第二百三十四話 The third confession その2
◆
何故『天城』に蒼乃遥がいるのかという質問に答える為には、まず俺達の現状について語らなければならない。
クラン“烏合の王冠”を結成して、早二ヶ月弱。その間に俺達は二つのダンジョンを
ダンジョン『天城』、ダンジョン『嫉妬』
前代未聞の“混成接続突然変異体”と、樹立百二十年の歴史を持つ“魔王の
このイカれにイカれたダブルクソゲーチャレンジを、同時期に二チームに分かれて踏破した俺達の評判は、天元突破の鰻登りにブチ上がったっつーわけさ。
さもありなん。巨万の富を獲得し、アホみたいに強い天啓を手に入れ、新たな“魔王”まで輩出したとなったら、そりゃあ時の人扱いさ。
設立当初は「半年以内に五大ダンジョンを二つ攻略する」という俺の掲げた目標も、名実共に現実味を帯びてきて、ネット上で界隈の噂話を少し除いてみると、“六大”とか“六番目候補”なんてワードが俺達の話題に混ぜられている光景をそれなりの頻度で見る。
風は確実に俺達に吹いていた。富も、名声も、力も。今の“烏合の王冠”は、それなりに持っている。
だが、そういうみんなが欲しがるものを持てば持つ程、増していく
『嫉妬』関連の取引は旦那に一任しているし、メディア露出なんかはソフィさんが頑張ってくれているが、それでも代表という立場の人間がやらなければならない事はそれなりに多くて、……特に『天城』はさ、“山”発見しちゃったじゃん? “
アッチの世界で例えるなら、くそデカイ油田を掘り当てたようなもんよ。
んなもん手に入れちゃったら、必然的に個人とかクランだけの問題ではなくなってくるわけで、早い話が皇国のお偉いさんと取引しなけりゃならなくなったわけよ。
“
折角の金の成る山をみすみすお
謝礼はたんまり貰えるし、何よりも皇国との取引が出来るクランというのは色々と優遇されるからな。
金は往々にして命よりも重いが、信用は金よりも更に重い。
国家お抱えの冒険者クランとなれば、余程大それた悪事でもしでかさない限りは国に大事にして貰えるし、場合によっては“禁域”と呼ばれる特別なダンジョンに入れてもらう事も出来るようになる。
ボスキャラだらけのクランだからって、無理やり反体制側に回る必要なんてないのさ。
巨額の利益(精霊山の運用と所有権の譲渡に対して支払われる皇国側からの金銭的報酬は、そりゃあもう桁が違う)──と、社会的な信頼。
これさえあれば、世に蔓延るボスキャラ達の悪堕ちフラグを大体半分くらいはへし折る事が出来る。
だから近々行われる皇国との“取引”は何が何でも成功させなきゃならない……わけなんだが、これがさぁ、また中々に面倒くさいのよ。
例えば、『宝物層』から採掘した精霊石をスムーズに市場へ運ぶための流通経路の作成。
あるいは、採掘係のプルプルさん達を効率的に運用する為のブリーフィングとトレーニング。
皇国側からの運用計画の要望まとめや書面でのやり取りという経営分野こそ彩夏おばさんサイドに丸投げできるものの、肝心の実務面は現場の人間がやらざるを得ない。
これは精霊山のある“幸福諸島”へのアクセス権が初見クリアボーナス勢にしか配られないという言わば「仕様上の問題」なので俺達にはどうする事も出来ず、余程の大手――少なくとも、“笑う鎮魂歌”以上の規模と力が必要なのは間違いない――でもなければ、「御手数ですがそちらの方で対処の方をお願い致します」となるのが通例だ。
これが国家認定クラン級の規模になると話が別で、国から派遣される“
一応彼等/彼女らに関しては、次回の探索までに「選りすぐりの二名を派遣させて頂きます」と担当の方が仰っていたのだが、はてさてどうなる事やら。“
兎も角斯様な理由で忙しさマックスの俺ちゃんは、ロクすっぽ中学に通う事すらままならず(清水凶一郎、中学生デス☆)、学校からは「君は我が校始まって以来の出世頭だ!」と職員室総出で歓待されながら一足早い卒業証書と桜花内の高等学校フリー入学権を授与される始末。
そんな状況で『天城』出発前に遥と約束した
それに対して遥は「凶さんと一緒にいれたらいいもん」とあどけない笑顔で返してくれたのだが、それでは俺の気が収まらず、埋め合わせとして俺に出来る事ならなんでもしたい、と尋ねてみたところ彼女は、こう言ったのだ。
「じゃあ凶さんと一緒に『天城』行きたいっ! ……できれば最初の頃みたいに二人だけで回りたいなっ」
――――もうね、こんなん一生
どんだけ良い子なんだと、何が何でもこいつだけは幸せにしなければ、と。
そう思いながら急いでヒイロさん達に連絡を回し、プルプルさん達にも協力してもらって元々第五中間点にあった“笑う鎮魂歌”の拠点の一つを改装し、二人だけの青い屋根の家を突貫工事でこしらえた、というのが、此度の事態における大凡のあらましである。
ダンジョン『天城』に蒼乃遥がいる。
それはとても素敵な事だった。
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
とはいえ、愛する人と一日中ベッドの中でイチャイチャしているというわけにもいかないのもまた事実なわけで、先にも話した通り俺には現地でやらなければならない大量の仕事が待ち構えていた。
幸いにも今の俺達には総員数二百五十余名の大クラン“笑う鎮魂歌”という頼れる味方がいる為、こういう局面における最大のネック“人出が足りない問題”はある程度マンパワーで乗り切れる。
これは基本的にメンバー全員が戦闘特化型のウチにはない彼等ならではの明確な強みだ。
何せあの茶番劇を半年以上(そして原作ルートならば二年近く)も隠し通してきた本物の
純粋な戦闘力という意味で言えば俺達の方に分があるものの、組織力という観点で見れば、“笑う鎮魂歌”というクランは、見習うべき偉大な先輩なのだ。
ダンジョン探索というものは、その階層の規模が大きくなればなるほど、単純にボスを倒して終わりというわけにはいかなくなってくる。
ほら、「○○の野望」みたいな感じの国家運営型戦略シミュレーションゲームでもさ、強い武将だけ集めて敵国倒してればそれだけでクリアーってわけにはいかないだろ?
アレと同じよ。武力の高い将軍だけで脇を固めても、人の数が少なければ何もできないし、何より国の“内政”がにっちもさっちも立ち行かなくなる。
だからヒイロさん達を傘下に収められたのは、本当にデカかったのさ。
もしも俺達だけでクリアできたら忙しいどころの騒ぎじゃ済まなかったらな。
「というわけで本当に感謝してます、ヒイロさん」
「いや、それは良いんだけどさ」
秘密拠点に設けられたブリーフィングルーム。
かつてメタセコイヤの並木道の奥に隠蔽されていた『亡霊戦士』の拠点も今ではすっかり明るくなった。
ゲーム時代は“
まぁ、亡霊が祓われたおかげというのも多分にあるのかもしれないが。
「王様って以外に甘えん坊さんだったんだね」
「反動ってやつですよ。慣れない我慢を頑張り過ぎたせいで、細胞が彼女を求めて止まないんです」
ねーと、見上げた先には恒星系。
緑色のソファに寝転びながら、枕は遥さんのふともも。
そして今日の遥さんの外着は、あちらで言うところのチャイナ服である。
青に統一されたボディ・コンシャスのスリット入りワンピースに、深い水色のシニョンカバーでまとめた二つのお団子頭。
この洋風というか、どちらかといえばペルシャ系の赤で統一されたブリーフィングルームとは少々趣が異なるものの、そんな事は些細な事である。
チャイナ服のっ、遥さんがっ、膝まくらにっ、ナデナデでっ、俺の事を応援してくれているのだっ!
「ヒイロさん。敢えて言いましょう。今の俺が最強です」
「……まぁ実際、相変わらず仕事の方は恐ろしい位に完璧だから、どんな偉そうな姿勢でふんぞり返ってくれてもこっちとしてへ全然オッケーなんだけどね」
「かっこい、凶さん」
「ブヘヘ」
はーたんに頭を撫でられながら鼻を伸ばす午後のひと時。
あー、良い。すごく良い。不足していたハルカニウムが凄まじい勢いで回復していくのが分かる。
「それでどうですか、ヒイロさん。一応、素人なりにインフラと採掘プラン立てて見たんですけど」
「いや、さっきも言った通り完璧だよ。後で黄達にも聞いてみるけど、多分このまま通ると思う。……よくこの短期間でこれだけの作れたね」
「大分ウチの社長に助けてもらいましたけどね」
お上から、可能な限り“精霊山”の測量をやっておくようにというお達しを受けた俺達は現在急ピッチで、プルプルさん達に下す具体的な
プルプルさん達は滅茶苦茶有能な半面、思考がとても単純なので、ただ測量をお願いしても「とってもおおきいですっ!」としか返してくれない。
なので、ゲームで主人公達が会得していたプルプルさん言語と彩夏おばさんによる分かりやすい命令の仕方を参考にして「こういう段取りで測量をやって欲しい」というマニュアルを作った訳なのだが、良かった、少なくとも鎮魂歌の主には好評なようだ。
「そう言えば前々から思ってたんだけどさ」
そうして会議も終わりに差しかかった黄昏時、不意にヒイロさんがこう切り出したのだ。
「王様って、秘書官はつけないの? 遥ちゃんは秘書官じゃなくて――――」
「妻です!」
「――――君のお嫁さんなんでしょ? そうじゃなくてこうビジネス上のパートナーみたいな感じのさ」
「あー、そうっすね」
指摘されて初めて気づく。
秘書官。それは後のシリーズでゲームシステムの一つとしても纏め上げられた特殊な業務パートナーの総称であり、先に挙げた“
「――――おっ。そういえばあつらえたように、今度“
「むぅーっ!」
やめてヒイロさん、煽らないで。
その煽りのツケは、夜の大運動会で俺が払うのよ!
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