第二百三十三話 The third confession その1






◆◆◆『外来天敵テュポーン』清水凶一郎




 最近、癖になっている事が一つある。

 朝目覚めると、直ぐに彼女を探すのだ。

 重い瞼を開けて、ぼやけた視界で頭も回らず、だけど心はアイツを求めていて、

 そして




「おはよ、凶さん。良く眠れた?」



 そして隣で笑う遥の姿に安堵を覚えてまた眠る。


 自分でもどうかと思うくらいゾッコンだった。




◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第五中間点




 『天城』に二つ目の拠点を設けたのは、完全に俺のエゴ……というかワガママである。

 第五中間点――――第二十五層を踏破した冒険者のみが立ち入る事の許された五番目のセーフティエリアを選んだ理由は、単純明快に人の往来が少ないから。

 メディアの方々による熱い“取材”も、流石にあの『タロス』を越えてまで……というのは、殆どない(いないと断言できないのがこの世界のアレなところである)。


 青い屋根の一軒家。

 建築様式は西大陸風で、『天城』産の精霊石と無添加の上質パイン材を使用した俺達の家の構造は至ってシンプルだ。


 入口から出て左側の部屋にシャワールームとトイレを置き、後は最低限暮らせるレベルの電化製品を右奥のキッチン周りに集中させ、中央に丸テーブルと座椅子。左奥には大きめのダブルベッドを一つ。


 一応、右手の壁側に革張りのソファも置いては見たものの、正直なところ使っちゃいない。精々食事の後にまったりする時くらいか。後は大体ベッドの上で事足りるから。



「大丈夫かなぁ、ユピちゃん」



 朝八時。テーブルに広がる種々多様なサンドウィッチの具材を食パンの中に挟みこみながら、寝起きの遥さんが何気ない表情でそんな言葉を仰った。



「一昨日の夜から調子悪そうだったし、ちょっと心配」


 焼き立てのベーコンを三枚にレタスと、トマト、更に辛子マヨネーズをごきげんに利かせた卵ペーストをたっぷり塗った専用構築カスタマイズを済ませ、いざや実食。パクリと一口でごちそうさま。すっかり見慣れたその早食いが、何故だか無性に懐かしい。


 たった一カ月、たった一カ月会えなかっただけなのに、まるで一年以上も顔を合わせていなかったかのようなこの寂寥感は一体何なのか。『天城』の攻略を終えてから十日程経つが、未だに「いつもの」感覚が取り戻せない。



「? どしたの、凶さん」

「いや」


 何というか。ふと気を抜くと、



「俺の好きな人って死ぬほど可愛いんだなって不意に思って」



 自然と愛を囁いている自分がいるのだ。


 一瞬の沈黙の後、見る見るうちに遥さんの顔が朱色に染まるのが分かった。


「……ばかっ、もうばかっ」



 脛の部分に走る甘やかな痛み。ツンツンよりちょっと強めで、だけど人体に悪影響を及ぼさない絶妙な加減。

 流石は蒼乃遥である。じゃれ合い一つとっても技巧の高さが伺える。



「最近よく思うんだけどさ」


 頬を林檎のように赤らめながら、遥さんが震えた声で言う。



「君って、あたしの事めっちゃ好きだよね」

「好きでもない異性と朝シャワー同伴したりしないだろ普通」



 言ってて急に恥ずかしくなったので、急いでマグカップに注いだオニオンスープを口に含む。うん、ガッツリ濃い。個人的な好みだがスープはやっぱり濃い目が美味い。パセリもしっかり利いている。



「そうなんだけどさ、そうんなんだけれども……っ」

「なんだよ」



 世界一尊いおスネのキックが終わり、ぴとりと恒星系の足裏が俺の左足とキスをする。




「ずっと、あたしばっかりが必死だったというか、無理やり君を付き合わせてた気がするんだよ」



 全くそんな事ないんだけどな、と心の中では思いつつ彼女の耳に話を傾ける。違うよ、というのは後で良い。それがどれだけ善意に溢れた言葉だとしても、人の話を遮るってム―ブにはどうしても「相手を蔑ろにしてる」って側面を孕む。


 特に俺達オタクは、自分語りが大好きだからな。相手の話を掠め取って、知識マウントを散々披露した挙げ句、論破してる俺かっけーとか思っていた遠い過去の自分を頭の中でボコボコに殴りつけながら、俺は彼女の碧眼にゆっくりと視線を合わせ、



「その、告白したのもあたしだし、凶さんが他の女の子とお喋りしてるとすごいムキムキしちゃうし、このダンジョン入る前なんて自分でも恥ずかしいくらい取り乱しちゃって」

「(ダメだ、可愛い過ぎて今すぐにでも抱きしめたい)」


 最近はずっとこうだ。

 寝ても覚めてもこいつの事ばっかり考えて、日がな一日中一緒にいるはずなのに見飽きるどころかずっと彼女を目で追っかけている。


 白状しよう。清水凶一郎は、過去イチ燃えている。多分、付き合いたての頃の比じゃない位に強く、熱く、蒼乃遥を求めて止まないのだ。



「多分なんだけど」



 遥の話を聞き終え、会話の流れが完全にこちら側の手番ターンとなったタイミングで俺はゆっくりと切り出した。



「改めて気づいたんだと思う」

「きづいた?」


 頬を搔く。

 あぁ、恥ずかしい。俺は今、とても恥ずかしい事を言おうとしてる。



「この一カ月さ、互いに別々のダンジョンで頑張ってたわけじゃん」

「うん」

「俺は『天城』で、お前は『嫉妬』。どっちも命懸けの探索で、経験した苦労の数は……まぁ、いっぱいいっぱいだった」



 例えばそれは、『亡霊戦士』を巡る陰謀の数々だったり、

 あるいはそれは、『嫉妬』というダンジョンそのものの概念ルールだったり、



「中ボスですら手を焼いた」


 青銅の巨神兵器。

 宙を泳ぐ概念防御の鯨。



「頂きまで昇るのは、並大抵の事じゃなかった」


 辿り着いた空の果て。

 潜り抜けた嵐の絶海。



「ボス戦に至っちゃ、言わずもがなさ。奴等は総じて規格外クソッタレだった」


 

 “偽史統合神殿”『オリュンポス・ディオス』――――“外れ”にして“突然変異体”を併せ持つ前代未聞の“混成接続突然変異体カオス・イリーガル”。

 並行世界の可能性カケラの中から選りすぐりの個体パーツをかき集め、かつての主達を模した十二の兵器カミを自在に操り統べたあの逆さ城との戦いは、誇張でも何でもなく一つの神話との戦いだった。


 フェイズ毎のギミック、十二の偽神達がそれぞれ用いた固有スキルの数々、更にオリュンポス本体の神格へいきぶん投げスキルや、ゲーム時代にはなかった覚醒変身、それにタロスやらガイアの召喚体やらのトークンまで勘定に入れると、そのスキル総数は優に



 何ソレって感じだ。ゲームとして見ても、現実側の視点で測ったとしても、議論の余地なくクソゲーである。


 沢山の人の力を借りて、過去の死者にんげんの力まで借りて、それでようやく――――本当に紙一重の所で勝つ事の出来たあの“杞憂非天”の怪物を俺は生涯忘れない。


 ……まぁどれだけ忘れたくても、花音さんと行動を共にしていれば嫌でも天啓アレと顔を付き合わせる事になるわけなのだがそれはさておき、一方の『嫉妬』のボス『レヴィアタン』はというと、“彼女”はある意味オリュンポスの位置にいるボスだった。



 “嫉妬之女帝”『レヴィアタン』――――全四十層からなるダンジョン『嫉妬』の最奥“絶海零度”を統べる彼女の位階ランク亜神級最上位スプレマシ―。つまりあの逆さ城と同格である。

 だが、オリュンポス・ディオスが“混成接続突然変異体”という無二の進化を遂げた果てにあの領域へと達したのに対し、彼女は下がった結果の亜神級最上位。


 つまり、元は真神の領域にいた魔王。

 それがレヴィアタンという存在を最も端的に表す肩書だと俺は思う。



 (実際に相対したわけではないので、ゲーム知識と旦那達からの伝聞からの推測という形になるが)レヴィアタンの基本的なスキル構成はそう多くはない。総数はオリュンポスの十分の一以下。流石に片手とまではいかないが、両手で十分に数えられる程度の数である。



 また、概念ルールを操る魔族系統の王の一角であるにも拘らず、レヴィアタン戦は非常にシンプルだ。



 レヴィアタン個人としての形態モードは、通常と最終のたった二つ。

 未知の変貌を遂げたり何やりした“邪龍王”よりも数は少ない。



 オリュンポスの“フェイズ”に該当するようなステージギミックも特になく、ただ“絶海零度”を泳ぐ彼女と正面からぶつかり合う――――ただ、それだけだ。



 ――――だというのに、Aチームが“絶海零度”の攻略に費やした達成時間クリアリザルトは、十六時間四十七分。



 これは三時間という<骸龍器>の制限時間リミットの中に収まったO.D戦と比べても段違いに長い。



 更に言ってしまえば、Aチーム――――つまり『嫉妬』組は、妨害手ジャマーの会津を除けばほぼ「ぼくのかんがえたさいきょうチーム」である。



 歴代最高のヒーラーであるソフィさん。

 五作目の表ルートのラスボスにして、堂々の真神の域に座するハーロット陛下。

 黒騎士の旦那は条件さえ整えば一人で星間戦争を行える規模の怪物だし、何よりもAチームには遥さんがいた。



 そんな個体スペックだけで見ればティア1とティアEXで構成されたような化物集団相手に(しかも当然ながら、旦那には俺が余すところなくレヴィアタンの情報を伝えていたのだ)、彼女はほぼ十七時間に渡って全力で戦い抜き、自ら肉壁役を買って出たハーロット陛下相手に(常時多量の分身を作り出してたとは言え)恐ろしい数の殺害武功キリングスコアを刻みつけたという。



 まさに究極生物。

 世界を塗り替える概念の力を己の中で完結させ、磨き続けた個の極致。


 もしも奴が気まぐれで蒼乃を“対象に取る”ようなミスを犯さなければ、恐らく倍以上の時間を要しただろうというのは旦那の弁だ。


 ダンジョン『天城』、ダンジョン『嫉妬』、結局どっちを選んでもクソゲーだったというわけさ。



 そうして、その中で苦難を味わいを死の可能性を間近で感じながら俺は、ふと思ったのだ。



「あぁ、俺全然お前に好きだって言えてなかったなぁって」



 気恥かしさとか、言葉にすると途端に野暮くさくなるとか、そんな思春期めいた格好つけを優先して、ここぞという時にしか言えなかった自分を今になって恥じる。



 朝ごはんを食べるこいつも、

 馬鹿な会話を楽しむこいつも、

 たまに変な事で喧嘩する時でさえ



「オリュンポスとの最終決戦でさ、一瞬だけ本当の死を受け入れかけた時に思ったんだ」



 蒼乃遥はいつだって最高に可愛かったのに。



「だからこれからはさ、ちょっとウザいかもしれないくらい言おうと思いまして」



 何を言うかって? 言うまでもないが、俺は言うぜ。はっきりとよ。




「好きだよ、遥。愛してる」



 よし、言えた。噛まずに言えた。どうだ見たかざまぁみろ。これが新生清水凶一郎様じゃい、ガハハの……



「遥さん?」



 胸倉を、掴まれた。

 茹でダコのように顔を沸騰させ、ぷるぷると震えながら半分涙目になっている恒星系が、



「ベッド」

「え?」

「今すぐベッドに直行です」



 百六十キロのストレートを投げつけてきたのだ。



「え、あの遥さん。まだお食事が済んでないし」

「後で良い」

「それにお前、昨日走って第五中間点ここまで来たばかりで疲れてるんじゃ」

「二、三時間、ほとんど音速のんびり走っただけで疲れる程遥さんはヤワじゃありません」

「いや、でもさっきもイチャイチャ」

「いいからっ!」



 “ら”の音と共に、彼女の身体から蒼色の粒子が飛び出し、



「あんなキュンなこと君に言われて、このあたしが正気でいられると思うな、ばかっ!」




 そうして俺は、半ば引きずられるようにしてダブルベッドへ向かったのである。








 これはただの幕間であり、『天城』というダンジョンにおけるある種のエピローグであり、そして俺が、蒼乃遥に三回目の告白をするまでの記録である。






―――――――――――――――――――――――



・謎もんワールドからのお知らせ


 いつも謎もんワールドをお楽しみ頂き誠にありがとうございます。現在、当ワールドの主要マスコットキャラクターである邪龍おじさん( ´_ゝ`)が、天城編後に起こった「謎もんワールドのある重大な変化」の対応に見舞われている為、中々皆様の前に姿を現す事ができません。状況が落ち着き次第、また元気な( ´_ゝ`)の姿をお見せする事ができると思いますので、( ´_ゝ`)ファンの方々はもう少しだけお待ちください。


謎もんワールド運営部より












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