第二百三十二話 あるけユピテル そのナナッ!






◆ある暗殺者から見た『天城』の物語




 それこそ最初は、喋る気などなかったのだ。

 “彼女”と言葉を交わしたあの時間はあくまで奇跡であり、例外であり、偶然であり、無二に過ぎず。



“大丈夫ですよ、虚様。あなたはきっと、凶一郎様達と仲良くできるはずですわ”



 それが些細なミスから綻びが生じ、あれよあれよという間に喋る相手が広がった。


 ナラカも、花音も、“笑う鎮魂歌”の仲間達も今となっては皆大好きだ。


 きっかけをくれた烏の王や、“最初”の話し相手になってくれた聖女には感謝しかない。



“ふぅん。ギャルゲーに興味があるのね。それならワタシにまかせんしゃい”



 だけど、やはり。あの子だけは特別だった。



“今日からはウロは、ワタシの――――”




 小さくて、自堕落で、俗に塗れたその少女は、









「師匠、師匠っ!」



 闇の帳を引き裂く赤き流星の雨。

 管のような舌を伸ばす犬の怪人。踊り狂う触手の化物。

 まるで悪夢を具現化したかのような世界の中心で、暗殺者は叫び、少女の行方を探し求めた。


 あらゆる『妨げ』を失くす必殺の魔拳が空を飛び、四方八方を彷徨う怪物達の頭蓋を叩き潰す。

 犬の化物の首が宙を舞い、十メートルを優に超える巨人達が糸の切れた人形のようにプツリと散華し、地に伏した。

 鼻孔を歪める潮騒の香り。魚の生臭さと、新鮮な死体の血生臭さを考え得る限り最悪の配合ブレンドで混ぜ合わせたかのような臭気が、暗殺者の心を余計に苛立たせる。


 獣人族の身体能力は、あらゆる面において人間という種族を凌駕する。

 純粋な膂力や脚力は言わずもがな、視覚や聴覚といった感覚器センサーに至るまで、彼等は隙がなく恵まれた生物であった。


 虚は、その中においても特にに秀でた力を秘めし神獣だ。


 並みの龍種では、歯も立たない領域にあるその肉体能力フィジカルは正しく“人外”であり、それ故に臭気の影響を誰よりも色濃く受けていた。



 臭い。臭い。臭い。臭い。


 それは虚の嫌悪する香りそのものであった。


 噎せ返るような血の臭い。

 壊れた肉塊から漂う死の芳香。


 こんなものを、あの子に嗅がせるわけにはいかなかった。


 日向の世界で生きる人間が知らなくていいものなのだ、コレは。



 空間を飛び、秒を跨ぐ度に視界の景色を変えながら、神獣の暗殺者は、屍の山を築いていく。



「師匠、師匠っ!」



 返事は無い。

 歩く屍達の呻き声が聞こえてくるばかりだ。



 ――――探偵は言った。


 自分が今こうして当たり前のように喋れているのは、“癒し手”の少女が己を「そうなるように」変えたからなのだと。


 自覚は無い。

 自分は元からこういう性格キャラクターだったのだ。

 それが偶々、この街にやって来て顕在化を果たし、身内と話せるようになった――――そう、全ては偶然の賜物であり、誰かに誘導された結果では断じてない。



 ……本当に?


 脳裏に過ぎる不安と違和感の正体が、掴めそうで掴めない。


 ――――何故、己は寡黙を貫いてきたのだ?


 ――――どうしてそれが“くだらない”に思えるようになったのか?


 かつての自分と、今の自分。ここに至るまで、矛盾なく連続的であると思っていた。思い込んでいた。思い込まされてきた……?


 分からない。何が正しくて、どこに作為の糸があったのか。

 探偵の言うように、癒し手の少女が関与した結果なのだろうか?

 あるいは蕃神坂愛否の吐いた言葉は全て出まかせに過ぎず、やはり自分は元よりこのような性格で、あの日あの瞬間、偶然仲間達に“素”を見られただけなのではなかろうか。


 後者でありたいと、暗殺者の胸の内は強く願っている。

 しかしその一方で、「これは違う」と己の影が囁くのだ。


 足元が覚束ない。自分の中の確固足る自己同一性アイデンティティが歪み、軋み、崩れていく。


 今の自分は何なのだ?

 混じり気なしの『虚』なのか、かつて『西秋院虚白』であった誰かが“加工された”姿なのか。

 分からない。分からない。分からない。分からない。



“中々筋が良いのね、ウロ。まだ粗削りじゃが、ギャルゲー愛好家としての高い素養を感じる”



 けれど、一つだけ。



“ヨシ。今日からはウロは、ワタシの弟子ね。一人前のギャルゲーマニアになるまで、ビシバシ鍛えちゃるからヨロシク”



 探偵の推理が間違っていると、



“えっ、あー、ありがとうございます、ユピテルちゃん。でもいいんっすか? 獣人ケモノなんて弟子にしたら、ギャルゲーの神様も怒っちまうんじゃないっすかね”

“なんで弟子を弟子にしたら、ギャルゲーの神様が怒るん?”

“いやだって、獣人っすよ。自虐じゃないっすけど、嫌われ者の代名詞みたいな種族カテゴリーじゃないっすか、俺ら”



 断言できる事があった。



“? 弟子が見どころのあるやつって事と、弟子の耳がもふもふしてる事の間になんの関係があるんけ?”


 確かにきっかけは、“癒し手”の少女だったのかもしれない。


 彼女の持つ正体不明の特別な力が作用した結果、自分は今の自分になったのだという指摘を完全に否定する事は残念ながら不可能だ。



“ご先祖様が悪い人だったら、弟子と仲良くしちゃいけないの? ワタシ達は知りもしない過去ダレカに気をつかって『もふもふした人達』をいじめなきゃダメなの?”



 しかし、けれども、そんなモノはクソ喰らえだと心の底から言いきれるほどに、



“ワタシは、仲良くする人自分で決めるよ。それが自由ってもんでショ”



 たった一人の小さな友人に救われたのだ。


 拳を振るう。音を越えて彼方まで飛翔する“遠当て”の乱打は、怪物達の群体を穿ち、貫き、壊していく。



 ――――探偵の癖に、恩人ハンニンを違えるとは、何事か。


 全てを見通せるというのなら、アンタは一体俺の何を見てきたというのだ。


 それは大した言葉じゃなくて。

 言った本人すらも覚えていない他愛のない会話で。

 血に塗れた己にはまるで相応しくない優しく愚かな勘違いではあるけれど、



 自分は、己は、俺は



「師匠っ! ユピテル師匠っ!」



 あの小さく、どこまでも自由な少女の無邪気さに助けられたのだ。


 劇的なきっかけではないし、人によっては「そんな事で?」と首を傾げたくなるような、そんなやり取りがたまらなく嬉しかったのだ。



 その時感じた微かな光を、他の誰かの手がらのように語られたくは無かった。

 まるで今の自分が悲劇の犠牲者のように扱われるのが我慢できなかった。


 あぁ、全く。何を勘違いしていやがる。

 幸せなのだ、虚という男は。

 過去は暗く、求めたつがいは訪れず、今の自分が誰かに変えられた結果なのだとしても、それでも、



「――――ッ!」



 この刹那には、沢山の幸福が詰まっているのだ。


 救世主による壮麗な救済でも、

 桜髪の少女が至ったような伝説的な覚醒でもない。

 言った本人ですら忘れているような、小さな優しさがここには沢山あって、だから――――






「キェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ――――――――――――――――ッ!」









 白色の雷光が煌めいた。

 闇夜の帳。赤い流星の雨。

 それら全てを置き去りにするかのような強靭で鮮烈な白の輝きが一条の閃光となって、悪夢の迷宮を飛翔する。


 ……そうだ。彼女は誰よりも霊力の探知に長けている。

 数十キロの距離からも正確に他者を見分けるその力を活用すればさもありなん。

 迷子センターで遊んでいても違和感のない容姿をしている小さな彼女が、実のところ、最も人探しに適していて、



「弟子、めっけっ!」



 誰よりも早く、駆けつけてくれるのだ。



 近づいてくる、巨大な人影が。

 銀髪の少女を背中の『球形霊力壁バリアスフィア』に乗せた三メートル大の巨人が、白き雷光を迸らせながら、天を舞う。


 その神聖なる光に寄せられて、翼を持った異形の怪物達が群れをなして近づくも恐るるに足らず。光の巨人が肢体を構え、咆哮と共に拳を振るった次の瞬間、虚の視界に数千に分かたれた神白の雷刃が、天地に蔓延る異形の存在をことごとく溶断。



 流星の雨がより強大なエネルギーの刃の前に裂かれ、化物達は腐臭すらも残らぬ程の熱量で溶かされていく。



 まさにそれは、雷帝の降臨だった。

 威風堂々とした佇まい。悪鬼羅刹を許さない純然たる粛清者としての相貌。

 そしてその巨人の姿は、晴々する程美しい――――




◆◆◆第六天満破界砲撃手・清水ユピテル





 美しい全裸フル○ンであった!


 当然、前が全裸フル○ンならば、後ろは尻穴シリアスである!

 


 具現化した悪夢の世界を己の拳撃と神の白雷で蹂躙していく全裸の老神ジジイッ!



 口元から顎下にかけて立派な白髭を蓄え、異形の存在相手に無双する様はさながら旧き神ノーデンスの如し!



 白き雷による全包囲攻撃オールレンジブリッツに隙は無く、嵐のような超音速拳撃ソニックブームの錬度は虚をして神域マジパネェと言わしめる程の次元にある。



 視界全てに亜神級最上位スプレマシ―級の識別砲撃を放ち、白雷を纏った神の拳で行く手を阻む者を片っ端からなぎ倒していく謎の老神ジジイ



 デウス・エクス・マキナを体現したかのようなこの光の巨人の正体こそが――――


「いっちゃれ、ゼウス! 汚物はまとめてぽぽいのぽいジャッ!」

「NuuN!」




 そう。これこそが、<偽典:全能神の威光ゼウス:レプリカント>。


 “外れ”にして“突然変異体”、十二の神域を統べし“偽史統合神殿”を踏破した英雄に与えられた“混成接続突然変異体カオス・イリーガル”産の天啓が一角である。



 オリュンポス・ディオス産の天啓は、ゴリラの<外来天敵テュポーン>を筆頭として、軒並み多機能で複雑な性能を持つ。


 しかし、少女に宿った天啓は、その中において異彩と言っても良い程に単純シンプルな構造であった。



 

 <偽典:全能神の威光>の権能は突き詰めてしまえば、たった一つだ。



 やたらめったら強い老神ジジイを召喚し、使役する――――天啓の等級さえ考慮にいれなければ、一般的な召喚系レガリアと相違のない能力であり、当初はユピテルも「天啓まで爆死ジャネーカッ!」と奇声を上げて憤慨したものである。



 だがその認識が大きく間違っていた事にユピテルが気がついたのは、仮想空間で試し撃ちを行って直ぐの事だった。



 それはさながらゴリラと<骸龍器ザッハーク>の関係性のように、<偽典:全能神の威光>は、少女の持つ致命的な欠点を完全に解消する力を有していたのだ。



 ユピテルの弱点は主に二つある。


 第一に、ユピテル本人の肉体性能の弱さ。

 そして第二に、彼女をパーティー運用するに辺って必ず誰かと組まなければならず、彼女と相棒になった相手は、少なからずユピテルという重りをお守りしなければならないという弱体化デバフを受けならず、これがパーティー構成の自由度を大幅に下げていた部分もあった。



 音の世界での戦闘が当たり前のように展開される“烏合の王冠”というクランにおいて、50メートル走13秒台の少女は言うまでもなく運動音痴ウンチであった。

 


 故にユピテルの運用は、黒騎士の首なし馬車やナラカのファフニールを用いた“移動砲台”、あるいはゴリラやクジラちゃんにおんぶして貰った状態での装備品アクセサリー扱いが主流となっていたが、これらはいずれも特定のパーティーメンバーの存在や、おんぶ相手への負担といったデメリットが存在する。



 まさにおんぶに抱っこ。


 だからゴリラは、「鍛えろ歩けユピテル」とアホみたいに言っていたのだ。



 しかし少女は、これらの弱点をあまりにも斜め上の方法で克服したのだ。



  <偽典:全能神の威光>によって召喚されたオリュンポス・ディオス産のゼウスは、召喚者を背中の『球形霊力壁バリアスフィア』に取り込む事で、主の身をあらゆる災厄から守る事が出来る。



 言うなれば巨大ロボットのようなものだ。


 全裸の老神ジジイスタイルの巨大ロボットがユピテルの身を守り、そして勝手に戦ってくれるのである。



 まさに楽チンチンチンといって差支えがない。

 苦手な近接戦は全部この全裸フル○チン老神ジジイがやってくれて、その間少女は、暢気にゲームでもやっていれば――――




「爆死シロ、<災厄を齎す者カラミティブリンガー>ッ!」



 否、否である。ユピテルの本領は半径数十キロ範囲にも及ぶ人外領域の鏖殺範囲キリングゾーンにこそある。



 少女の奇声と共に、各地で巻き起こる流星落下の大災害。

 視界を埋め尽くす神の白雷。

 視界外の敵を捕食する畜生の黒雷。

 そして各地で頻発する重力波を帯びた巨大隕石の一斉落下によって、悪夢の迷宮は正真正銘の地獄へと化した。



「弟子っ!」



 一人終末戦争ハルマゲドンの少女は言った。



「ここに来る途中に出口っぽいところみつけた! ふつーワープだと、ちょっと時間かかると思うからこっち乗ってっ!」

「師匠……」



 まさか師匠におんぶしてもらう日が来るとは思わなかった虚は、ここまでの葛藤と少女への熱い尊敬リスペクトが込み上げて来て、つい自然と笑みが零れかけたのだが、しかし――――



「あの師匠、乗るっていってもどこから入るんっすか、コレ」



 入口らしきところは見当たらない。『虚空』を使ったワープで侵入を試みようにも、ゼウスの『球形霊力壁バリアスフィア』はあまり大きくは無い。

 入り方を間違えれば師匠を傷つける恐れがある為、出来れば裏口ではなく正門から入りたいところなのだが――――



「弟子」



 珍しく躊躇いがちに少女は老神ゼウスの後ろへ回るようにと指示を下した。



「あの、師匠。指示通りお爺さんの後ろに回りましたが、やっぱり入口なんてないっすよ」

「……いや、あるじゃろ。一個だけ入口に相当する穴が」 

「えー? そんなものないっすよー。あー、まさかこの期に及んでおしりの中が入口なんて笑える冗談を……」



 悪寒が走る。

 それは根源的な恐怖であった。

 少女は真顔である。とても真剣な顔をしていて、同時に何かを憂いていた。



「弟子。おっきな力を扱う為には、それなりの代償が必要なのよ」


 声音はシリアス。しかし、身体を反らせながら少女が見ていた視線の先は、グラビアアイドル顔負けのぷりぷりとした老神ジジイ尻穴シリアス



「出来る事なら使いとうなかった。だけど歩くよりは……マシだった」

「師匠、嘘ですよね」

「ダイジョウビ。ばっちくはない。ばっちくはないから」



 そういう問題ではなかった。

 精霊の肉体だから綺麗だとか、召喚される毎に肉体情報がリセットされるからとかそんな物理的な問題ではなく、



「いやっすよ俺! 可愛い女の子ならまだしも爺さんのアレに顔を突っ込むなんてそんなのっ!」

「弟子、ワタシは真面目シリアスな話をしてるのよ。茶化さないで」

尻穴シリアスな話でしょうがっ! 百パーセント純然たる尻穴シリアスストーリー……ていうか尻穴そのものでしょうよぉっ!」



 召喚体のゼウス神がゆっくりとこちら側へと振り返る。

 その双眸は、まさに修羅。

 戦いを生業とする者特有の乾いた冷たさを、虚はゼウス神の瞳から感じ取った。



「なんっすか、おジイさん。言いたい事でもあるんっすか」



 召喚型の天啓の中には、稀に自我があるかのように振舞う個体があるのだと、烏の王が言っていた。


 もしかしたら、ゼウス神も「そのタイプ」なのだろうか?



 だとしたらさぞやご立腹だろう。なにせ主が自分の尻穴シリアスな話を延々とかましてくるのだから。もしも自分が彼の立場だったらきっと、文句の一つや二つは吐き出していた事だろう。



「Co」



 ゆっくりと、ゼウス神の口が開く。



 曲がりなりにも全能の神と讃えられた神格の再現体が、一体この場で何を語るのか。

 悪夢の迷宮の中心で、人間達が固唾を見守る中、ゼウス神は、鳴動する重機のような低音で、厳かに――――。









Come on Babyこいよ、ベイビー Open your eyes.目をかっぽじってな







◆清水家・ユピテルの部屋(エピローグ)




「…………」



 床に寝そべりながら、不機嫌な顔で天井を睨む。


 最早、奇声を上げる気力すらない。

 とにかく大変な一日だった。


 ガチャで爆死をして、弟子が来て、おっぱいが襲ってきて、苦し紛れの嘘をついてみんなでソフィちゃんに会いに行った。

 ソフィちゃんとのお喋りはとっても楽しかった。『天城』組のメンバーと違ってまだ寝食を共にした経験こそないものの、すっごく優しくて良い子で、きっとすぐに仲良くなれるに違いないと心の底から思う事ができた。


 そして、みんなで一緒にファミレスへ行って、ぽてぷっちとかお子様ランチを食べた。レコーディングを頑張っていたソフィちゃんも途中で合流して、ちょっとしたパーティー気分を楽しんだ後、ついさっき解散したばかりなのだが……



「(なんでこんなに疲れとるん?)」



 どうにもこなしたイベントの種類と、実際の疲れが釣り合わない。

 今日の出来事を要約すると、ただソフィちゃんとお喋りして、帰りにお子様ランチを食べただけである。

 言うまでもなく、諸々の移動は全部おんぶだ。疲れる要素など何ひとつない。


「(おかしい……)」


 だというのに、この全身を駆け巡る疲労の類は何なのか。まるで、沈む夕日を背景に全力でフルマラソンを行ったかのような疲れだ。フルマラソンなど、走った事もないが。

 幾ら己の身体が底知れない運動音痴ウンチとはいえ、流石にあの程度の運動量でおかしい。


 おかしいと言えば、レストランでの食事の最中に妙なものを拾った。



 ゴシック体のシンプルな文字で、“異能探偵機構SHERLOCK”と書かれた名刺が三枚落ちていた――――というか、気づいたらテーブルの上に置いてあったのだ。



 “異能探偵機構SHERLOCK”といえば、桜花五大クランが一角、即ち最奥手である。しかし“神々の黄昏”や、少女の古巣である“燃える冰剣”、あるいはなんか悪い事してるらしい“烈日の円卓”等と違い“烏合の王冠”とは全く無関係のクランである。



 そんな謎組織のそれもボスっぽい人の物と思われる名刺には、「三人とも、合格よ」という文言と探偵の連絡先が書いてあった。

 全くもって意味不明イミフである。あまりにも不気味過ぎて逆に持って帰ってしまったくらいだ。


 不自然すぎる疲れ、謎の名刺、つい食べ過ぎて膨れ上がったお腹。



「それもこれも元を辿れば、お前のせいじゃい」


 スマホの画面に映し出されたソーシャルゲームアプリを睨みつけながら文句を言う。

 ガチャ。

 ソシャゲの肝であり、花型であり、そして最強の引退要因である。


 結局お目当てのキャラは当たらなかった。課金はしていない。何故かファミレスを出た時から、「今日はお金降ろさなくても良いや」という変な勘が働いたからだ。



「(といってもお金出さなきゃ、ガチャ回せないわけなんだが)」



 中にはゴリラのようにアホみたいな轟運で、無課金ライフを送る“じゃちぼうくん”もいるわけだが、少女はそうではない。

 お金を払ったって出ないものが、いわんや無料ガチャ分で出るはずがないわけで、ホラ試しに回してみたら……。



「え」



 目を疑った。ヤケクソ気味に、ガチャを回した瞬間、スマホの画面が虹色の輝きと、盛大なファンファーレに包まれて、



「……たまには良い事もあるもんだ」




 映し出されたガチャのリザルト画面を見て、少女はその日初めて笑ったのであった。





―――――――――――――――――――――――



・というわけで、これにて「歩けユピテル」完結にございますっ!

次回からはゴリラと遥さんがメインを「The third confession」をお送りいたします。特に休みとか挟まずこのまま通常更新で進めて参りますのでお楽しみにっ!


また、チビちゃん関連だと8月に書籍版3巻が出ます。こちら、ウェブ版から倍以上の書き下ろしと、膨大な新情報を引っ提げてお送りするユピテル編の「トゥルールート」となっております。「俗物狂詩曲」や「歩けユピテル」は、この反動で生まれたようなものなので、是非その目で黒雷の少女の真実を確かめてみてください(一部サイトでは、早速予約が始まったみたいです)。ユピテルにとってのポイントオブノーリターンや、敗者なき地平線、「        」の熱量で書かせて頂いたとっても熱い巻となっております!


それでは、次回の更新でまたお会い致しましょうっ! ではではっ!



 

歩けユピテル

おしり







 

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