第百六十三話 女王違い






◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう




 翌日、俺は元“笑う鎮魂歌”三派閥の代表それぞれに、第六中間点へ到達した旨を伝えた。



 それに対する三人のボスの反応は、それぞれ三者三様。



 革新派BLUEを纏めるアズ―ルさんは、我が事のように喜び、自警団組織レッド・ガーディアンの長であるヒイロさんは俺達の身を案じ、そして中道派のファンさんは心の底からどうでもよさげに「おめでとう」と書かれた色紙を寄贈してくれた。



 ……で、なんやかんやあって三勢力全員と会う機会を設けてさ、そこで俺が「なるべく早く最終中間点を取りたい」とお伺いを立てたら奴等どんな態度に出やがったと思う?


 いつも通り、やいのやいのと揉め始めたんだよ。



 あまりにもくだらな過ぎるので割愛するが、「やれ、○○は協力しない」だとか、かれ「××の作戦を実行するのには時間がかかる」とか、そんな感じのアレ。



 相変わらずのしゃべるウ○コっぷりに内心ブチ切れそうになっていた俺ちゃんであるが、幸いなことに今回は優秀な副官様がついて来てくれたおかげで、胃薬の消費を一本に抑える事に成功。いやー、全くナラカ様様だね。




「良く聞きなさいお馬鹿さん達。アタシ達はアンタ達のいざこざなんて本当はどうでもいいの。この街がどうなろうと、アンタ達の誰が死のうと所詮は他人事よ。“亡霊戦士”? 知ったこっちゃないわ。高々ちょっと名の知れたクランのメンバーがやられた位でアタシ達がひるむわけないでしょ。その気になれば今日の午前中にパパッと『最終』取ってもいいわけよ。

 だけどアタシ達はそれをしない。何でだか分かる? 分かるわよね。分からないとは言わせないわ。アンタ達は、ウチのリーダーのおなさけで支配者ごっこが出来てたのよ。その事実コトを弁えずにこれ以上縄張り争いを続けたいのなら、えぇ良いわ、思う存分好きなだけ身内同士で吠えてなさい。いずれにせよ、アタシ達は四日後には出発するから。ってもっても後四日。それがアンタ達に残された猶予だって事をゆめゆめ忘れるんじゃないわよ端役共」



 

 ……様を何個つけても足りねぇや。


 もう俺含めて周りみんな、ぽかーんよ。


 だってもう圧倒的なんだもん。小鳥たちの井戸端会議にドラゴンがやって来た位の戦力差。

北風からの太陽ならぬ、太陽からの|ブリザード、これにはさしものお偉いさん方もたじろいだみたいで、結果“亡霊戦士”討伐作戦は、四日後決行という運びに相成あいなったのである。




「アンタがぬるくした空気を、アタシが凍りつかせる――――作戦、上手くいったわね」



 帰り際、ナラカがそんな事を言ってきたので思わず「あぁ!」とハイタッチを交わしてしまったが、無論買い被りである。



 俺がやっていたのは所詮主人公アーサーの真似事であり、それ以上でもそれ以下でもない。



「(だからダメだったんだな、俺は)」




 原作のアーサーは、決して一人ではなかった。強く優しい彼の周りにはいつも頼もしい仲間がいて、彼を支えていた。


 

 対して俺はどうだ――――等という紋切り型いつものセルフお説教タイムをここでおっ始めるつもりは毛頭サラサラないが、まぁ、つまりはそういう事さ。



 あの時の俺にはなくて、今の俺にはあるもの。



「あのさ、ナラカ。前にも言ったかもしんないけど」



 それが何なのかをイチイチ言語化するのは野暮ってもんだ、だけど、なぁ、ありがとうそうだろう?








 それからの三日間は、主に準備の時間に費やした。


 備品のチェックや装備品の手入れ。後はユピテルと一緒に花音さんの特訓を少々。


 留守番を虚とナラカに任せて、俺達は『常闇』でのシミュレーションバトルや、『天城』の二十五層と三十層の梯子ハシゴを時間の許す限り行ったんだ。


 

 パーティ戦では主に《英傑同期ステータスリンク》の運用を、そしてシミュレーションバトルでは花音さんが一人で戦う局面を想定して、三日三晩戦ってバトル戦ってバトル戦ってバトル戦ってバトル


 それは、短くも濃密な日々だった。


 仮想空間上で過ごす時間を何百倍にも加速させていたからだとか、そういった物理的な理由だけでなく、花音さんの打ちこみ具合が半端じゃなかったからだ。


 花音さんは、俺の愛する彼女のように“戦うだけで際限なく強くなる怪物タイプ”ではない。


 あるいは、ナラカのように“一度でも機会チャンスを掴めば、劇的な進化を遂げる天才タイプ”でもない。


 あえて言うなら秀才だ。飲みこみが良く、基礎を疎かにせず、愚直で、真面目に、一歩一歩着実に進んでいく愛すべき頑張り屋さんである。



 花音さんは何度も負けた。

 それこそ勝ったのは、出現場所ログインガチャで、チビちゃんと至近距離で当たった対面だけであり、後はほぼ例外なく惨敗である。



 だけど彼女、決してタダでは転ばないんだよ。負ける度にメモを取ってさ、勝てないなんて弱音は一度だって吐かずに次々と新しい戦法スタイルを試していくんだ。



 少年漫画のような覚醒はなかったし、新技を覚えるなんて熱い展開も生まれなかった。


 だけど、花音さんは着実に強くなっていた。昨日よりも今日、さっきよりも今、そして今よりも未来さきへ。


 前へ前へ上がらなくても前へ前へとひたすらに足掻く彼女の姿は泥臭くも尊く、何よりも周りを惹き付ける“何か”があった。


 特訓の最終日、あの『タロス』を《英傑同期》未使用の状態であと一歩のところまで追い詰めた時には、思わずユピテルと一緒にガッツポーズを決めちまったぐらいさ。



 遅くても、僅かでも、彼女の成長歩みは真っ直ぐだからとても心地が良いんだ。





 ◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第六中間点・“笑う鎮魂歌レクイエム”共用クランハウス



 そうして約束の四日後、いよいよその日はやって来た。



 第六中間点に集結した“烏合の王冠”、“BLUE”、“レッドガーディアン”、“中道派”の中核メンバー。


 その総数、二十四名である。


 内訳は俺達が五人、“レッドガーディアン”と“中道派”が六人ずつ、そして武闘派で知られる“BLUE”のメンバーが七人の構成だ。



 会議は、第六中間点唯一の生活拠点である“笑う鎮魂歌”の共用クランハウスの中で行われた。


 ヒイロさん等は、「狭いところですが」と謙遜の言葉を仰っていたが、とんでもない。


 ホールがあって、会議室があって、ラウンジがあって、宿泊施設までついている場所のどこが狭いというのか。



 流石は『天城』のトップランカー、いや、この場合凄いのはダンジョンの管理人ヤルダ達だろうか。



 ダンジョン内限定かつ製造クラフトリストが生活系に限定されてこそいるものの、我らがぷるぷるさん達の造物技術はイカれている。


 きっとこのデラックス公民館も地上そととは比べ物にならない程の安さで作られたんだろうなぁ、等とどうでもいい事を考えながら通されたのは何の変哲もない会議室。


 白色の机と椅子が二列等間隔に並べられ、前方には少々年季の入ったホワイトボードと昇降型のプロジェクタースクリーンが一つ。



 なんか学校の授業を受けてるみたいだな、とユピテルに振ったら「学校行ってねぇからわかんね」と返された。流石は通信教育デジタル少女ガール。聞く相手を完全に間違えた。



 意外なことに会議はつつがなく行われた。ほぼ原作通りと言っても良いような文言を三勢力がペラペラと喋り、合間合間で俺達が意見を述べるような、そんな感じ。



 相変わらず俺は主人公アーサーの立ち位置に徹し、足りない部分を鬼もとい龍の副官様が締めてくれる。



 “亡霊戦士”の性能共有、陣形の構築に各チームの役割分担。



 ナラカからの強い押しもあって、俺達は空中からの遊撃隊という任を授かった。



 『ファフニール』に乗って、チビちゃんとナラカを中心とした霊術攻撃で敵を追い込む役割である。



 その役割ならば、他勢力じぶんたちの砲撃手を乗せて特化型にした方が効率的ではないか、という意見も勿論出たが、ナラカはこれをにべもなく却下した。



 理由は端的に信用できないから。




「アンタ達の中に亡霊戦士ハンニンがいるかもしれないってのに、どうしてみすみす背中を預けなきゃなんないわけ? 効率? クソ喰らえだわ。アタシ達は安全圏からアンタ達のお手伝いをしてあげるだけ。別にイヤなら良いのよ、協力しなくて。その時はアタシ達、勝手に“最終”取りに行くだけだから」



 とまぁ、終始こんな感じで場内を圧倒。

 一度として優位性を崩すことなく、俺達は『安全圏ベストポジション』を獲得したのである。



 このナラカの主張を皮切りに、各勢力毎に部隊チームを作る潮流ながれが生まれたんだ。



 アズールさん率いる“BLUE”が攻撃に周り、タンク役の多い“レッドガーディアン”が防衛担当、そこに支援特化の“中道派”と砲撃担当の“烏合の王冠ウチ”が加わって一つのレイドチームを結成する。



 そう、これはレイドバトルなのだ。一パーティーでは攻略できない強敵を複数のパーティでタコ殴りにする共同戦線マルチプレイ



 最も、協力者達の中には裏切り者が潜んでいる可能性もある為、そういう意味では人狼ゲーム的とも言えるだろう。


 生き死にのかかっている連合作戦をパーティゲームに例えるなんて何様だ、と思われる方もいるかもしれないが、どうか大目にみて欲しい。



 それ程までに下らないんだ、この物語しばい真相けつまつは。





 ◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第三十四層



 神出鬼没と名高い亡霊戦士ではあるが、結局噂の三十四層へと至るまで彼(骸骨マスクの化物に性別もクソもないが便宜上、“彼”とする)が俺達の前に姿を現す事はなかった。



 気まぐれなのか、空気を読んでいるのか、果たして一体どっちなんでしょうねと近くにいたヒイロさんに尋ねてみると赤髪ショートの見た目少女(二十代後半)は、斯様かような台詞を述べたのである。



「……分かりません。私にはもう、何が正しいのか分かりません」



 随分と大袈裟な物言いだ。探偵小説だったら、この時点でアウトだろう。……いや、十戒ノックス二十則ヴァンダインを頑なに守っている歌舞伎者かぶきものならば兎も角、今日日きょうびこんな怪しげな発言をする輩なんて逆に安牌アンパイである。



 俺は小さく震えるレッドガーディアンのリーダーをいつも通りの薄っぺらトークで宥めながら、心底どうでも良いことを考えていた。


 探偵役が物語を知り尽くしている異世界転生者だった場合、かの名高き『後期クイーン問題』はどうなるのだろうか────あぁ、全く。いよいよもって駄目である。こんな時に限って雑念ばかりが生じてくるのだ。



 端から見たら別にどうという事のない話し合いで胃を壊し、いざ決戦の日が目前に迫ると素人レベルのミステリー知識で脳内談義。


 情緒が完全に不安定である。もしかしたら犯人よりも病んでいるのかもしれない。



「(まぁ、今回の犯人はクイーンはクイーンでも)」



 そんな本日何度めかの思考の脱線に陥りかけた時、俺の身体はあっけなく緋々色金色の龍ファフニールの口に拾われた。




「……っ、随分派手なお迎えじゃないかっ」

「一応、緊急事態ってことになるのかしら」

 



 自ら偵察役を買って出たドラゴン娘が、その内容とは裏腹に非常に軽やかな声音で言う。



「出たわよ、亡霊戦士。場所は北北東一キロメートル。遮蔽物のない良い場所よ。厳つい骸骨男達が三十匹ぐらいいる事を除けば、ピクニックに最適ね」









 

 

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