第百三十話 トロイメア狂想曲
◆
翌朝、俺達はいつものように朝ごはんを食べながら軽いミーティングを行った。
二十層の攻略情報はこうだとか、亡霊戦士に気をつけようだとか、そんな感じの当たり障りのない普通の会議。
献立は、握り飯と焼き魚と野菜やダシ巻きが乗ったプレートと、カブの味噌汁。
シンプルながらも色々な味が楽しめて程良く腹の膨れるメニューである。
そいつを美味しく頂きながら、俺が企画を立て、花音さんが疑問点を指摘し、火荊がいらぬ茶々を入れて、ユピテルが楽しそうにそれを眺めている。
最早、「いつもの光景」と言ってもいいんじゃないかと思える程に慣れてきたその空気感に、しかし今日は、無視できない異物が紛れこんでいた。
「いやー、この味噌汁めっちゃ美味いっすね! 流石兄貴、パナイっす!」
「お、おう……ありがとな」
「あっ、これ花音ちゃんが作った『ひたし』っすよね、いやーオレ『ひたし』は、断然ホウレンソウ派なんで、これは超嬉しいっす!」
「ど、どうも」
「あっ、ナラカっちあんまりワガママ言っちゃダメっすよ。団体行動は、きょーちょーせいが大事っすからね。ちょっと気に入らない事があったくらいで今みたいに機嫌を損ねるのはご法度っす」
「……………………」
「そうそうユピテルぱいせん、俺昨日から『キラメキ』デビューしたんですけど、イマイチ要領が掴めなくて困ってるんですよ。もしよろしければ、アレのコツみたいなの教えてくれません」
「よきにはからえ」
……や、やり辛ぇ。
なんだこのモヤモヤ感、別に嫌な事を言われているわけじゃないのに無性に背中が痒い。
今まで全く喋らなかった人が急に喋り出すと、こんな空気になるのか。
しかも、本人
「それでそれでユピテルぱいせん」
「ちょっと、アンタ」
そんな一夜にして大化けした彼の姿に真っ先に異議を唱えたのは、やはり火荊だった。
「朝からベラベラとくだらない吐き捨ててるところ悪いんだけど、そのキャラ普通に不快だわ。陰キャが無理して明るい人格を演じてるみたいですごく気持ち悪い」
「火荊さんっ」
それは思わず花音さんが声を荒げる位に酷い雑言であったのだけれど、俺にはなんとなく分かる。
火荊の
『そ、その感じちょっとムズムズするんだけどっ。慣れるのに時間がかかりそうだから、ちょっと対応がぎこちなくなっちゃうかもだけど、許してよねっ』
くらいの意味合いなのだ。
ホント、こいつはこいつでコミュニケーション部分に難ありだよなぁ。
分かりにくい上に言動がイチイチ攻撃的過ぎるんだよ。
「うーわ、ナラカっち。ガキくさー。アンタぜったい友達いないっしょ」
対する虚は、まったくへこたれていなかった。
特徴的な金眼を呆れ混じりに細めながら、やれやれとわざとらしく肩をすくめる。
「俺も大概ロンリーな生活送ってきましたけど、流石にナラカっちみたいな自滅ムーブはしませんでしたよ。無闇に敵作ってそれなんか得とかあるんっすか? その辺めっちゃ興味アリアリなんっすけど」
「敵? そんなものいないわぁ。アタシに歯向かう奴は一方的に蹂躙されるだけなのよ」
「えっ? でもナラカっち普通に遥パイセンに負けてましたよね、しかも結構一方的に」
空気が凍った。
この暗殺者、なんて的確に相手の急所を突きやがるんだ。
てか、こんな事言ったら
「お、お前。ころ──」
「あ、あの虚さん。私からも質問がありますっ」
和やかな朝の食卓がギスギス地獄と化す寸前のところで、間一髪花音さんのインターセプトが入る。
一瞬の空白。
その僅かな合間を縫って俺は冷凍庫から自分用のご褒美に買っておいた高級アイスを取り出し火荊に献上した。
「これに免じて」
「ふんっ、分かったわよ」
鼻を小さく鳴らしながらアイスの蓋をペリペリと破くドラゴン娘。
よし、危険ゾーンは越えた。
『サンキュー、花音さん』
『いえいえ、お疲れ様です』
アイコンタクトと思考通信で互いの健闘を称え合いながら、俺達は話を虚さんの方へと戻した。
「なんっすか、花音ちゃん。なんでも聞いてください」
「えーっと、その……あっ、そうだっ、虚さんはこれからそのスタンスというか、ちゃんと喋ってくれるキャラクターで過ごされるんですよね」
「そのつもりっす!」
「えとえと、そうなると知り合いの方々がビックリすると思うんですけど、対策とかって何か考えてます?」
それは誰が聞いても急ごしらえで考えた浅い質問だった。
何か言わなきゃと思い、とりあえず口を開いてみたはいいものの、出来上がったのはピンボケした珍問答みたいな感じ。
場合によっては、空気が少しだけ変な雰囲気になりかねないその質問を、虚は
「ありがとう、花音ちゃん。オレの事心配してくれてるんっすね。でも大丈夫、オレらの業界って腕っぷしさえ強ければ正義みたいなところがあるんで、口を開こうが開くまいが、やる事さえやっとけば文句は言われないんっすよ」
「武芸家の方々というのは、随分ストイックなんですね」
「そうなんっすよ。全員がそうだとは言いませんが、頭の固い連中が多くってねぇ。この前だって────」
優しく、明るく、元気良く。
花音さんのキラーパスをやんわりと受け止めると、彼はとても自然に話を広げていったのである。
それは、まごうことなき『会話』だった。
相手の心を慮りながら、楽しく投げ合う言葉のキャッチボール。
早速ギャルゲー効果が出た……わけではないのだろう。
多分、これがこいつの素なのだ。
誰に対しても物怖じせず、それでいて情の深い快男児。
思えば、喋らなかった頃からその兆候はあったのだ。
言葉を使わずとも周りと打ち解けていたし、行動の端々に仲間を思いやる心があった。
「(……性欲さえ絡まなければ、滅茶苦茶モテそうなんだよな、こいつ)」
その一点だけで全てを台無しにするからアレなんだけど、逆を言えば、そこさえ改善できれば彼の望みは意外とすぐに叶いそうでもある。
「(……そういう意味では、『寡黙』をやめて正解だったのかもな) 」
コミュニケーションってのは、一朝一夕で極められるようなものじゃない。
誰かと話をすることでしか育めないものが、確かにあるのだ。
だから学べ、そして喋れ虚。
お前さんの望むものは、きっとその先にあるはずだから。
◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『
地響きが鳴る。
風のように速く、嵐のように騒がしいビートを携えて。
地響きが鳴る。
何万人も収容できそうな巨大ドームの外周を雷のような獰猛さで駆け抜けながら、同時に天井から『本物』の雷が降り注いだ。
地響きが鳴る。
霊力の光で照らされた屋内ドームを我が物顔で周り続けるソレ。
地響きが鳴る。
地響きが鳴る。
地響きが――――
「MOKUUUUUMAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
咆哮と共に、巨大な馬の化物が俺の頭上を足で踏みつぶした。
『トロイメア』、全長十数メートルの巨体で暴れ回る
二十層のボスを飾るに相応しいこの金属ホースの踏みつけは、その
メタルなお馬さんの右前脚は、哀れにも無惨な燃えないゴミと化し、周囲の空間に鋼鉄の残骸を撒き散らした。
走る生物にとって何よりも大事な脚部の粉砕。
特に奴は馬型だ。
一本とはいえ、足を砕けば自重が支えきれなくなり即転倒。
そのまま、よってたかってタコ殴りにすれば食えない馬刺しの出来上がりである。
「MO――――――KUUUUU―――――MAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
しかし奴は、走り続けた。
右の前脚を完全に壊された状態で、鋼鉄の
止まらない。
いや、止まれない。
『トロイメア』の
その能力は、【走行状態中の各種バフ&再生能力】と【非走行中の各種デバフ&体力減少】、要するにこいつは走っている限りパワーアップをし続け、逆に止まってしまうとものすごい勢いで弱っていくのである。
だからこいつは右脚が
走って走って走り続ける。
それがこの鋼鉄馬の基本スタイルにして生存戦略。
「(……クソ、一本じゃ足りなかったか)」
奴の執念を侮っていた。
完全停止とまではいかないまでも、多少は動きが鈍くなる――――そう思っていた常識的な自分にキツめの喝を入れてやりたい。
『ドンマイっす兄貴、切り替えていきましょ』
『次の周回では私も脚部破壊に参加しますっ』
脳内に響き渡る地上組からの暖かい言葉。
ありがたいなぁ、と思いながらも虚が《思考通信》を使っているというシチュエーションに変な興奮を覚えてしまっている自分がいる。
喋るだけで面白いとか、最強すぎるだろコイツ。
『ありがとう、二人共。基本はその線でいこう。奴の踏みつけに対して俺が【四次元防御】、で破壊時の隙を狙って虚がもう片方の前脚を破壊。花音さんは虚のサポートをお願い』
二人から『了解』の返事をもらった俺は、トロイメアの動向を追いつつ、上空の様子を窺った。
白いドームの天井に浮かぶ無数の
鋼鉄馬の背中から。現在進行形で産まれ続けているこの遠隔操作ユニットは、放っておくととんでもない数になって襲いかかってくるから、都度の処理を強いられる。
「(……あっちは順調そうだな)」
雲を貫く黒雷と、雲を焼き尽くす業炎。
ファフニールに
これなら、安心して地上戦に専念
『ちょっと凶の字! このチビさっきからどさくさに紛れてずっとアタシの胸を揉みしだいてくるんですけどっ!?』
『たいはない。ここが一番掴みやすいだけ』
――――おっぱ、じゃなかった、頑張れ火荊。
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