第二百四十話 The third confession その8







 【十王の刃傷沙汰テンコマンドメンツ】の原理は至って単純だ。


 ①この結界内における蒼乃遥の干渉によって生じた損壊ダメージ

 ②全て十王の楕円鏡の中に転移させ

 ③奪った遥の「攻撃」を「光」に変換して撃ち返す。



 天敵粒子は【壱式アルファ】としての特性とは別に敵の弱点に応じた特性を「学習」し「変質」する特性がある。



 例えば光。粒子と波動の二重性を持つこの不思議で明るい現象は、古今東西の神話においてあらゆる悪鬼羅刹を駆逐してきた。


 アンデッド、悪魔、闇属性。

 天敵粒子がそういった相手に対して「学習」を行った場合、<外来天敵>は波動性を獲得し、光を放出する権利と機能を帯びるのだ。


 当然、ただ光を出すだけでは不完全だ。

 その光にどのような「神性」があるのか、「抽象概念」を必要とする能力か、「運命」や「現実改変」といった根源属性Zゾーンが必要? 残念、そいつらを扱うにはスペック不足、“世界”を得てから出直してきな――――てな具合に<外来天敵>が扱える範囲内で必要な特性を習得し、それらを一つ一つブロックのように積み重ねていく事で、最終的にオーダーメイドな対抗術式カウンタースペルを創造するっていうのが【望み喰らいし、勝利の果実】の法則ルールである。



 分かりづらから、相手の戦術デッキをみてから、そいつ専用の対策札カード創造ドローする能力とでも思ってくれればいい。


 ゲーム時代、あらゆる生き物の天敵として君臨したテュポーンの性質を最も色濃く現わした形態モードだ。


 この能力がある限り、俺はたとえ誰が相手でも通用する「一枚の切り札」を持って相対する事ができる。



 言うまでもなくチートだ。

 これでも大分ダウンサイズされた性能だっていうんだから、笑えてくる。



 だが……



「(これでもまだ、油断はできない)」



 駆け巡る反撃の斬光。


 楕円鏡より繰り出されるその破壊の光はいずれも遥自身の攻撃力エネルギーを纏ったものだ。


 彼女の攻撃は全て結界内の天敵粒子によって鏡の中へと移される。特に発生源である俺への攻撃は問答無用だ。

 赤い粒子に吸い込まれた彼女の斬撃は、威力はそのままに反撃の光となって主を襲う。


 光が舞う。

 最速の現象が天敵となって蒼乃遥に襲いかかる。



 ――――全ての攻撃を封じた。

 ――――彼女よりも速い現象ヒカリを反撃の手段として定めた。

 ――――何よりもその力の源は、彼女自身の攻撃力だ。


 最速の、最強の、そして今や防御力ですらも最硬の相手に対して導き出した結論としてはまさに最適解。


 完成度はまさに神域。

 俺も出来上がってからこの手があったと滅茶苦茶感心した程さ。



絶対必中かならずあたる



 ――――あぁ、けれど



『もしもあたしが設計者デザイナーだったら、あたしを追いかける機能をつけると思うな』



 ――――それでも、



『どうしてついてないんだろ、こんなにすごい事ができるのに、なんだってやれるくらいすごい能力なのに、なんで鏡の反射なんて方法で返してるんだろ?』



 ――――それすらも、



『あぁ、そっか』



 蒼乃遥は、





 越えていくのだ。



『概念でどうこうする力じゃなかったから限界がある。凶さん自身に力を与える形でもなかったから多分複雑な変換はできなかった。……なんでだろ? その前に大量の力を使ったから?』


 視えない。俺は遥の姿を捉える事はできない。


 ただ、彼女の声だけが聞こえた。絶え間なく光が流れる剣士殺しの戦場で、《思考通信》越しに流れる恒星系の独り言。



『レヴィアちゃんの「不滅ぼうぎょ」を突破してない粒子さんが、レヴィアちゃんを斬ったあたしの攻撃を完璧に防げる? ううん、それだと矛盾しちゃうよね。そりゃあ概念防御それ物理防御これとじゃちょっとルールが違うけど、……うん、多分この子達大分無理してるんだろうね』



 それはこの領域を作り上げた俺ですら気づき得なかった“穴”だった。



『鏡が攻撃を返す前にちょっとラグがあるのもきっとそういう事なのかな。吸ってから返すまでの過程プロセスの処理に手間取ってる感じがする』



 経験ではなく、知識でもなく、天性の才覚と勘でまるでパズルのピースを埋めていくかのように彼女は今生まれたばかりの術の論理ロジックを解いていく。



『似たような事言ってぶーぶー文句垂れる子を知ってるから分かるんだ。もらった力が多すぎて中々消化しきれないんでしょ』



 確かに。言われてみればと納得を覚えてしまう。


 運動エネルギーが速度の二乗に比例するものだとして、今の遥の一撃は一体どれくらいの威力なのか。


 そんなものを秒間千発もの勢いで、あまつさえパートナーの精霊の力で「二十五本」に増えちまったら普通は耐えられない。



 それを【十王の刃傷沙汰テンコマンドメンツ】は、吸収と貯蔵の方向に極振りする事で何とか実現させたのだ。


 自画自賛じゃないが、遥の攻撃をこれだけ防いだ挙げ句、逆に攻勢に出られている時点で<外来天敵>のスペックは半端じゃない。


 怪物達と渡り合う為のワイルドカードを手に入れた今の俺は、割とマジでヤバい領域まで来たのだろう。


 たった一つ、強力な天啓ぶきを手に入れただけで見える景色が変わる世界。

 強さを求める冒険者達が、命を投げ打ってでもボス戦に挑む気持ちが今なら少しだけ分かる気がする。


 

『つまりそこに突破口があると、遥さんは思ってしまったわけですよ』



 だけど俺が、清水凶一郎がこの世界の“最強”になる事は決してない。

 



『あたしの攻撃をいっぱい吸わせて、この法則ルールを破るっ! うん、あたし好みの勝負になってきたね! ワクワクしてきた!』



 なる必要もない。



『ハッ』



 俺は笑う。

 苦笑でも失笑でも嘲笑でもなく、心の底から嬉しいと思ったから笑うのだ。



『そう簡単にいくかよっ!』



 もしもこの先、遥がまったり平和に生きたいと望むのであれば、俺はその生き方を心から尊重しよう。

 


 だけど彼女がまだ見ぬ未知のワクワクを求めて“最強”の座を目指し、“桜花最強”や“666の獣”“皇国最強の剣士”に“根源の秘奥に立つ頂きの剣皇”、そして“ダンマギ史上最強”とぶつかるような日が来るのならば、



『吸収と反射はワンセットだ! お前の攻撃を吸い、そいつを吐きだす! そしてこいつはお前の攻撃を何千発と喰らってもまだ稼働し続けているっ! これが現実だっ! <外来天敵>の法則ルールは揺るがないっ!』

『だったらその現実を、あたしは越えるっ!』



 その時は全力で支えるよ、遥。

 お前を飽きさせないって、約束したからな。

 


 彼女の姿が視界に映った。


 視える。いや、多分魅せている?



『折角のクライマックスだもんっ! 大好きな君にあたしのカッコいいところいっぱい見て欲しいなって』



 脳が震えた。

 推しのワンマンライブを特等席で見ている感覚を三千倍ぐらいに高めたようなそんな高揚と衝撃が全身を駆け巡る。


 あぁ、そうだ。越えてみろ、越えてくれと肌を震わせながら俺は持てる全霊の限りをもって理不尽を振るう。



 万物平定ゼウス聖婚賛歌ヘラ永久女神ミネルヴァ火天日肆アポロン怨讐愛歌ガイア戦争工房アレス花天月地アルテミス晦冥王土ハデス混沌空亡カオス物換星移ウーラノス災厄震源ポセイドン黄金時代クロノス天城神羅オリュンポス



 天より降りし十三の虫食い穴ワームホールが、鮮烈な神威を大地に降らす。


 それはまさに、あの日の戦いの再現だった。


 オリュンポス十二――――いや、あえて十三偽神と呼ぼうか。

 偽史神統記テオゴニアの神々は最新の外来天敵テュポーンの前に敗れ去り、オリュンポスはかつて愛したアテナの元へと帰還した。


 白雷が、聖歌が、極光が、龍炎が、怪腕が、機砲が、月矢が、霊崩が、混沌が、星閃が、震波が、砂塵が、神槍が、唯一人の敵を滅ぼさんと駆動し、稼働し、躍動する。


 

 乳白色の地面を斬り裂くは【十王の刃傷沙汰テンコマンドメンツ】、彼女への天敵術式として発現した全自動反射術式は、俺への攻撃は愚か『十三次元の踏破者』への迎撃すら許さず、四方八方に恒星系の光輝ちからを振り撒いた。


 それだけじゃない。俺は彼女の集中力を少しでも削ぐべく、新たに生成した赤い粒子を周囲に飛ばし『時間停止』の成功を試みる。



「(つっても、二十五本の自分を完璧な精度で同時に操るお前相手に、この嫌がらせがどの程度効くかって話なんだが)」



 <外来天敵>×《時間加速》

 触れた瞬間に時が停まる粒子の散布。


 普通の相手ならゲームエンド級の悪辣さを持つこの二つの組み合わせも、恒星系相手では足止めにもならない。



 風を纏い、蒼い粒子を惑星のようにぐるぐると回転させながら、恒星系が躍る。


 十三の次元の流出も、十王の粛光も、赤い嵐すらスポットライトに変えて



『それじゃあ、いっくよー!』



 彼女は心から楽しげにマイクを振るうのだ。




 一振り目ファースト



 まず、世界が揺れた。

 物理的な震動ではなく、第六感に訴えかけてくる霊子の揺れ。


 振るった瞬間を視る事は叶わず、振るう前原因振るった後結果が過程という繋ぎ目を持たずに“飛ばされて”映し出される。




 何かが悲鳴を上げていた。

 この結界システムが構築されてから生じた初めての異常エラー


 刹那のみぎりに放たれたその斬撃は、正しく【十王の刃傷沙汰テンコマンドメンツ】に吸いこまれ、そして正しくのだ。


 たった一撃、その気になった瞬間これである。


 今まで彼女の幾千にも及ぶ斬撃を防ぎ続けてきた十王の結界が、一刀の下に壊れ始める――――それは適応、それは進化、それは覚醒。



「(とうとう来やがったな、蒼乃遥の真骨頂……!)」

 


 二振り目セカンド



 暗黒の宙天に巨大なひびが出来た。

 白い稲妻のような細くくねった眩い光。


 これは内出血だ。世にも珍しき



 【十王の刃傷沙汰テンコマンドメンツ】は、赤粒子によって構成された【法則】だ。


 ①この結界内における蒼乃遥の干渉によって生じた損壊ダメージ

 ②全て十王の楕円鏡の中に転移させ

 ③奪った遥の「攻撃」を「光」に変換して撃ち返す。



 「吸収」と「反射」、二つの法則ルールによって成り立つこの世界がひび割れたという事は即ち、どちらかが――あるいはその両方が――限界を迎えたのだ。



 元々、デタラメな奴ではあった。

 戦いの中で成長し、勘と閃きと技術のゴリ押しで並みいる不可能をバッサバッサと叩き切る。

 凄い奴だった。自慢の相棒だった。……あぁ、勘違いしないでくれよ? 過去形で語ってはいるが「今は違う」って言いたいわけじゃないんだ。


 信頼も尊敬もそして惜しみない愛も。

 俺が蒼乃遥に抱く前向きな感情の全ては、今までもそしてこれからも変わることなく無限大だ。



 だけどある時を境に、その質が少しだけ変わったのもまた事実である。


 契機は『常闇』のザッハーク戦。

 あの戦いの以前と以後で、遥の中の何かが変わった。


 成長する速度。適応するまでの時間。

 斬ったものが治らなくなり、一つの斬撃が千の軌道を描き始め、逆に千の斬撃を一太刀に凝縮したような大破壊カタストロフを引き起こす。



 大袈裟かもしれないが、人間から神様に生まれ変わったんじゃないかと言われても「だろうな」の四文字で納得してしまいそうになる位、蒼乃遥のインフレーションはその速さと大きさを増し続けている。





 三振り目サード



 いよいよ、十王結界ダムが決壊を始めた。


 活断される楕円鏡プリズム

 落下する閻魔像。

 漆黒の帳は位相テクスチャーごと剥がれ落ち、懐かしき闘技場の青空が目に映る。



 天敵の法則は、かくして天稟の剣士の前に敗れ去る。


 たった三振り。

 初見かつ天敵とも呼べる術式の構造を立ち所に看破し、剣の力のみで<外来天敵>を踏破した。



「あぁ……」



 俺はその清々しいまでの快進撃に万感の思いを寄せながら、



「――――これを待ってたぜ!」



 満を持して、真の切り札を解き放つ。


 触れる必要はない。

 この世界は赤粒子によって構成された幻像ビジョンであり、その赤粒子は俺自身なのだから。



 戻す時間は、結界完成の直後。

 恒星系の攻撃によって一度は崩落を迎えた【十王の刃傷沙汰テンコマンドメンツ】が、万全の状態へと巻き戻る。




 【再誕する新世界秩序ハロー・リ・ワールド



 触れた対象の状態だけを過去に戻し、




『うそ……それは流石にヤバくない!?』

『言った筈だぜ。お前自身の力で、お前を討つってなぁ!』



 全身から赤と蒼の霊力を迸らせながら、俺は背中のエッケザックスを構える。


 【再誕する新世界秩序ハロー・リ・ワールド】は、時間を巻き戻しその間に起こった事象の規模デカさに応じた強化を術者に付与するスキルである。



 つまり今の俺は、「この結界が完成し、そして崩壊に至るまでに彼女が行った全ての攻撃が強化バフという形で変換された」かつてない程の最高潮トップギア


 勿論、それだけじゃない。復活を果たした【十王の刃傷沙汰テンコマンドメンツ】は、もう一度壊れるその時まで彼女の攻撃を吸収し、反射する。



『いくぜ、遥ぁあああああああああああああああああああああああああっ!』



 遥自身の力を取り込み、それを更に《時間加速》で限界突破オーバードライブ


 身体は負荷に耐え切れず内側から壊れ始め、エッケザックスはその熱量エネルギーに耐えきれず破損。


 それらを<外来天敵>の粒子で無理やり補強し、更に自壊による肉体の致命傷をトリガーとして「【終末再演ガルシャースプ蘇りし栄光の刻アヴェスター】」を起動。



 骸の龍人から、邪龍王へ。

 十王の裁きと十三次元の神威が飛び交う戦場に加え、更なる戦力を投下する。



『【復権する龍の王は、アジ・ダハーカ黄金の白翼を纏いてアルビオン】っ!』



 邪悪とは真逆の聖性に満ちた三つ首の龍が、俺のたった一人の最愛に向かってその美しき白翼をはためかせる。



 <骸龍器>×『十三次元の統覇者』×<外来天敵>×【再誕する新世界秩序】



 今の俺が出せる可能な限りの全力全開フルスペックで送る「ブッ倒してやるアイラブユー

 


 仮想空間の全域を巻き込んだ乾坤一擲の全振りフルスイングを間近に捉えながら、




『ワクワク……ううん』



 彼女は、目にほんの少しの涙を浮かべて、



『キラキラしてきた……っ!』



 心から幸福そうに微笑んだのである。






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・邪神、スタンディングオベーション

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