第二百三十七話 The third confession その5







 仮想空間の空に開いた三穴の虫食い穴ワームホール


 円状に広がる黒穴はそのいずれもが一戸建ての家屋を飲み込める程の広さを誇り、その深淵に至っては目視する事すら叶わない。


 歪な三角陣形デルタスクラムを形成した三つ穴から放たれる三種の神威。


 存在退行レベルドレインの特性を秘めた黄金の砂塵。

 幾千の星閃光レーザーを束ねた、星の洪水。

 そして海皇の咆哮が如き破壊の震動波レゾナンス



 降誕した力の奔流は、まさに神罰の具現である。

 “黄金時代クロノス”、“物換星移ウーラノス”、“災厄震源ポセイドン

 かつて“杞憂非天”の地で俺達を襲った神々の脅威が、ここに鮮烈な再誕を果たしたのだ。



 『十三次元の統覇者ティタノマキア』の本質は鍵である。

 オリュンポスの神域を模した異空間とこちらの次元を繋ぐ虫食い穴ワームホールを形成し、あちら側の次元セカイから流れる事象の騒乱エネルギーを垂れ流す。


 指向性ベクトルは正面オンリー。虫食い穴ワームホールの出現場所や角度調整を弄る事であらゆる地点を撃ち抜く事が出来るが、追尾機能のようなものはない。


 虫食い穴ワームホールを開き、間欠泉を噴き出すかの如くエネルギーをぶつける。出力と燃費、そして使い勝手の良さに重きを置いたこの虫食い穴ワームホール召喚型エネルギー放出兵器は、天啓枠を消費せず、更にシューターロール未経験の人間でも扱えるという点から、今の俺にとってこの上なく相性の良い装備だった。


 無論、制限はある。

 各次元の一回毎の解放時間は最大十三秒に固定され、次元の解放権は各次元ごとに一日十三回ずつ。


 大小問わずどんな形であれ、虫食い穴ワームホールの召喚、つまり撃てる砲撃の数までは一日百六十九回までと固定されている。


 一応、【再誕する新世界秩序ハロー・リ・ワールド】を使いストック回数を“戻せば”、最大、三百三十八回まで使用する事も出来るには出来るんだが、現状【再誕】は、一日一回しか使えない切り札枠である。

 任意の事象を戻し、“なかった事にした”エネルギーを強化バフ霊力リソースといった形で味方に再分配する【再誕】の貴重な機会を『統覇者』のリロードに回すかと問われれば答えは基本的に否であり、あくまで百六十九回分の砲撃術式として割り切った方が戦術構築ビルドも立てやすいというものだ。


 立ち位置的にはサブウェポン。機能は良くも悪くもとてもシンプルで、しかしながらその威力はかつて“杞憂非天”で相対したオリュンポス十二偽神の神威そのもの。


 それらが三つつらなり、天より堕ちる破壊の裁きとなって蒼乃遥を撃ち抜いたのだ。


 逃げ場はない。

 そして遥は停まっている。

 俺が停めた。

 俺が撃った。



 形成された完全なる包囲網。

 広範囲砲撃三つと、時間停止の合わせ技の前ではいかな恒星系と言えども被弾は免れず――――



「(……どういう、事だ?)」



 異変には、すぐに気がついた。

 『外来天敵』と統合された俺のかつてのリミテッドロール『覆す者マストカウンター』のカウントが灯らなかったのだ。


 『覆す者マストカウンター』は、直撃ヒットや防御といった比較的簡易な条件をトリガーとして戦闘時の行動能力値ステータスに強化ボーナスを加えるロールである。


 そしてこのカウントは、各種条件を満たした瞬間に俺の中に貯まる仕組みとなっているのだが、



「(カウントがゼロだと……!?)」



 貯まっていない。つまり、『十三次元の統覇者ティタノマキア』による砲撃が遥に当たっていない?



「(あり得ない)」



 だが、それはあり得なかった。

 時間停止による“動き”の封殺。そして、逃げ場のない三種の神威による砲撃。


 蒼乃遥が生きている。それは良い。元よりアイツはこの程度でくたばるタマじゃない。

 ましてや今のアイツは【嫉妬之女帝レヴィアタン】、亜神級最上位スプレマシ―の等級に零落しながらも、こと生命としての不滅しぶとささでいえば魔王随一の最強生物。


 偽者パチモノのオリュンポスの攻撃を涼しい顔で受け流したとしても、そんなもんこっちにとっちゃさもありなんの規定事項なわけで、何も驚く事じゃない。



 生存も、耐久も、防御も、無傷も、全部想定内。あいつの出鱈目ぶりを一番理解しているのは俺なのだ。蒼乃遥に『十三次元の統覇者ティタノマキア』が通じない。何度も言うが、それ自体は別に良いのだ。しかし――――




「()」



 避けるどうこうと言った問題じゃない。

 確かに俺は遥を『停止』させて、『統覇者』を撃ち、遥の周囲を三種の神威の爆心地に変えて、それから【時間停止】を解いた。



 ここまでは、絶対だ。そして、遥のいる座標が既に事象震源地グラウンド・ゼロとして爆ぜ散らかしている時点で少なくとも避ける余地はどこにもない。なのに、



「(どうして、『覆す者マストカウンター』が貯まらない?)」



 



 未来視が俺のコマ切れを予知したからだ。

 振り返る。後ろにはいない。世界は赤色。本来の百二十倍の速度で充満した『外来天敵』の粒子によって、色彩を真紅一色に染め上げられた仮想世界の闘技場。

 赤い。赤い。全てが赤い。

 世界は正しく、『外来天敵』のテリトリーとなったその中で、



「なんなんだお前は……」



 遥は、俺の右隣でピースサインをしていた。

 大層ご機嫌な顔だ。右手に『蒼穹』、左手でピースサイン。

 時間が停まっているから、それは完璧なポージングとなっていた。



 急いで距離を取り、銀色の球体に新たな“穴”の展開を命じる。



解放リリース万物平定ゼウス火天日肆アポロン花天月地アルテミスっ!」

承認イエス次元門ゲート規模スケールをお選びください』

極大マックスでオナシャス」



 新たに開かれる三色の次元。


 天空うえではなく、大地よこをなぞるように展開された雷と焔と滅月の次元せかい



 遥を正面に捉えた三界の神威が虫食い穴より殺意ヒカリを放ち、暢気にピースサインを決める恒星系を壊滅の奔流で呑み尽くす。



「(当たっている、確実に)」



 今度はしっかりと目視で確認し、『統覇者』による三次元統合トライブリゲード破壊閃光メーザーの着弾を三度見直した後、俺は自分自身に「大丈夫、大丈夫だ」と何度も言い聞かせながら遥の『停止』を解除して、




『すごいねっ!』



 声を、聞いた。

 愛する女の声だ。聞き間違える筈がない。音を置き去りにした俺の時間りょういきの中で聞こえて来る彼女の溌剌とした声音は、《思考通信》を介してのものだった。

 


『本当に時間停められるようになったんだね! ビックリしたよ! 全然動けなかった!』



 『覆す者マストカウンター』は相も変わらず貯まっていない。恒星系の姿も見えない。多分、あり得ない速度で動きまわっているのだろう。未来視の予知は、数秒先の俺の生存むきずを保障してくれている。



『〈外来天敵〉のおかげでな』



 だから俺は、喜んで彼女との会話に臨む。


 兎に角思考を纏める時間が必要だった。



『今まで凶一郎相手にしかかけられなかった術式スキルが他の人間相手にも使えるようになった――――今日初めて使ってみたけど、すごいよコレ。景色がまるで違って見える』



 《時間加速》、《遅延術式》、【始原の終末】、【四次元防御】、そして【再誕する新世界秩序】


 これまで会得してきた時の女神の術式は、最早俺にかけるだけのものではなくなった。



 《時間加速》を遥にかける事が出来る。

 《遅延術式》を触れることなく相手にぶつけることができる。

 そして【四次元防御】を俺ではなく敵にかけてやれば、



『――――時間停止、やっと時属性らしい事ができるようになったぜ』

『ヤバッ……! 割りと本気に今の凶さん無敵じゃん』

『お前さんにそれを言われてもなァ』



 苦笑が漏れる。世辞でもおべっかでもなく、遥は本当に俺の事をすごいと讃えてくれているのだ。

 ただ今自分がやっている事を全部棚に上げているだけで。



『いや、でもさでもさ。この赤い粒子さん――えっと、これも凶さんって認識で確か合ってるんだよね?』

『そうだよ』

『この“粒子凶さん”すっごく便利だよね! 一粒一粒自由に操れて、ちょっとでも触れたら【凶さんに触られてる】って判定になるんでしょ』

『その表現はちょっとアレだが、ニュアンスとしては大体そんな感じ』



 特殊な赤い粒子を生成し、これを自在に操る。〈外来天敵〉の初動は、必ずここから始まる。


 だが、こと俺に関して言えば何の特殊性も発揮していないこの最初の段階ですら、大いに意味があった。



 粒子は外来天敵の身体の一部であり、大体五百メートル強……つまり、この闘技場を埋め尽くす位の範囲であればまさしく手足のように操る事ができる。



 そして俺の身体であれば、当然時の女神の術式もかけ放題だ。


 つまり、外来天敵の領域下であれば、俺は三種の【天敵術式スキル】を使うまでもなく無敵であり、絶対的であり、圧倒的な存在の筈なのだが、



『なぁ、遥』

『なぁに、凶さん』



 俺は遥に尋ねた。

 彼女の姿は相変わらず見えない。



『どうやって、避けた?』



 素直に聞いてみる事にした。



『時間停めて、範囲攻撃で逃げ場も潰した。けど、お前に当たってない。この矛盾がどうしても解けないんだ』

『うん、いいよ! 別に大した事じゃないしね!』



 本当に大した事なさそうに、彼女は言った。



『凶さんは3秒ルールって知ってる?』

『アレだろ。食べ物を地面に落としても3秒以内に拾えばセーフ的なやつ』



 3秒ルール。3秒以内ならば菌などの微生物の移動が間にあわないので、落とした食べ物でも安全であるという滅茶苦茶クールな迷信だ。実際は、3秒どころか1秒もかからずに微生物は移動するらしいので、3秒ルールは幻想である。が、しかし、



『アレをね、やってみたの』

『……は?』


 迷信を、真実に変える女がここにいた。



『ほら、あたし達の防具ってさ、薄い霊力の膜を使ってあたし達の身体を守ってくれるじゃない?』

『あ、あぁ』


 それは冒険者であれば誰もが心得ている防具の話だった。

 大昔のようにガチガチの鎧で身を固めるのではなく、防具から発せられる特殊な霊力力場フィールドで身体を守る。


 身軽さと防御力を兼ね備えた最新の防具ギア。それを遥は、



『だからね、だからね、そのバリアが守ってくれている間に遠くへ逃げれば、たとえって遥さん気づいたんだよ』

『……つまり遥、お前は、』


 にわかには、信じられなかった。


『時間を停められて』

『うん』

『ゼロ距離で砲術撃たれて』

『うん!』

『そんで時間停止が解除されて、震動やら雷やらが体内への干渉を始めた

『そうそう!』

『それらが、うっすい霊力の保護膜かべ、回避に成功したんだと、お前さんはそう言いたいわけだな?』

『すっごいね、凶さん! まさにその通りだよ!』

『…………』


 ……気絶しそうに、なった。




――――――――――――――――――――───



・新生時の女神の術式(対象範囲;赤い粒子に触れたもの)


①時間加速

 最大百二十倍速の最強速度バフ。50メートル13秒台のチビちゃんが実質音速の1・5倍で動くようになる。うんち

②遅延術式

 範囲と浸透速度がシャレにならない位向上した。直接術式を注入している状態に等しい為えげつない速度で鈍足化する。ただし、後述の【四次元防御】の存在がある為、こちらは【別の用途】で使う事が多い。

③始原の終末

 ほぼ変わらず。ただし、赤い粒子を巨大な【腕】に変える事で大幅に射程レンジを伸ばす運用法が可能

④四次元防御

 実質的な時間停止。味方にかけることで絶対防御、敵にかける事で究極の拘束術式と戦術レベルで運用が変わり、汎用性の化け物になった。ただし、現時点においてゴリラ達はその真の有用性と有害性を正しく理解していない。ダブルうんちである。

⑤再誕する新世界秩序

 接触の必要がなくなった為、赤い嵐の領域化であれば任意の事象を自在に巻き戻す事が可能


・外来天敵についてその1


 基本的な能力は、赤い粒子の生成操作とそれを用いた三種の【天敵術式】の駆動。



遥神ゴッド

 命中率100パーセントの必中技を「よけろハルゴン!」というあまりにも理不尽な力技で回避してくる。

 やられた方は、たまったもんじゃない。





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