第二百三十五話 The third confession その3






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』第一中間点



 ヒイロさんとの情報共有も終わり、今日の仕事を無事に終えた俺達は、その足で第一中間点に向かった。


 第一中間点。基本的にどこのダンジョンでも一番の栄華を誇る「街の中心」だ。これは『天城』も例外ではなく、第二以降の中間点と比べても圧倒的にここが一番華やかだ。



「すっごいねー! 『嫉妬』とは比較になんないくらい都会だー!」



 しかし『天城』の栄えっぷりは、四十層ダンジョンをクリアした遥さんの目から見ても驚きだったらしい。



「なんでこんなに立派なの? あたしてっきり中間点の大きさってダンジョンの深さとイコールな関係だと思ってたよ」

「『世界樹』なんかまさにそうだもんな」

「そーそー。ディーツベでみた“神々の黄昏”の動画でさ、街の移動に空飛ぶ車とか使ってるの! あれみてやっぱりおっきなダンジョンってすごいんんだなーって遥さん思ったもん。もあるんだって!」

「ヤバいよな、あそこ」

「うん、ヤバい! もう今からワクワクし過ぎて変なお汁出そうだよぉ」



 街に宇宙ステーションってなんだと思うかもしれないが、実際そういう規模なのだ。あそこは。

 桜花はおろか皇都よりも大きく、総人口数が八桁を越える『街』

 死者が闊歩し、本来最終階層守護者である筈のオーディンが首長を務める現代の戦死者の館ヴァルハラ

 

 現状桜花で一番深いダンジョンの中間点が、桁外れに繁栄している様子を見れば、そりゃあ中間点の大きさイコールダンジョンの深さなのだと勘違いしてもおかしくはない。



 両手にチュロスと魚介の焼き串を構えながら恍惚ワクワクの笑みを浮かべるチャイナ服娘の頭を優しく撫でながら、「実はちょっとだけ違うんだ」と答える。



「頂点が世界樹アレだから勘違いしがちなんだが、ダンジョンの深さが必ずしも中間点の発展に繋がっているのかっていうと――――」

「そうでもない?」

「あぁ。そうでもない」

「んー、……んー? じゃあ、おっきい街とそうでもない街の違いってどこにあるの?」


 石造りの巨大橋を最愛の彼女と並んで歩きながら、『天城』の街を見渡す。


 濃紺の空、偽りの星々に負けじと、打ち上がる色とりどりの花火達。

 童話の世界に迷い込んだかのような気持ちにさせてくれる幻想的な建物と、色とりどりの美しいタイルのスロープ。

 そして一番目につく巨大な時計塔は、まんまあっちの世界の未完の大聖堂サグラダファミリアの様相である。


 『天城』の主が泣く子も黙る原初のオリュンポスだというのに、メインスポットがスペインのバルセロナ。


 だがこのバカみたいなチグハグさこそが、遥が抱いた疑問の答えでもあるのだ。



「そりゃあ、人気だよ。人気の高いダンジョン程人が集まって、中間点も成長する」

「土地が広くても、人が集まらなきゃおっきくならないみたいな?」


 まさに恒星系の言う通り。人を集める事において肝要なのは、そのダンジョンがいかに旨味や魅力に優れているかどうかであり、ゲーム風に例えるならば、どれだけライトユーザーを集客できるかが鍵なのだ。


 道中の敵から得られる精霊石の稀少性や一戦闘辺りの平均獲れ高といったリターンの大きさ。

 中ボス戦の難易度や、通常エリアの基軸距離スケール、特殊ギミックの有無といったリスクの少なさ。



 その中においても、第一中間点までの入りやすさは特に重要なファクターだ。


 例えば先に挙げた『世界樹』は、「第一中間点までならば、訓練を積んだ冒険者でなくても入る事ができる(オーディン配下の戦乙女ヴァルキュリア達が護衛を引き受けてくれる)」といったボス直々の寛大な“もてなし”によって、企業勢が気軽に参入できる下地が整っている。


 『亡霊戦士』事件のあった『天城』も、そもそもの『亡霊戦士』の出現が――それこそ最初から真相を知っていて、かつ真相解明RTAに乗り出そうなんて馬鹿な考えでも起こさない限りは――最終層に近い深層に限定される為、大多数の労働者組にとって骸骨マスクの存在は嘘か本当かも分からない都市伝説扱いでしかなく(基本的にあの茶番の殆どは、骸骨マスクが姿を現すだけの害のない脅しであり、『亡霊戦士』が本気を出すのは、最終中間点前の三十四層へ辿り着いた者達に対してのみである。この辺のさじ加減というかライン引きがヒイロさん達は本当に上手かったのだ)、逆に「明るく、起伏も激しくない森と草原のステージ」や、「道中の敵が落とす『天城』産の精霊石のドロップ率」、そして「白兵戦特化型で、役割を持ったパーティーでタコ殴りにすれば討伐も容易な第五層ボスミノタウロスの存在」といったプラスの側面が人気を招き、『天城』は大昔から人気の狩り場スポットとして企業、冒険者問わず愛され続けてきた。



 このなんちゃってバルセロナも、良く捉えれば神が全く関与していない証拠さ。


 もしもオリュンポスが、オーディンのように何からなにまで管理するようなタイプだったのならば、『天城』の中間点は、もっと大昔の地中海風になっていた事だろう。


 世界の人気スポットを真似た街作りってのは、中間点の特色カラーとしては割とポピュラーな量産型タイプ……ではあるのだが、その規模や完成度の高さ等は中間点の発展度合いによってかなり差が出る。


 『天城』のクオリティは相当なものだ。それだけでもここがいかに人気のダンジョンなのかが良く分かる。



「逆に『嫉妬』はさ、かなり優しくないダンジョンだっただろ?」

「あー、確かに」



 遥達の攻略したダンジョン『嫉妬』は、『世界樹』と同様に非常にボスの干渉が強いダンジョンだった。


 しかしあちらの最終階層守護者オーディンが経営や統治の概念を完璧に理解しそれをダンジョンの運営に活かしているのに対し、レヴィアタンは人間をタダの餌としか見做していなかったのだ。


 基本ステージは海。飛行型か航海用の乗り物マウントがなければ、道中の移動もままならないという鬼仕様。


 階層守護者には漏れなく嫉妬之女帝レヴィアタンの加護という名の概念防御を付与し、一定威力以下の攻撃は、概念属性以外全無効。


 おまけにダンジョンに入場した人間は、漏れなく税金として嫉妬心を駆り立てられ、専用のアクセサリーを肌身離さず持たなければ、嫉妬之女帝に嫉妬心を喰われ続け最終的には廃人化するクソゲーっぷりである。


 最終階層守護者がダンジョンに干渉を及ぼすかどうかの是非については、本人の力量やスタンス次第で如何様にでも変わるのだが、レヴィアタンの場合はダンジョンに干渉出来る程の力を持つ半面、経営能力が著ぢるしく欠けていた。


 まぁ、そんな彼女も今は『嫉妬』を抜けたので、これからはあのダンジョンも栄えるんじゃないかしら、と暢気に思いながら、



「? どったの?」

「いや」



 自分でも頬が緩んでいるのが分かった。

 

 ダンジョンの中にある街。

 祭りのように賑わう夜空。

 何かに焦る事も、変な罪悪感や使命感に苦しめられる事もなく、二人並んで道を歩く。



「なんか懐かしいなって思って」



 ダンジョンや冒険者について殆ど何も知らない恒星系が質問を投げかけ、それを俺が得意気に答える。

 久しく味わっていなかった感覚だ。そして俺はこんな時間がたまらなく好きだったのだと改めて気づく。



「へんなのー」 


 コロコロと楽しそうに笑う彼女の横顔がたまらなく愛しくなり、つい抱きしめたくなる衝動に駆られるが残念ながら現在恒星系の両手は大量の焼き菓子と串焼きで埋まっている。


 そもそも橋のど真ん中で急にイチャつきだすのは、場合によっては刺されてもおかしくない害悪ギルティである為、迸る気持ちをぐっと堪えながら俺は代わりに尋ねた。



「次、どこ行きたい?」

「……んー、エッチなホテル?」

「……俺達一応まだ中学生ですよ」

「冗談ですよー。エッチなホテルは、もう少し大人になってからですっ」



 上手く言語化できないが、どうしようもなく顔が茹であがってしまった。

 遥は軽口のつもりだったのかもしれないが、我が思春期の肉体は「エッチなホテル」という言葉だけで飯がかき込める程のハッスルを果たし、頭の中では生まれたばかりの姿の遥さんの姿が、



「わっ、わはー。なんかこの辺急に熱くなってきたねー」



 ……言ったお前も恥ずかしかったんかい。

 蒼乃遥という女は、たまに変なタイミングで盛大に自爆する事がある。

 まぁ、そんなところも含めて最高に可愛いのだが。



「あー、うーん、えーっと……! じゃあさ、じゃあさ。模擬戦しようよ。確かここ、大きな『闘技場コロッセオ』があるんでしょ」



 そうして都合二分程思案を巡らした末に恒星系の口から飛び出た言葉は、非常にらしいものだった。


「しばらくご無沙汰だったし、今後のじょーほーきょうゆーも兼ねて……どう?」

「良いね、乗った」



 顔を見合わせ、二人でニッと笑い合う。



「知り合いに連絡してVIP席抑えてもらうよ。思う存分心おきなくやり合おうぜ」

「おー、強気だなー! 帰ってからずっとあたしのおっぱい揉んでた凶さんが果たしてどこまでアレを使いこなせるのやら」

「そういうお前だって俺の……! い、いや、兎に角負けないぜ、遥」


 

 ブラブラとデートをしていたと思ったら急にバトルしようぜと誘ってくる。

 こんな体験、他じゃ絶対味わえない。まさに蒼乃遥ならではの、選択肢セレクト



「言っとくけど、遥さん、すごーく強くなっちゃったよ? 何せ精霊と天啓レガリアとクリア特典報酬の三重強化を受けちゃったもんねー」

「言ってろ。俺なんて種族が変わったんだぜ、しかもEXLRの『外来天敵』まで獲得して、更に新技まで覚えたっ!」

「遥さんだってEXLRが『嫉妬之女帝レヴィアタン』に書き変わったから互角だもん。それに新技どころか新しい精霊力で色々出来るようになったしー!」

「だったら俺なんて、バトルスタイルがガラっと変わったぜ!。残念だったな遥。もうお前の知ってる凶さんはどこにもいない。今の俺は言うなればネオニュー凶一郎バージョン3・0だっ!」



 馬鹿な言い合いを楽しみながら、俺達は一路アズールさん達の経営するコロッセオを目指す。



「いいね、凶さん! ワクワクしてきたっ!」

「あぁ、俺も気分が乗ってきた!」


 夜はまだまだこれからだ。



◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』第一中間点・コロッセオ・VIPラウンジ





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