたんですか⁉」


「あれ見て! アレク兄ちゃんまだ泳いでるよ!」


 アレクはのんびりと泳ぎながら、こちらへ向かって手を振っています。その背後には大きな背びれが……

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