第28話:アレクおまるに目覚める

 ワタクシが軽い気持ちで作ったもののせいで、まさかそんな事になるなんて……


 ――それは商品の買い付けで海外から帰ってきたばかりの兄のアレクサンドルの身に突然降りかかった災厄でした。


「ただいま! ジェル、見てくれ。今回もいろいろ買ってきたぞ!」


 そう言って彼はワタクシに愛用のトランクを開けて見せました。

 トランクの中は宝飾品や食器など、さまざまなアンティーク品が入った箱がぎっしり詰まっています。


「お帰りなさい、アレク。お疲れ様でした。今お茶いれますね」


「おう、頼む。俺は倉庫に荷物置いてくるかな」


 そう言ってアレクは店の商品を管理している倉庫の方へ向かいました。


 倉庫……はて、何かアレクに言わないといけないことがあったような気がするんですが。なんでしたっけか。


 そんなことを思いながら、キッチンでお茶を入れようと棚から紅茶の缶を取り出していると、突然アレクの悲鳴が聞こえました。


「――アレク⁉ どうしたんですか⁉」


 ワタクシが慌てて声のした方へ向かいますと、倉庫のドアが開いていて中から強い光が放たれています。

 やがて光が収まったかと思うと、中からアレクが白鳥を模ったおまるを大事そうに抱えて現れたのです。


「あ、アレク……?」


「ジェル……俺、今までこんな素晴らしいものがあるなんて知らなかった!」


 アレクはうっとりした表情でおまるを見つめ、その純白の胴体にチュッチュと何度もキスをしています。


「ジェル! ついに俺は世界一の宝を手に入れたぞ……!」


「あぁぁぁぁぁぁ! アレク……なんてことに……!」


 ワタクシは兄の奇行に頭を抱えました。


 ――しかし、これはすべてワタクシのせいなのです。


 話は遡ること一週間前。


 アンティークの店「蜃気楼しんきろう」ではカウンターに座ってアイスティーを飲むワタクシと、近くの椅子に足を組んで座り冷酒を入れたグラスをを傾けながら語る氏神のシロの姿がありました。


「――でさ。最近、神社に入る泥棒が増えてるんだって。うちも防犯装置が必要だって宮司ぐうじさんが言ってたよ」


「防犯装置ですか……」


「うん。もしうちに泥棒なんか来たら僕が神罰を当てて撃退してやるけどね!」


「なるほど、それは頼もしいですね」


 ワタクシの相槌に幼い姿の神様は笑って冷酒を呷(あお)り、気軽な世間話としてワタクシに問いかけました。


「ねぇねぇ。もしこの店に泥棒が入ったらジェルならどうする? 呪いでもかけちゃう?」


「そうですねぇ……」


 ワタクシは不心得者に呪いをかけるトラップを想像してみました。

 荒事はなるべく避けたいですから、できればその呪いは誰も傷つかない程度のもので、穏便にお帰り願えるようなものがいいでしょう。


「――ワタクシなら価値観を狂わせる呪いでも仕掛けましょうかね」


「価値観を狂わせる?」


「えぇ。泥棒は『宝物』を盗みに来るわけでしょう? もしそこで価値観を逆転させて、宝物を『ゴミ』と認識させれば盗まれずに済むのではないでしょうか」


「おもしろいことを考えるね。――逆転してるってことは逆にゴミはすごいお宝に見えるの?」


「えぇ、そうです。おそらく泥棒は宝物を無視して、もしその側に粗大ゴミでもあれば、それを宝物と思い込んで持ち帰るのではないでしょうか」


「粗大ゴミねぇ」


「例えばの話、ですよ」


 ……そう、例えばの話だったはずなのです。


 この思いつきが我ながら悪くないと思ったので、ワタクシはシロが帰った後で試しに実際に倉庫にトラップを仕掛けてみたのです。

 でもその後、アレクにそのことを伝えるのをすっかり忘れていました。


「しかしまぁ上手く狙い通りになったものですねぇ……」


 ワタクシはおまるを幸せそうに眺めるアレクを見つめて、ため息をつきました。


 以前にアレクが呪いで子どもの姿になった時に使っていた白鳥のおまるを粗大ゴミで捨てようと思っていたので、これはちょうどいいと倉庫の目立つところに置いておいたのですが。

 困ったことに、呪いのせいでアレクはそれを「すばらしい宝物である」と認識してしまったのです。

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