第二百七話 遥遠く(4)
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第五番神域『怨讐愛歌』
ある意味において、罰せられることは幸せなのだ。
誰かを傷つけたのならこう、物を盗めばこう。罰に応じたそれらの報いは往々にして痛く、苦しく、だからこそ
それはまさに因果の応報。
善行にも悪行にも等しく相応しき報いあれと望む人の性。
火荊ナラカは罪を犯した。
彼の心を踏みにじり、傷つけた。
そしてその罪は裁かれる事なく、あまつさえ
何という浅ましさだろうか。
何も償わず、それどころか自らが傷つけた彼の心を今度は欲しいと
誰も罰しない。
彼も、法も、パーティーの仲間達も決して自分を責め立てない。
それが辛かった。まだ嫌われた方がマシだと思える位、彼の優しさが嬉しくって、痛かった。
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第十番神域『物換星移』
……だから、だろうか。
今のように、我が身を削りながら奔走する一瞬が、何故だか無性に愛おしい。
怪物達の軍勢と戦い、星の海を翔け、混沌の具現に辛酸を飲む。
次元を渡る太陽と月の偽龍達。音よりも速く飛ぶ彼等との追走劇は、徐々に、しかし確実に彼女の身体に
鮮血が飛び、骨が軋む。肉体再生の炎術をかけ直した数は、最早両手では収まりきらない。ファフニールの
神域内の味方へ被害を及ばぬようにと
────それが、嬉しかった。この役割が困難で、割に合わず、“私”を苦しめれば苦しめる程、火荊ナラカは救われていく。
双龍を抑え、仲間を守り、彼を支える。
血が流れる度に、昔の自分が消えていく気がした。
我が身を盾として、友人達を庇う時、少しだけ心が満たされた。
「(惨めだわ、本当に)」
こんなことをしたところであの時、彼を傷つけた罪は消え去らない。
全ては錯覚だ。無茶をして、無理をして、誰かのために自分が傷つけば、それが贖罪になると脳が勝手に誤認する。
だからといってアタシの
今もまだ、
────結局のところ、どこまでいっても火荊ナラカは自分勝手なのだ。勝手に振る舞い、勝手に好きになって、勝手に傷ついている。
こんな可愛くない女、
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第九番神域『混沌空亡』
繰り返す。繰り返す。終わらない
超音速の世界で生きる者達にとって、一秒という時間はあまりにも
三界を跨る二柱の龍達を、一人と一匹で追い続ける終わりなき追跡戦。
その“終わりなさ”を終わらせる方法は、主だったものとして二つある。
一つは、周回の中で
そして二つ目は、双龍達に一定以上の
双方共に利点があり、難点もある。
少女の選択は後者だった。いや、後者を選ばざるを得なかったというべきか。
その理由は明白だ。だって、双龍の片割れは
権能『太陽神の天輪』。天陽龍アポロが保有する
一方的に相手を圧したければ『反射』、
焔を操る少女からしてみれば、その相性はいうまでもなく最悪だ。そしてナラカが何よりも気に入らなかったのは、この敵が、今の
火荊ナラカは、極めて能力値の高いオールラウンダーである。突出した熱術、龍の肉体、ドラゴンの召喚、その気になれば自己再生も可能だし、更には戦術そのものが覆る程の絶大な切り札をも有している。
その切り札はアポロの『太陽神の天輪』をも焼き尽くす火力を秘めていた。
『無効化』や『無敵状態』に代表される
全ての
そしてナラカの切り札は──あの敗者なき地平線の果てに得た
無駄に傷を負うことも、
思うがままに力を振るえばそれだけで、彼女の愛する勝利が手に入る。
────ただし、味方の命か、あるいはみんなで考えた
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第五番神域『怨讐愛歌』
大いなる力は、災害を生む。仮想空間での戦いが如実に示しているように、今の少女の『全力』は、比喩ではなく世界を焼き尽くす。
ナラカの術式は、ユピテルの黒雷程の緻密さを持たない。
崩界級の破壊現象を一筋の閃光として纏め上げるだけの集束性を持たず、同規模の事象を引き起こそうと試みれば、先に
味方をも巻き込む獄炎など、パーティー戦においては論ずるに値しない。
ならば、神域から味方を追い出し、神域の守護者ごと双龍達を焼き尽くせばどうか?
結論からいえば、これも下策である。
何故ならば
第一陣の四神なきあと、残された枠は三つ。
そして
先んじて次元を渡る兄妹龍達を屠り、余った一枠を
……いや、こと今に至っても火荊ナラカは、個人主義者だ。
彼女の
長い旅を経て、少しだけ身内の幅が広がっただけなのだ。
だが、その“少し”が彼女の暴走を差し止める。
ここへ来る前の──それは最早思い出せないくらい昔のことのように思えた──彼女であれば、作戦はおろか仲間を燃やすことすら厭わずに獄炎の焔を繰り出したいたことだろう。
逃げる暇なく、防ぐ余地なく世界を焦がす深紅の龍炎。
しかし、その力を行使する“アタシ”にはいつの間にか見えない枷がついていて。
弱い己を変えようとする者。道化の舞台を降りて、自分達の尊厳を取り戻そうとする人間達。未だに良く分からない男もいれば、人と珍獣の狭間をいく不思議な少女。
苦難があって、激突があって、和解があって、そうやって色々な奴等が少しずつ積み上げた先に今があるのだ。
その結晶を、自分一人の癇癪で壊すことなど出来なかった。
何よりもこれは、彼の望んだユメなのだ。
ずっと傷ついて、アタシが傷つけた彼が真に望んだ、ただ一つの
叶えてあげたくなるじゃないか。
見せてやりたくなるじゃないか。
彼の望むものを/彼を傷つけたアタシが。
だから、つまり。
これはアタシの贖罪で、
そして彼に捧げる愛なのだ。
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第十番神域『物換星移』
切り札を自ら封じたナラカのダメージ源は、概ねにおいて近接戦に限られた。
時に龍の背に乗り、あるいは己が背と足の双方に焔の翼をはためかせて。
アポロには打撃を、ディアナには熱を。天陽龍の『吸収』と『反射』の切り替えに注意を払いつつ、殲月龍の『光線矢』を避けながら、音を越えた世界で永遠の刹那を削り合う。
絶対に味方の元へは向かわせない。傷ついた身体は熱術で癒し、時には肉を喰らわせてでも骨を断つ。
視界がぼやけたのは一度や二度じゃない。
霊力の消耗も著しい。
召喚、熱術、回復、そして雑務のために割いた分も含めた霊力の消費総量は、間違いなくパーティー内最多だ。
『
「(問題ないわ)」
強がりなんかじゃない。だって、誰もアタシを見ていないんだから。
「(疲れてきてるのはお互い様。他の化け物達も加わる分だけアタシの方が不利だけど、それくらい丁度いいハンデよ)」
そう、自分に言い聞かせながら何度でも立ち上がり、敵の懐へ食らいつく。
「(ほんと、アタシって良い女よね)」
一度として、仲間達を襲わせはしなかった。どこまでも完璧に守り抜いた。
「(強くて、賢くて、おまけに一途。今ならどんな男でも落とせそうだわぁ)」
思ってもいない皮肉だ。自分は可愛くないし、そもそも他のオスなど求めていない。
ともすれば、彼の愛すら拒絶できる。
「(嘘よ。欲しいに決まってるじゃない)」
錯綜する精神。短い間に何度も壊された
あぁ、それでも
「(これでいい)」
星の光が肩口を貫いた。
「(たとえあの女が遠くても、今のアタシの位置がマイナスなんだとしても)」
足元より噴出した爆炎を推進力に変えて、天陽龍の翼に爪を立てる。
「(アタシは、罪を償って)」
背後から飛んできた殲月龍の『閃光矢』が内腿を居抜き、たまらずファフニールの元へと退いた。傷口を照らす焔の輝き。そして身体と心がまたズレる。
「(そしていつか胸を張って堂々と、アンタにこの
ディアナの頭上に月が満ちる。開かれる次元の扉。半ば機械的に、双子龍の後を追い
「(あぁ、でも叶うのならば)」
この『
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第九番神域『混沌空亡』
「よう
それは、どんなに──。
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後、本日(現時点ではまだですが)とても嬉しいお知らせが電撃の新文芸様づてに出来ると思いますので気になる方は夕方以降に私のツイッターの方をチェックしてみてください~!
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