第二百三十九話 The third confession その7
◆テュポーンについて
テュポーンは、四作目から六作目の『アインシリーズ』に出てきたボスキャラクターである。
ワインレッドの長髪をポニーテール状に束ね、一見するとやり手のホストのような華やかさと洒脱な雰囲気に満ちた彼の正体はその実、あらゆるものを「詰まらない」と断じ、「面白いもの」を笑いながら壊し破る破綻者だった。
主人公達の前に現れて「遊ぼうぜ」と壮大な
捉えどころのない男で、敵か味方かも定かではない。
そんな彼が明確に世界の敵として立ちはだかったのが、六作目にあたる『無限光の果て』での事。
アインシリーズ完結作にして、四作目から六作目までの主人公とヒロインがラスボスである“シンなる
彼が放ったその術の名は、【望み喰らいし、勝利の果実】
真にして、神にして、
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
赤が流動する。
闘技場を真紅の一色に染め上げた粒子の群体が集まり固まり混ざって一つの世界を形成、改変、編纂、操作。
世界を作るのが
であれば、真神の術を亜神級最上位の範囲内で再現するとどうなるか。
本来ならば、【対象毎にテュポーンの内的世界に取り込み、彼の分体が一人一人の
作り出せる【天敵の法則】は一度の発動につき一つだけ。
対複数人戦は、
闘技場の中に赤い粒子性の
闇色に染まる空。
粘質の強い白泥に覆われた剣士殺しの戦場。
そして、俺達を見下ろす十尊の影が、外縁部を埋め尽くし結界の区切りとなっていた。
豪奢な
意志のない、粒子と幻像で象られただけの人形とは思えない程に、彼等は烈とした表情で遥を
その『裁判官』達の間には僅かながらも明確な差異が存在する。
帽子の淵の長さ。髭の有無。年齢層の離れ。一人一人に個性があり、俺が知る限り最も有名な「五番目の閻魔王」以外にもきっと歴とした名前があるのだろう。
彼等は一様に巨大な鏡を持っていた。
最大直径目算二メートル。高さ約三メートルの楕円型。
最も目につく『中央鏡』以外にも、大小様々な
けれど一番に目につくのはやはり、『中央鏡』だろう。
彼等が両の手で持ち抱えたその赤色の大鏡が示す先には、遥の姿があった。
『うっそ、何コレ』
俺の愛すべき最強が呆然と言った。
『世界が丸ごと変わったみたい……。何もかもが全然ちがう』
『驚いてくれたようで何よりだよ』
『驚きすぎて変な鳥肌立ってきちゃった』
俺は足元に生成した赤粒子を密集させて『足場』を作り、それに「浮かび上がれ」と
浮かす距離は数センチ。大袈裟に飛ぶ必要はない。
ただ、この乳白色の
『解説いるか?』
『ううん。まずは自分で試して――――』
『見るよ』という間もなく恒星系の姿が視界から消えた。
目にも止まらず、指の一本すらも動く暇もなく、神速の刃が未来視の先で俺の首にその切っ先を当てて――――
『へっ?』
頓狂な声と共に、彼女の気配を背後に感じた。
『なに、どゆこと?』
『どうした? 好きに動いていいんだぜ』
『うん、それは――――ありがとうなんだけど』
再び遥の気配が消えて、未来視に剣を振るう遥の姿が映った。
今度は一撃必殺ではなく手数重視。
秒を跨ぐ間に繰り広げられる千の斬撃。
今のアイツがどれ位の速さなのかなんて正直、俺みたいな凡人の理解を完全に越えちまってるが、少なくとも俺が知覚すら出来ない時点で優に
四桁内で収まるかどうかもかなり怪しいところで、五桁で換算するのが
何よりも遥の斬撃は俺の《時間加速》と違って、運動エネルギーがそのまま速度の二乗に比例する。
だから死ぬ。龍麟や粒子でどれだけ防御を固めようが、全うに喰らえば即座にゲームエンド。
遥の届かない場所から攻撃するか、そもそも絶対に死なないような怪物でもない限り、今の遥はそのイカれた
『安心しろ、【四次元防御】じゃねぇから』
ならば、この状況は何なのか。
きっと当の本人も驚いている筈だ。
斬っても斬ってもどれだけ斬っても俺は傷一つ負わない。
【四次元防御】ではない。花音さんの『アテナ』のような無敵化でもない。
弱体化? それも違う。【
少なくとも俺はそういう風に思っているし、“それら”もきっと同意見だったはずだ。
『正直、どんなのが出来上がるか、俺もワクワクしてたんだよ』
白雷。霊崩。震動波。
繰り出される神威の流出を恒星系は避け、そして攻め続ける。
紫黒の刃が天に降り立った。数は二十四本。『常闇』から更に倍の本数に増えた『
加護の力も二十五倍化されたザッハーク産の天啓<龍哭>の群体が俺を切り刻み貫き穿ち断って解こうと一斉に宙を走った。
その加速度は到底俺のレベルで捌き切れるようなものではなく、きっと俺は何度もこいつを喰らったのだろう。
どれだけやられたのかは分からない。遥が速過ぎて、そして俺の方には皆目ダメージがなかったのだから。
『お前を倒す手段ってのは本当に限られている』
十尊の裁判官達が携えた楕円形の鏡がひとりでに輝きを放った。
『まずは純粋にスペックで勝つ事。シンプルイズベスト。より速く、より強く、より巧く刀を振るえば理論上はお前に勝てる。剣でなくても、霊術だったり、別の特性だったり、全てのパラメーターを参照した上で成長し続けるお前をなおも圧倒できる強者であれば理論上は勝つ事が可能だ』
だがそんなバグみたいなキャラクターがそうホイホイと居てたまるかという話だ。
シリーズ毎の最強種や、それに準ずる化物達。あるいは世界を操る真神達――――少なくとも、流動的な要因を無視したタダのパラメーター勝負ならば、たとえ
己が“世界”を持っていない遥が真神として数えられる事は決してないが、しかし単純な武力においては
さしずめ準真神級とでもいったところか。
ゲームには無かった俺の造語だが、多分この表記が一番しっくり来る気がする。それくらいに遥のスペックはヤバく、ましてや俺如きがこの無二の天才をフィジカル面で圧倒する日は恐らく一生来ないだろう。
だから蒼乃遥にスペック勝負で勝つという案は、俺には実現できない。
『二つ目は弱体化や概念攻撃といった搦め手。どんな強い奴でも別の
『そんなの真っ平だよ!』という抗議の声と共に二十四本の<龍哭>が何度も俺の身体と
刀は折れない。だが、俺の身体もまた傷一つない。
――――そう。『嫉妬』戦前の遥であれば、この方法は有効だった。
物理的な勝負ではなく、状態異常やデバフを用いて「まともに戦えなくする」
けれど蒼乃遥は、レヴィアタンの主となったのだ。
嫉妬之女帝。零落し、精霊としての位階を
サタンやベリアルといった外側に影響を及ぼす
仮に現実改変や運命操作の類を含めたアレな奴等を含めたとしても、同格程度じゃまずレヴィアタンの防御は崩せない。
だから蒼乃遥の弱体化は、狙うだけ無駄だ。本来であればナラカや虚レベルの相手でも詰ませかねない凶悪性を秘めた【
本人はジャイアントキリングの権化のような性質を持っているのに反して、こちら側のジャイキリは絶対に許さない。
必殺技を持たない上、攻撃が至って
ならば、蒼乃遥を格下が倒す方法は皆無なのか。
『――――いいや、違う』
少なくとも、<外来天敵>は戦えるという判断を下した。
『だから三つ目だ』
輝きが貯まる。
蒼乃遥の攻撃を吸収し続けた怒れる十王達の楕円鏡が。
『汎用性ではなく、お前に対してのみ絶大な威力を発揮する相性差抜群の特効スキルをぶつけて、理不尽に勝つ』
ゲームの王道だ。全く隙のないボスキャラに対して、普段はあまり使わないスキルがピンポイントメタとして突き刺さるあの瞬間。
【望み喰らいし、勝利の果実】は、それを自ら創造し絶対的な天敵となって君臨する。
『結論を言おう』
条件は解析と理解。
赤い粒子に相手の情報を取り込み、その力を十全に理解する事で天敵術式はその相手に対する特効スキルを獲得する。
蹂躙する【
特定の相手にのみブチ刺さる
『<外来天敵>が下したお前への解答は「吸収」と「反射」だ。俺への強化でも、お前への弱体化でもなく――――』
【
『――――お前自身の力で、お前を討つ』
十王の抱えた楕円鏡の内側より解き放たれた。
――――――――――――――――――――――
・【
テュポーンが司る三柱の天敵の法則が内の一つ。
ラケシス。【
赤い粒子による解析と術者がその相手の特性を正しく理解する事で発動権利が解放され、<外来天敵>が状況に適した特性を獲得し、処刑場を作り上げる。
①対抗術式のストックはできず、創造されたスキルはその相手にしか使えない、②大勢の敵に対して使う場合は解析時間の増大と完成するスキルの特効精度が範囲内の人数分薄まるといった欠点こそ存在するものの(本来の【望み喰らいし、勝利の果実】は、天敵となる『世界』を作り出し、テュポーンが分裂する事で多人数戦においても徹底的なピンポイントメタを実現する完全無欠のスキルだった)、どのような相手に対してでも絶大的な相性差を作り出すこのスキルは、言うまでもなく凶悪無比である。
また、発動条件の内が一つである『理解』に関しては、凶一郎のゲーム知識が無双し始めるのであってないようなものである。
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