第41話:お薬飲めたね

 熱ですっかり弱ってしまったアレクに布団をかけて、ワタクシは自分の部屋へ向かうことにしました。

 そこは錬金術の研究室も兼ねていて、薬品も豊富にあるので風邪薬を作るのは簡単なのです。


「さてと……こういう場合はやはり漢方がいいですかね」


 古い木製の薬品棚にはまともな品から胡散うさん臭い物まで、古今東西の薬草や薬などがケースや瓶に入って並べられています。

 ワタクシはその中から漢方薬の入ったケースを取り出しました。


「えーっと、葛根かっこんはこれでしたね。麻黄まおうは――」


 医学書で確かめながら風邪に効く漢方薬を調合して、キッチンでグツグツ煮出します。


「さて、これをおとなしくアレクが飲んでくれるといいのですが」


 煮出したエキスは、お世辞にも美味しそうとは思えぬ匂いを放っています。


「これを飲ませるのは苦労しそうですねぇ……」


 とりあえず、冷たい水で濡らしたタオルとお猪口ちょこ一杯程度のエキスをマグカップに入れ、アレクの部屋に持参してみました。


「はい、アレク。お薬ですよ」


「ん……うえぇぇぇ、なんだよこれ。大丈夫か?」


「漢方薬を煎じたんですよ」


「えぇ~。もっとさぁ、テレビでCMしてる風邪薬とかでよくない?」


「薬局に売ってるものと成分はほぼ同じなんですけどねぇ」


 案の定、アレクはマグカップに入った茶色い液体を見て顔をしかめるばかりで、なかなか飲もうとしません。


「俺これ飲むのやだぁ……無理、絶対ヤダ!」


「困りましたねぇ」


 彼はいったん駄々をこねはじめると、やっかいなのです。

 何か薬を飲ませる良い方法は無かったでしょうか。

 ――ワタクシはふと、以前に育児の本で読んだことを思い出しました。


『子どもに薬を飲ませるにはヨーグルトやプリン、ジャムなど好きな食べ物に混ぜると良い』という記事です。


「これは、いけるかもしれませんね……」



 数分後、部屋にはヨーグルトを食べる成人男性の姿がありました。


「なんか変わった味だな、これ」


「風邪で舌の感覚がいつもと違うから、そう感じるだけですよ」


 ワタクシはすっとぼけ、無事アレクに薬入りのヨーグルトを食べさせることに成功しました。


「――さて。風邪の時は寝るに限ります。さぁ、横になって」


「うん……」


 ベッドに横になったアレクの額に冷たいタオルを乗せ布団をかけると、彼は不安そうな表情でワタクシの顔を見ています。


「――どうかしましたか?」


「……手ぇ、握って」


「え?」


「眠るまででいいから……俺の手、握っててほしい」


 手を握ってほしいなんて、まさかアレクがそんなに弱っているとは。

 以前に彼が呪いで幼い子どもに戻ってしまった時も、こんな風に甘えん坊だったなぁと思い出し、自然に笑みがこぼれてしまいます。


「――しょうがないですねぇ」


 ワタクシが椅子をベッドの側に置いて腰掛けると、アレクが布団から片手を出してこちらへ伸ばしてきたので、その手をそっと包み込みました。


「ジェルの手、ひんやりしてて気持ちいいな……」


 彼は小さな声でつぶやきました。冷たく感じるのはまだ熱が高いからでしょう。


「ワタクシはここに居ますから。ゆっくりお休みなさい」


「うん……ありがとう」


 彼は軽く微笑んで、上を向いて静かに目を閉じました。

 しばらくすると規則正しい寝息が聴こえてきたので、握っていた手をそっと布団の中に戻し、ワタクシは静かに退室したのです。

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