第百十六話 ダンジョン『天城』








◆ダンジョン都市桜花・第百十八番ダンジョン『天城てんじょう』第一層



 青い空。

 白い雲。

 緑の原っぱ。

 そして――――




「このアタシがアンタ達下等生物と地べたをいつくばる必要性を感じないわぁ! 先に中間点に行ってるから精々汗水たらして追いついてみなさぁいっ。まっ無理だろうけど、キャハハッ!」



 高飛車な笑い声を上げながら、相棒のファフニールに乗ってお空へと飛び立つ火荊ナラカさん。



 予想はしていた。

 覚悟もできていた。

 しかしいざ実際にやらかされると、悲しいというかムカッ腹が立つというか。



「あの野郎、やりやがった」



 こめかみを押さえながら、色々と考える。



 どうする。



 ……いや、追いついたところでトラブるのは目に見えている。


 幸いまだ下層だ。

 おまけに『天城』は、“中がある”ダンジョン。

 『常闇』のように飛行無双とは行かないはずだから、行けても十層止まりだろう。


 なら、良い。

 とりあえずあの馬鹿は放置して、残るメンバーとのんびり進んでいこう。



「というわけで、一人飛んでっちゃいましたが、我々は我々のペースで行きましょう」



 おー! とチビちゃんとそして驚くべき事にウロさんも乗ってくれた。

 言葉こそ発しないものの、握りこぶしを天に向かって突き上げおー!

 意外だ。そして火荊よりもよっぽどコミュニケーションが取れている。



「あっ、あの凶一郎さん。本当にそれで良いのでしょうか」



 そんな中、花音さんだけが若干テンパっていた。



「火荊さん、飛んでっちゃいましたよ。その、せめて《思考通信》だけでも……っ」



 全然テンパってなかった。

 むしろ一番大人な意見だった。



「それだ。ありがと花音さん。すぐかけてみるね。……『もしもし火荊』」



 しかし待てども暮らせども火荊からの返信はない。


 あの野郎、完全にブッチしてやがる。



「……出なかった」

「こっちもです」



 二人してしゅんと落ち込む。


 何だろうな、あんなの相手でもやっぱりスルーされると落ち込む。


 とはいえ、いつまでもクヨクヨしているわけにも行かないので。



「気を取り直して俺達も頑張るぞー!」

「おっ、おー!」



 今度は桜髪のポニーテールさんも乗ってくれた。







 ダンジョンのフィールドにはそれぞれ特色がある。


 たとえばダンジョン『月蝕』は、蒼い迷路。


 ダンジョン『常闇』ならば、紫の荒野。


 こんな風にいちダンジョン毎に違ったコンセプトが設定されており、まるで多元宇宙を旅しているかのような心地にさせてくれるのが、ダンマギというゲームの懐の深さであり、醍醐味だった。



 その中でもこの『天城』は、特にRPG色の強いダンジョンである。



 青々と生い茂る草花の海。

 照りつける太陽の日差しは不思議と心地よく、建ち並ぶ無数の石塔達はなんとも趣深い。



 自然物と建造物の調和。


 これこそが『天城』のウリであり、テーマであり、そして厄介ポイントなのだ。



 緑に満ち溢れた広大な大地と、天高くそびえ立つ巨塔。


 これらのどちらかにポータルゲートが設置されているかは完全にランダム。



 幾ら大地側を探索しても一向に見つからないなんて不幸もあれば、逆にふらっと立ち寄った塔の入り口に雑に置かれてるなんて展開もあったりして、かく探すのが難儀なのよ。



 おまけに塔の中は、ちょっとしたミニダンジョンになっていたりして、中には入り組んだ迷路型のものまで…………おお怖っ。



 だから本来であれば、一層一層じっくり時間をかけて探索して行かなければならないんだけど




「ユピテル」

「あい」

 


 まぁ、ウチには超広域探索能力持ちチビちゃんがいるので、その辺は無問題モーマンタイである。



 可哀想な火荊。


 大人しく俺達にくっついてれば、無駄な時間も労力も使わなくて済んだっていうのに。


 まぁ、完全にあいつの自業自得なので、同情はしないが。



「あっちの森……の奥にある塔の三階」

「了解。それじゃあ行こうか」



 俺がユピテル専用リュック(最早一種の乗り物だ)を持ち主諸共背負いながら、目的地へ向かおうとすると、花音さんが口をぽかんと開けながら尋ねてきた。




「その、すいません。聞き間違えじゃなければなんですけど、今、ユピテルちゃんなんて言いました?」

「あっちの森……の奥にある塔の三階に、ポータルゲートがあるよって」

「あっちの森って、あのあのっ、軽く十キロ以上先に視えるアレの事ですよね」



 背中越しにもぞもぞし出すチビちゃん。


 多分、こっくりと頷いたのだろう。



「そうだよ」

「そうだよ……って」


 一瞬、花音さんが何を驚いているのか分からなかったが、直ぐにピンと来た俺は、慌ててユピテルのフォローに回った。



「かっ花音さん、安心して。ユピテルのはガチだから。吹かしとかハッタリとかじゃなくてガチで視えてるから。大体、十キロ圏内なら……」

「今はもうちっと行ける」

「……十キロプラスちょっと圏内なら、こいつは視えるし、当てられるんだよ」

「じゅっキロ」




 ふぁさり、と原っぱに崩れ落ちる桜髪のポニーテール娘。


 うん、まぁ確かに規格外だわな。


 遥や旦那の影に隠れがちだが、ユピテルも大概な化物なのである。


 かつてシラードさんが、『ユピテルの射程は自分と同じくらい』等と言っておられたが、とんでもない過少申告もあったものだと、今になって思う。



 過去を乗り越え、未来に向かってゴーイングマイウェイしているこのお子様の砲撃手適正は、五大クランの一長すらも優に上回るのだから。




「うっうぅ……ショックです」



 そんなお子様のぶっ壊れ具合に深い衝撃を受けたのだろう。

 花音さんは白色のドレスアーマーをがっつり草地に押しつけながら、悔しそうに地面を叩いていた。



  

「私、“小烏こがらす”なのにっ、ユピテルちゃんの最大射程を低めに見積もっていましたっ、悔しい……悔しいですっ」

「……ゴリラ、カノンは何を言うとる?」

「多分、自分の知識の浅さを恥じてるんだと思うよ」

「ワタシの射程距離がナンボでも、あんましカノンには関係なくね?」

「オタクってのは往々にして、めんどくさくて探求心が高い生き物なんだ」



 ロボットの機体系統番号を言えなきゃにわか扱いされたり、シリーズものの映画のオープニング曲の違いが分かって当然みたいな風潮だったり、何というか俺達オタクは自分にも他人にも厳しいのである。



 特に自分に厳しいオタクってのは、割かし多い。


 今の花音さんみたいに、“他人にマウントを取ったり押しつけたりはしないけれど、自分自身はものすごくストイックに対象物の探求に励む”みたいな感じの草食系オタクは、どこの界隈にも必ずいる。サイレントマジョリティというやつだ。



 いや、うん。全然良いんだよ。誰に迷惑かけてるわけではないし。



 ただ、何というか。

 まさかダンマギのヒロインと、こんなしょうもない部分で共感する日が来るとは思っていなかったもんで、ちょっと面食らっただけなんだ。



 嘘。かなり面食らった。







 最序盤こそつまずいたものの、そこからの冒険はかなりスムーズにいった。



 何せこっちにはユピテルという広域殲滅機能付きの霊力探知機がいる。



 チビちゃんのおかげで俺達は無駄な戦闘や移動を省きながら最短ルートでポータルゲートに辿り着く事ができたのである。



 とはいえ、まったくバトル展開がなかったわけじゃない。



 一層、二層、三層と進んでいけば、当然、敵に出くわすこともあったし、あるいは、訓練がてら、こっちの方から出向いてその辺の雑魚を狩ることもあった。




「……………………」




 戦闘面で特に目立っていたのは、虚さんである。



 このダンジョンにおけるスライムやゴブリン的ポジションのエネミーアバター『リビングメイル』の鋼体を次々と華麗な拳法でぺしゃんこにしていく彼の姿は、男の俺でも惚れぼれする程カッコ良かったよ。



 やっぱ武才のある奴の動きって“違う”んだよなぁ



 こう、無駄がないというか洗練されてるんだよな、彼らの動きって。



 最小限の力で最大限の成果を。


 そんな無言のモットーみたいなものが、虚さんの動きからは感じ取れたんだ。



「死ねぇっ!」



 一方の俺ちゃんは、いつも通りの脳筋だった。



 力一杯エッケザックスを振って、動く鎧兜どもの鋼体を叩いて、叩いて、叩き潰す。



 力みまくりで、無駄も多くて、洗練さなんて欠片もなさそうなゴリ押しプレイ。



 だけど実際、これが一番しっくり来るんだもの、しょうがないよね。




「お二人とも、怪我はありませんか」




 戦闘が終わると、決まって花音さんが《癒しヒーリング》をかけてくれた。



 俺にしろ虚さんにしろ、基本的に無傷だったから、毎回「やらなくて大丈夫だよ」と辞退を申し出ているのだが



「ダメージはなくても、体力スタミナは減ります。体力が減れば集中力が削がれます。集中力が削がれれば」

「オーケー、分かった、了解だよ。大人しく受けるからお説教は勘弁してくれ」



 このように彼女の押しに負けて治療を受けているってわけさ。



 一見、大人しそうに見えるけれど、自分が正しいと思った事に対しては物怖じせずにハッキリと言う。こういうところは、原作と変わらないんだな、となんだかちょっと感心しちゃったね。



 そうそう、原作と言えば面白い話があるんだ。



 知っての通り、空樹花音はかつてトップクランに在籍し、二つの天啓を獲得したという華々しい経歴がある。



 だけど、凶一郎戦を皮切りに主人公達の仲間になった彼女のステータスは、序盤相応のものに落ち着いている。



 よくあるだろ、設定上は強いはずなのに、何らかの理由で加入時に弱体化してしまってるキャラ。


 花音さんは、まさにそれなのだ。



 彼女の保有する亜神級精霊『アイギス』は、とても難しい性格で、花音さんの過去の行いに失望して力を貸さなくなってしまったのである。

 ……実は『アイギス』が力を貸さない理由は、他にあり、そしてそれこそが空樹花音攻略のカギだったりするのだが、まぁこの辺りについてはいずれ話そう。



 大事なのは、現在の彼女が本調子とは程遠い実力って事。



 そう。今の花音さんは、既に原作開始時点の彼女を越えている。



 流石に全盛期と比べると見劣りこそするものの、『天城』でも十分に戦えるレベルにまで仕上がっているのだから、ほんと大したもんだよ。


 

 彼女が強くそうなった要因については幾つか考えられる。



 その内訳には、ウチに入って心に余裕ができたという側面も少なからず含まれているだろう。



 だけど個人的な意見としては、『彼女が前向きに頑張ったから』という説を推していきたい。



 いや、実際頑張ってたんだよ、彼女。



 俺が知る範囲でも、クランメンバーとの模擬戦や再現体との戦闘訓練(という実戦)に励んでいたし、多分その他にも基礎トレやソロ連をハイペースでこなしてたんじゃないかな。



 真面目で、ひたむきで、ストイック。



 善側、悪側なんていうステレオタイプなレッテル貼りが陳腐かつ不毛であることは重々承知の上で言わせてもらうが、やはり彼女の在り方は『主人公的ヒロイック』なのだ。



 決して俺には真似できないスタイルだけれども、だからこそ尊敬できるし、好感が持てる。




 本調子とは程遠く、けれども不断の努力によって原作ルートの序盤よりもはるかに強くなった花音さん。



 そんな彼女の実力は如何程か。


 それをこれから、お見せしようと思う。


















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