第百九十七話 俗物狂詩曲(中編)
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城』最終層・杞憂非天・第一神域『万物平定』:『破界砲撃手』:清水ユピテル
相殺。
端的に言えば、この宙域におけるユピテルの役割はこの二文字にこそあった。
天高く聳える窓なき壁と、そのはるか彼方に浮かぶ灰色の空。
余人では到底届きえぬ
「きぇええええええええええええええええええええええええええええっ!」
それは、怪物達の巣窟である“烏合の王冠”の中においてなお、この少女にしか為し得ない偉業であった。
例えば黒鋼の騎士であれば、この局面を“法則の吸収”や“現実事象の書き換え”という形で乗り越えただろう。
不死の吸血妃は、持ち前の創造能力で
恒星の剣術使いは、まさしく理外だ。
勘だとか、覚醒だとか、兎に角相手からしてみれば憤懣やる方ない理不尽が波濤の如く押し寄せて、気づいた時には必ず勝つ。そういう化物なのだ、あの
けれどユピテルは、違う。
天啓の力でも、真神の神威でも、ましてや理外の力でも無くて、ただ論理的に、淡々と、全てを計算しながら処しているのだ。
数十キロメートルにも及ぶ霊的感応値。
三桁の『噴出点』と『
そして何よりも少女は視えていた。
過去ではない。未来でもない。今この瞬間に発生しているあらゆる霊力の
だから少女は撃ち落とせる。
秒間数百にも及ぶ
それは第六感の戦争であった。
肉体ではなく、精神の削り合い。
空間を越えあらゆるモノを焼き尽くす神の白雷を、瘴気を纏いし俗物の黒雷が喰らい続ける。
その一連の攻防は、優に音の速度を越えていた。
普段は歩く事すら面倒くさがり、今もこうしてアズールの背中のおんぶ紐にぶら下がっている少女の
雷使いにとって電気信号で動く思考の宮殿を操る事など実に容易い。
ましてや少女は幼少の
その霊覚の鋭さは、至高神を前にしても決して劣らず、どころか――――
「(おかしいな)」
至高神の放つ嵐と火焔の豪拳を、五つ首の魔犬士が迎え撃つ。五つの口腔より放たれる蒼黒の閃光。傍らに控える三体の『亡霊戦士』が、神の霊力を歪曲する調律音を放ち、ゼウス神の進撃に歯止めをかける。
更にその背後からは、別の『亡霊戦士』隊を率いる納戸の姿が
『ヘカトンケイル』の力で呼び起こした無数の腕から放たれる神速の槍術。支援役の『亡霊戦士』達の強化術式の援護を受けた彼の膂力は、全能の偽神といえども無視できない領域まで高まっていた。
「きばれよ納戸ォ! ここでヘタレたら漢足りえん!」
「ふっ。よもや魔法少女のコスプレに執心しているお前に、漢を語られる日がくるとはな」
「ぬはは、矛盾などないさ。魔法少女の出で立ちを好み、ふわふわのドレスに心焦がれる在り方であろうとも、俺は漢よ。
彼等は必死に喰らいついていた。
幾ら半面である雷を抑えようとも、ゼウスは亜神級上位種相当の
《
「【
「破ッ!」
だがどうだ、現実は。彼等はものの見事に至高神の動きに応じているではないか。
五つ首の魔犬士による重量級の熱術の放射と、白装束の槍使いの武装型
『亡霊戦士』による支援と、事前に仕入れたゼウス神の【攻略情報】、そして彼の神との相対に特化した都合数万の
納戸の持つ魔槍の
常に前後を囲いながら、至高神の神威を抑える。抑える抑え続ける。
「(おかしいぜ)」
その光景を霊覚で視ていたユピテルは、自身の“おかしさ”に気づき始めたのだ。
不調、ではない。
むしろベクトルとしては真逆。
「(ワタシ、いつもよりも
イメージが湧き上がる。この宙域で起こる何もかもが視える。
元より少女には並み外れた感応力が備わっていた。
だから今までも、視えてはいた。視えてはいたのだ。
だが、この感覚は
「(違げぇ)」
違うのだ。
何かが違うのだ。
敵の手が数手先まで視える。ゼウス神が無数の『
だから先回り出来る。先回り出来るから余裕が生まれる。そして余裕が生まれるから。
「《貫いて》」
地上にいる本体を穿つ事が出来るのだ。
天空より放たれた一筋の黒雷。空を燃やす漆黒の螺旋が天空神の眉間に突き刺さる。
「NuuN……」
その一閃に、ゼウス神が揺らめいた。
雷神であり、
「ナイス嬢ちゃん! 納戸、行くぞ!」
「応」
突如として湧きあがった絶好の
ここぞとばかりに<
だが
「Ta……wake」
無論、この程度の窮地で終わる至高神ではなかった。
彼は即座に体勢を立て直し、己が身体に回転を加えながら数多の天災を換装していく。
嵐を起こし、劫火を放ち、流体の刃が空間を切り裂いて、殺意に塗れた大地が八方向に隆起する。
暴力と武術と神威の三重奏。
まるで格の違いを見せつけるかのように、神の御業が納戸達の攻撃機会を叩き潰した。
後退する二人の戦士。
主達の退路を開く為に犠牲になる六体の亡霊達。
それは一見すると、これまでの焼き直しのようにみえた。
結果だけを記すのであれば、成る程確かにゼウス神が圧倒し、彼等は好機を逃してあえなく退却。言い訳の余地なく、これが事実である。
しかし
「《さんかい、貫いて》」
今度は三度、黒雷がゼウス神を貫いた。
爆ぜる雷鳴。蔓延する瘴気。
無理な体勢から大技を連打したツケがここに来て響く。
隙が綻びを生み、綻びから生じた穴を埋める為の行動が、更なる隙を生む。
少女達にとっては、良き流れ。
ゼウスからしてみれば、最悪のスパイラル。
「Oooooo!」
悪しき連鎖を止めるべく、ゼウス神はこれまでの倍の『霊力経路』を伸ばした。
総量の三倍がけ。八百を越える雷の波状攻撃は、さしものゼウス神と言えども相応の負担を強いられる諸刃の剣だ。
だが、しかしその威力と数は絶大。
いかに少女が優れた使い手であろうとも、これまで互角の勝負を演じてきた相手の手数が三倍に膨れ上がれば後手は必死。
そうなれば有象無象はあえなく滅び、後は残った少女を捻り潰せば終わりだと
「《いっぱい分かれて》」
思い至った渾身の八百連撃が、
何故、と自我なき偽神の中に眠る何かが訴えかける。
手段は分かる。
天空に浮かび上がる巨大な
高速で回転する全長数十メートルの
だが、彼には
己が全神経を集中し、普段の三倍量の『霊力経路』と『噴出点』を形成し終えたその時には、アレは生まれていた。そして【威力、タイミング、ベクトル、攻撃特性、その他あらゆる要素を八百に分けた白雷】を完璧に抑え込んだ、……これが事実である。たった一つの、あまりにも非現実的な、事実。
それは最早、ゼウス神の攻撃を知っていたという次元の話ではなかった。
今も未来も完璧に全てが視えていなければ為しえない偉業であり異形。
何だ? 私は何と戦っている?
刹那の瞬間、至高神が抱いた恐れにも似た疑問符。
「(わっかんねぇ。ワタシのからだ、どうなってやがる)」
図らずもそれと同様の感想を当の、少女自身も感じていた。
原理は分からない。だが、読めるのだ。何もかもが読めるのだ。
霊覚が
筆舌に尽くしがたい感覚ではある。敢えて言うなら
だが、アレが可能性を識別するシミュレーションの賜物であるのに対し、少女のソレはもっと冷たく、合理的で、そして絶対だ。
選択肢はない。たらればの介入する余地は微塵もない。ただ現実の霊力を視て、そこから導き出された【結果】に沿って行動を算出する――――霊力の流れに特化した【世界の俯瞰】とも呼ぶべきこの境地に何故己が達したのか少女には分からなかった。分からなかったが
「(どんどん、しんかしていく)」
己が研ぎ澄まされていく感覚だけは、絶対だった。
読める。読める。この空間で行われるあらゆる霊力の今と未来が読めていく。
そしてその【俯瞰】の精度が秒刻みで上がっていくのだ。
始めは朧気だった感覚が、輪郭を帯び、実感に繋がり、確信から革新へと昇華する。
「おい、嬢ちゃん」
「なんと」
戦士達は呆然とする。急激に急速に少女の攻撃が至高神を貫くようになったからだ。
彼が全能の力を振るおうとも、あるいは幾百の雷鳴を轟かせようとも、その全てを先読みしてから打ち消して、淡々と、しかしながら確実に瘴気の雷を当てていく黒雷の少女。
「(なんか、わかんないけど)」
そしてユピテルが無尽の高揚感に包まれた次の瞬間
「(楽しい……!)」
◆◆◆
「やれやれ。まさか“ガチャを回したい”というその一心だけで、ここまでやって来る人間がいようとは……流石の私も少々びっくりです」
世界が真白に染め上がった。
―――――――――――――――――――――――
明けましておめでとうございます!
今年も一年よろしくお願い致します!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます