「泣きゲー展開なんざ糞喰らえ」

 エンディングが見えている“チュートリアル中ボス”に転生してしまった主人公――この出だしがまず強い。
 しかも舞台は大作RPG『精霊大戦ダンジョンマギア』。
 必ず最初に死ぬ役どころ・清水凶一郎として目を覚ました彼が、「運命どおりには死なない」「ボスたちを破滅させない」を胸に、物語の線路を踏みかえていく。
 ゲーム世界の“お約束”を知る読者ほどニヤリとできる導入だ。

 物語は、主人公が“死にイベント”の回避だけでなく、世界そのものを良い方向へ更新していく長い旅。
 原作ゲームの大筋を尊重しつつも、必要な場所では手を伸ばし、別ルートを作る。
 その姿勢が一貫していて気持ちいい。
 ウェブ版は書籍版と展開が一部異なるという注記もあり、読み比べの楽しみもある。
 受賞歴が示すように、多くの読者に支持されているのも納得だ。

 個人的に一番刺さったのは第一話の夕食シーン。
 凶一郎の“姉”として現れた文香が、やさしい手料理をよそい、ふっと咳き込む。
 彼女が三年後に倒れる運命だと知る主人公は、そこで決意を固める。
 ここで“世界攻略”は同時に“身近な人を救う”物語になる。
 大きな設定と、小さな食卓のぬくもり――この二つが同じページにあるのが、この作品の温度だ。

 語り口は軽妙。
 主人公のセルフツッコミでテンポを作り、要所は真剣に締める。
 ゲーム的な固有名や用語が多い回もあるが、場面の目的(何を回避し、誰を救うのか)がはっきりしているので置いていかれにくい。
 章タイトルの勢いも良く、見出しだけで“次に何をするのか”が伝わるから、スマホでもするする読める。
 長編だからこそ、コメディ→情報整理→決断→小さな成功、という一連の流れが何度も積み上がり、“やがて大きな分岐に届く”手応えが出てくる。

 もう一つの魅力は「敵」側の描き方だ。
 “強敵”をただ倒すのではなく、「この人(存在)には物語がある」と知ったうえで、破滅を避ける手を探す。
 そのたびに、ゲームで見た“固定イベント”が、物語としてほどけていく。
 攻略という言葉の意味が、少しずつ「勝つ」から「救う」へと広がるのがいい。

 総じて――“知っている世界”を愛した人が、その世界をより良くしようともがく話は、やっぱり熱い。
 主人公が「泣きゲー展開なんざ糞喰らえ」と言い切るところから始まり、食卓の湯気や、街の年号、細かな生活のディテールまでを足場に、物語は前へ進む。
 ゲーム好き、ボス救済が好き、長編でどっぷり浸かりたい――そんな読者に強くすすめたい一本。
 次の“分岐”でどんな驚きが待つのか、読み進める手が止まらない。

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