第53話:箱の中身

 それからワタクシは店をアレクに任せ、丸一日かけて呪いの解析作業をすることとなりました。

 箱をルーペで覗き、浮かび上がった呪いの文字列をチェックしては、手元の羊皮紙に特別に調合したインクと水晶のペンでひたすら文字を書き写していきます。


「これはかなり厳重ですねぇ。やはり噂どおり、中身は長寿の秘密なのでしょうか……」


 幸い、呪いは他人に害を与えるような内容ではなく、あくまで「自分以外の人が箱を開くことができない」ということに特化しているので、何かトラップが発動してワタクシに呪いがかかるということが無いので助かりました。


 ――そして翌日。再び店にやってきたジンにワタクシは告げました。


「めんどくさい」


「えぇぇぇぇぇぇぇ⁉ どういうことよ~⁉」


「時間をかければ開く様にできますが、かなりストレスが伴います」


 この呪いはプログラムで例えるなら、ド素人が無茶苦茶に書いたコードのような物でした。

 よくまぁこれで効力を発揮したな、と感心するぐらい無駄な言葉が配置されていて、真面目に解析するのがバカらしくなるようなものです。


 複雑でデタラメで、ぐちゃぐちゃの複数の色が混ざった糸の塊をほぐすような面倒さがあり、できればやりたくないシロモノなのは言うまでもありません。


「たしかにそれは面倒ねぇ……」


 ワタクシの説明に、ジンはあごヒゲを撫でながら考え込みます。

 その時、外で窓拭きをしていたアレクが店に入ってきました。


「おーい、今日の掃除終わったぞー! 次はペンキでも塗るか?」


「お疲れ様です。休憩してていいですよ」


「……ジェルもジンちゃんも真剣な顔して、どうかしたのか?」


「この箱がどうやっても開かないんで困ってたんですよ」


 アレクはカウンターの机に置かれた木箱に目をやりました。


「どうやっても開かないのか?」


「そうなのよ~。困ったわねぇ……」


「中の物は生き物か?」


「違いますね。鑑定した時に生命反応はありませんでしたから。でも中身が何かはわからないんです」


「ふーん。とにかく開けばいいってことか?」


「まぁそうなりますね」


 ワタクシ達が簡単に経緯を説明すると、アレクは少し考えるような仕草をして、何か思いついたのか急に目を輝かせニヤリと笑いました。


「よし、二人とも、危ないからちょっと離れてろ」


 彼はワタクシ達を箱から遠ざけるとカウンターの前に立ち、足を広げ右手を大きく振りかぶりました。


「アレク、なにするんですか――まさか、ちょっとアレク!」


「カラテマスターの極意、とくと見よ! 必殺カラテチョップ!!!!」


 そう言いながら、箱に勢いよく手刀を叩き付けた結果。


 バキッと大きな音がして箱が真っ二つになり、勢いで中に入っていたたくさんの紙が宙を舞いました。 


 ――まさかそんな力任せで箱が開くなんて。ワタクシもジンも開いた口がふさがりませんでした。


「ワタクシ達は難しく考えすぎていた、ということですかね……」


「そうかもねぇ……」

 

「どうだ! これがカラテマスター、アレクサンドルの真の力だ!」


 得意げに構えて格好をつけているアレクの足元に、宙に舞っていた紙がばさりと落ちました。

 彼はそれを拾うと、目を大きく見開いて叫んだのです。


「うわわわわっ! これ、エッチなやつだからジェルは見ちゃダメだ!」


「何バカなこと言ってんですか。どれどれ――」


 何が描かれているのかとワタクシも落ちた紙を拾って見てみますと、そこには裸の男女のあられもない姿の絵がありました。いわゆる春画と呼ばれる浮世絵です。


「こら、ジェルは見ちゃだめだってば!」


「んまぁ~、箱の中身がこんな物だって知ってたら、ちゃんとおじいちゃんのお墓に入れてあげたのに!」


 箱の中身は長寿の秘密でもなんでもなく、ただのエロコレクションだったということですか。

 百八十年生きた高名な僧侶でも、色欲から逃れることはできなかったのだと思うと、なんとも言えない気持ちになりました。

 

「これ……どうしましょうか?」


 床や机に落ちた春画を拾い集めると、アレクがしたり顔で答えます。


「こういうのはな、見なかったことにして燃やしてやるのが武士の情けってもんだ!」


「ワタクシにはよくわかりませんが、そういうもんなんですかね?」


「そうねぇ、アレクちゃんの言う通りかも。おじいちゃんも墓に埋めるか、もしくは燃やしてくれって言ってたし」


 こういった物は歴史的価値もあり、コレクターに高く売れそうなだけに燃やしてしまうのはもったいないと思いましたが、彼らの意見に従って店先で燃やすことにしました。


「ジェル子ちゃん、アレクちゃん。ありがとうね、きっとおじいちゃんも安心すると思うわ」

 

「だと良いのですが。好奇心で無粋な真似をしてしまったことをどうか墓前でお詫びしておいてください」


「箱割っちゃってごめんなーって言っておいてくれ!」


「うふふ、そうねぇ。伝えておくわ♪」


 ワタクシが火を付けると、たくさんの春画はまたたく間に炎に包まれ白い煙が舞い上がります。

 煙の向こうに安堵あんどする僧侶の姿が一瞬見えたように思いましたが、それも煙とともに消えてしまい、後には灰が残るばかりなのでした。

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