第二百三十八話 The third confession その6








 それは長らく忘れていた感覚だった。

 一カ月と少し。蒼乃遥のいない戦場で、蒼乃遥を計算に入れない戦い方を学び、鍛え、そしてすっかり慣れ切ってしまった俺の思考が、恒星の輝きを思い出す。


 

「(……そうだ、こういう奴だった)」



 可愛くて、優しくて、いつも元気で、周りが言うにはちょっとだけ嫉妬深い、俺にとっての心の支えとなる女の子。


 それが俺にとっての蒼乃遥であり、完全に“日常の象徴”として見ていたのだ。


 だが、思い出せ。思い出すんだ凶一郎。


 怪物だらけの我が“烏合の王冠”においてなおも燦然と輝く彼女の規格外バケモノぶりを。


 異能とか、狡知とか、天啓とか、精霊とか、ギミックとか――――そういったこちら側が用意したものを全部笑顔で踏み潰していく怪物の女王。


 あぁ、そうだ。なまじオリュンポス・ディオスなんていう総スキル数百越えの異能のバーゲンセールと相対していたものだから、忘れていたんだ。



 それはステータスという名の暴力。

 それは通常攻撃という名の一撃必殺。

 それは移動という名の超反応。



 蒼乃遥は、技の名を持たない。

 その身に修めた八百万の剣術奥義は、全て基本の動作に過ぎず、畢竟ひっきょうそれは只手を動かしているだけに過ぎないのだから。


 蒼乃遥は、切り札を持たない。

 何故ならそんなものに頼らなくても、ただ速く、ひたすらに強く斬るだけで彼女は自ずと勝利を己が手に掴めるのだから。


 蒼乃遥に読み合いは通じない。

 常にノリと気合と閃きで行動する相手に対して、「こう来るだろうな」という予想や推測はまさに机上の空論。皮肉にも、俺の最も得意とする戦況操作ボードコントロールが一番通用しない相手が俺のパートナーなのだ。



 ただ強い事が、こんなにも理不尽だなんて。

 あぁ、そして、だからこそ――――



「(俺はいつだって挑戦者チャレンジャーでいられるのだ)」


 

 空の高さを知らない空虚さも、履き違えた全能感もこいつが傍にいる限り絶対に起こらない。


 過信せず。慢心せず。自惚れず。


 一番近くにいてくれる人が常に格上でいてくれる事のありがたさを深く噛みしめながら、しかし俺は勝つ為の思考を途切れさせない。


 傲慢と卑屈は表裏一体の関係にあるが、どちらも等しく毒である。


 遥は強い。俺よりも強い。どれだけ走っても、何度死線をくぐり抜けても、彼女は先へ行く。ずっとずっと先の次元せかいへ進んでいく。

 ――――あぁ、ンなことは俺が一番良く分かってるさ。追いつけないってのは悔しいもんだ。敗北の味はいつだって慣れない。

 負けを自覚した瞬間に、これまでの努力に意味があったのかって問い質したくなる。

 強い奴は最初から強いのだと、どれだけ後から頑張ったって生まれ持った素質と環境が全てなのだと、冷笑的クールな意見に身を任せたくなる衝動を、俺みたいな凡人は抑える事なんてできやしない。……けどな



「(考えろ)」

 

 だからって「どうせ俺なんて」とか「やるだけ無駄だぜこんなもん」なんていう風に腐っちまったらその時点でゲームオーバーなんだよ。


「(遥に勝つ為のプランを考えろ)」


 諦め癖というか、腐り癖というか。そういったモンを模擬戦シミュレーション段階から持ちこむ奴は、本当に踏ん張らなきゃいけない時でも同じ事をする。



「(喰らえば即死、こちらの攻撃は時間を停めても避けられる)」


 

 それだけはダメだ。

 “烏合の王冠”という組織の長を務めている身として、みんなの命を守る立場の者としてそれだけは絶対にやっちゃいけない。


 あぁ、そもそも――――



「(【壱式アルファ】は効いてる素振りはない。こっちは正真正銘レヴィアタンの常在発動型パッシブで間違いないんだろうな。ハハッ、隙がねぇ、本当に隙がねぇな)」



 好きな子がゲームに誘ってくれたら、心の底から一緒に楽しんでやるのが男の甲斐性ってもんだろうが!



「(今の時点で使える手札は大分限られてる)」



 考える。考える。ひたすら彼女を楽しませる策を考える。



「(零距離回避あんな芸当かましてくるスピード馬鹿相手に《遅延術式》が有効に働くとは思えない。<獄門縛鎖デスモテリオン>は効くわけがない。【終式オメガ】は条件未達。【始原の終末】はチャージ時間が足りなさ過ぎる)」



 時間にしてコンマゼロ六秒。普通に人生を送る分には一瞬、けれど怪物と渡り合う上では永遠にも等しい時の流れの中で俺達は三度の攻防を繰り広げた。


 遥が攻撃を仕掛け、俺が時を停めて『十三次元の統覇者ティタノマキア』。


 異次元の扉が開き、無数の虫食い穴ワームホールから十二偽神の神威が繰り出され、そして恒星系が当たった傍から避けていく。



『おぉっ! 今度は幽霊さんが飛び出したかと思ったら巨人の手!? わーっ! 虹色の光線だーっ! きれいーっ!』



 遥は楽しそうだった。

 俺も楽しかった。



 未来を予見し、現在いまを停めながら、過去に得たものを総動員して愛する人と競い合う。


 赤い嵐と十二偽神の神威が吹き荒れる戦場で、愛する人と踊る、躍る、踊り狂う。



 少なくとも、この三合の攻防において、俺達は拮抗していた。



 予知と時間停止。二つの時間の理を用いた俺の戦況操作ボードコントロールは、遥を攻め手に回る事を許さず、絶え間なき俺の時間ターンを現実のものとしている。


 だが、時を停め、未来を予知したその上でなお蒼乃遥は停まらない。


 ゼロ距離状態からの超高速移動で全てを避わす絶対回避。

 <骸龍器>×<外来天敵>による亜神級最上位スプレマシ―クラスの強化装甲をいとも容易く破断する一撃必殺の魔剣。

 そして遥の新たなる精霊チカラである嫉妬之女王レヴィアタンは、未だ任意発動型アクティブスキルの一つも使っちゃいない。



 千日手と呼ぶにはあまりにもあちら側が圧倒的。

 もしもこれが模擬戦あそびではなく実戦なら、俺の首はとっくの昔に胴体から離れていただろうよ。



 けれども――――



『うん。大体分かったよ!』



 まるで空間を転移して現れたかのように、遥が自分の意志で俺の前に姿を現したのは、『十三次元の統覇者ティタノマキア』の攻防が六度目を迎えようとした矢先の事だった。




『こうして、こうして、えっとこうかな?』



 目を閉じて、ゆっくりと息を吸い込み、そして彼女は、



「ふぅーっ」



 全身からソレを吐きだしたのだ。



 真紅色に染まった闘技場の中でソレは偉く目立った。


 蒼色の輝きを帯びた神秘的な粒子。


 俺の赤とは対照的な色彩を持つその光の粒達は、まるで命を得たかのように主の周囲を旋回し、



「(――――まずい)」



 瞬く間の内に恒星系の傍を飛び交う<外来天敵>の赤き風を駆逐し始めたのである。



『こう、『霊力経路バイパス』使った術ならさ。霊力の流れを読んで良ければ大丈夫なんだけど、凶さんの場合、このちっちゃくて赤い粒子をあたしの身体にくっつけて術の触媒に使ってるわけじゃない?』



 真紅の法則に染まりきった世界でなおも燦然と輝く蒼。

 遥の姿が、ブレる。



『だから遥さん考えたわけですよ。そうだ、この粒子に触らなきゃいいんだって!』


 推測でしかないが、そのブレの正体は恐らく残像のようなものなのだろう。

 高速で動き続け――――今は自分が編み出した対抗術式さくひんを俺に見せたいが為にあえて速度を落としているのだ――――それこそ遥の周囲に巨大な風の渦が吹き荒れる程に速く、強く、高らかに。



『でもさでもさ、こんだけいっぱいあるんだもん。風さんでパタパタして赤い粒子さんをぶわーって吹き飛ばすだけじゃきっと足りないよね』



 キラキラと輝く蒼い粒子。普段はたまに遥の髪の毛からふわりと煌めくだけの光子達が明確な意志の下に主の身を護している。



『なので目には目を、粒子ちゃんには粒子ちゃんをって事で。あたしも見よう見まねで動かしてみたんだ』

『そしたらできたと』

『うん。なんかできちゃった!』



 そりゃあ、驚いたさ。

 思わず目が眩んで、半分意識が飛びかけたよいやマジで。


 だけどその一方で、変な納得を覚えた自分がいたのもまた事実だ。


 風の渦を作り出す? 遥なら可能だろうよ。

 普段からアホみたいなスピードを出しながら音の一つも立てず、無風で動きまわるような女なのだ。

 斬撃を飛ばし、空を飛ぶ龍を狩るような女なのだ。

 だからいつもやっている完璧な高速機動ムーヴメントを少し乱してやれば、風の渦の一つや二つ簡単に作り出せる。



 見よう見まねで粒子操作? 遥ならやるだろうさ。

 突然野球ボールサイズの鉄球を持ってきたかと思えば、「種も仕掛けもございません!」つってその黒鉄色の球体を包丁で真っ二つに叩き割り、切断面に綺麗なアルミニウムを作り出すような女なのだ。

 「どうやったのか」と尋ねてみたら、「鉄の原子番号は26番でしょ! だから真っ二つに斬ったら半分の13番アルミニウムになるかなって思って!」とおほざきになりあまつさえそれを実現してみせる女なのだ。


 分子間結合の切断とか、原子核の両断とか、その領域レベル奇跡バカを平易にやってのける彼女ならば、自分の身から湧き出る粒子で俺の粒子に対抗するくらいの事なんざわけもない。



『風と粒子と、後霊力の力を借りればこの通り! 即席のバリアの完成だよ! ねねっ、初めてにしては結構うまいやり方でしょ!』

『あぁ! ヤベェな!』



 適応力と進化の天才。

 築き上げた盤石の布陣を閃きと力技を駆使して初見にも関わらず踏み越えていく。


 それが蒼乃遥という女だ。

 もしかしたら領域外の怪物達上の二人を倒して、真にこの世界最強の剣士になれるんじゃないかって思える程の可能性に満ち溢れた俺の一番の宝物なのだ。



『だが、これで勝ったと思うなよ! 俺の【天敵術式エクスロス】は、ここからだぜ!』

『うんっ! うんっ! やっぱそうだよね! そうでなくっちゃ面白くないよね!』



 自分を高めながら、更にどこまでも高く飛んでいく彼女の羽ばたく瞬間を見る事が出来る――――俺は、遥との戦いの醍醐味を噛みしめながら結界内たいないに貯まった情報を咀嚼し、編み込み、新たな■■を■■していく。



『でも、どうするー? 粒子さん使った攻撃はもうあたしに届かないよ―?』

『問題ないさ。解析の条件はとっくの昔に済ませてあるっ!』



 <外来天敵テュポーン>の根幹を為す三つの【天敵術式エクスロス



 基本にして絶対蹂躙の【壱式アルファ

 発動条件の困難さとそのタガの外れた特性チカラから原作のテュポーンの切り札として扱われていた【終式オメガ



『【天敵術式エクスロス弐式ベータ】』



 そしてこれから俺が愛しの彼女に向けてお届けする【弐式ベータ】は、




『【望み喰らいし、スリーアンヴォス勝利の果実ラケシス】』



 その一つをもって、一度は六作目の主人公達を全滅にまで追いやった究極の対抗術式カウンタースペルである。









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