第百三話 蒼乃遥VS火荊ナラカ(前編)








◆ダンジョン都市桜花・第三百三十六番ダンジョン『常闇』シミュレーションバトルルームVIPエリア





「死にさらせ三下ァッ!」




 先に仕掛けたのは当然のように火荊。



 辺り一面の草花を余波で焼き尽くしながら、籠手に覆われたてのひら砲塔クチとして“息吹”を放つ。



 “龍の息吹ドラゴンブレス


 

 それは莫大な霊力を持つ龍種だからこそ許される霊力の過剰供給オーバーロード



 身に貯め込んだ天井知らずの霊力を一点に集中させて解き放つという行為に、特別な仕掛けや資格などまるでなく、奴らは当たり前のような顔をして“息吹こいつ”を世界に吐き捨てるのだ。



 だが彼らにとっては単なる生体現象はいせつ程度の価値しかない小技であろうとも、俺達人間側からしてみれば、それは紛れもない災厄である。



 爆ぜる、爆ぜる、爆ぜる、爆ぜる。



 ドラゴン娘の殺意を体現するかのような破壊の炎嵐が、綺麗な野原を容赦なく焼き尽くしていく。



『おぉー、すごいねー、コレ。シラードさんの通常技熱術くらいの威力はあるかも』



 一方のマイハニーは、目をキラキラさせながら灼熱の砲弾を避けていく。



 点の攻撃、面の砲撃、フェイントに掃射、誘導弾。


 火荊が仕掛ける多種多様な両掌息吹ダブルアタックを動きだけでさばきながら確実に距離を詰めていく恒星系。



 燃え盛る世界を楽しそうに駆け回る太陽の少女は、朗らかなトーンで受験者に告げる。




『そろそろ行くザマスよ』

『……っ!』



 その素早さに反して、彼女の奏でる音はあまりにも静かだった。



 速く、軽快で、けれども全く騒々しさを感じさせない鮮やかな踏みこみ。


 荒れ狂う炎嵐をものともせずに疾走する一筋の倶風ぐふう



 瞬きの間に距離を詰めた遥の刀が、火荊のすきだらけな喉仏のどぼとけを捉え




『なにソレ? 欠伸あくびが出るわ』




 しかし、ドラゴン娘はこれを笑いながら弾き返した。



 回避でも防御でもなく真っ向からの迎撃。


 無論、ウチの遥さんもまだまだ全然本気を出しちゃいないが、それでもちょっと前の俺なら瞬殺されていたであろうレベルの攻めではあったのだ。



 それを笑いながら弾き返したばかりか、あろうことかそのまま近接戦へと移行するドラゴン娘。



『ねぇ知ってる? “龍の息吹”って形がないの。だから少し弄って固めてやればこんな使い方もできるってわけ』


 

 宣告と共に火荊の双腕が燃え上がり、そして数十倍以上の大きさの紅蓮光オーラとなって周囲一帯をき裂いていく。



 繰り広げられる高速のラッシュは、全て音越え。


 

 “息吹”を固めて造られた数十メートルの炎爪えんそうが、容赦なく恒星系へと襲いかかる。




『ひゃー、これはちょっとキツイかにゃー』



 これに対して恒星系は迷うことなく一時撤退を選択。



 『蒼穹』も『布都御魂フツノミタマ』も使わずに撃ち合うのは危険だと判断したのだろう。

 ウチの彼女は変態的な空中ジャンプとアクロバティックモーションを駆使して炎爪えんそうの射程範囲から逃れるが




『残念、それ悪手だわ』



 火荊は笑い、炎爪えんそうの中心が白く、熱く、輝いて。




『これで終わりよッ!』



 そして世界は深紅色に燃え上がった。



 《暴虐タイラント》――――“龍生九士”が一柱“狻猊さんげい”の得意とする“息吹”の形成を最大限に生かした



 原作のテキストでは数キロ先まで届くと描写されていたが、成る程、確かにこいつはイカレてやがる。



 まだまだ未熟なこの時代の火荊が放った技だっていうのに、辺り一面焼け野原このザマとか、本当“龍”って生き物は滅茶苦茶だ。



 しかも、なぁ、信じられるか?


 こんな世界の終わりみたいな光景を作り出した火荊は、まだ自分の精霊の力を一ミリも使ってないんだぜ?



 俺達がパンチやキックを打ちこむのと同じような感覚で、奴はこの炎熱地獄を作り上げたのだ。



 ったく、分かってはいたがやはりコイツも相当な化物。



 言動や性格や素行に問題があるのは間違いないが、それを些事くだらないと一蹴するだけの実力と才能が、彼女にはあった。




『すごいね、あなた。こんなすごい熱術使いがシラードさん以外にもいるだなんて、いやーやっぱり世界は広いね、ワクワクするっ』




 まぁ、それでも。




『……アンタ一体どうやって?』

『んー? 別に大した事はしてないよ。ただ普通に安全そうな場所まで逃げただけ。種とか仕掛けとか、そんなものはなーんにもなし』



 化物具合でいえばウチの恒星系も全く引けをとっちゃいないがな。




『さぁ、続きやろっか。もっとあなたの事、あたしに教えてほしいなっ』

『それはアンタ次第ね。アタシ雑魚には本気を出さない主義なの』

『そっか、そっかー。じゃあ頑張ってやる気にさせてあげないと、ねっ――――!』




 弾ける笑顔と共に再び前へと進む恒星系。



 ドラゴン娘の巨大火炎放射を、縦横無尽にかわしながら、一歩ずつ確実に距離を縮めていく。



『チッ、ちょこまかとっ!』



 苛立つドラゴン娘。


 まぁ、気持ちは分からんでもない。



 圧倒的な火力で周囲一帯を焼き尽くしているはずなのに、それがちっとも当たらないのだ。



 超射程の範囲攻撃が当たらないという理不尽。



 ぴょんぴょこと宙空を跳ね回る人間大のピンボール。



 酸素濃度? 一酸化炭素中毒? 何それ効かないおいしいの、とばかりに徐々にギアを上げてい敵の挙動。


 

 おかしいよな。完全に人間やめちゃってるよな。



 でもこれが蒼乃遥という女なのだ。



 奴に常識や限界なんて言葉は通じない。


 どんな窮地に立とうが適応し、あらゆる不可能から、“不”の文字を取り除く。



 それが俺の彼女。

 それが俺の最愛。



 最早、実は種族“神”でしたと言われても全く驚かないレベルの理不尽ブレイカーさんが、今日も今日とて狭い世界を躍動する。



『にゃはっ、つーかまえたっ』

『くっ』



 そして、彼我ひがの距離が三十メートルを切った瞬間に、戦局は動いた。



 敵が有効射程圏内に入ったことを確認するや否や火荊は即座に炎爪を近接形態に切り替えて、迫る遥を迎え撃つ。



『何度来ようが結果は同じよっ!』



 数十メートルの炎腕が、猛り狂う大蛇のようにうねった。


 意志を持った二つの火災旋風が、ただ一人の獲物を焼き尽くす為に鳴動し、そして



『その動きはもう、っ』



 そして至極あっさりと突破された。



『なっ――――!』



 火荊の表情が、不愉快そうに歪む。



 先程は逃げるだけでも精一杯といった有り様の相手が、僅かな時間で完璧に“炎爪”を攻略しやがったのだ。



 そりゃあ、驚くし引くだろう。



 だがまぁ、お前が悪いよ火荊。



 そこのパーフェクト美人を、さっきと同じ技で抑え込もうだなんて、あまりにも舐めプが過ぎるってもんだ。



『うんうん、悪くはないけどちょっと攻め方が綺麗すぎるかにゃー。“腕”の振るい方に雑味がないというか、型ありきな感じがするね。もしかしてあなた、根は真面目だったりする』

『――――お前っ!』



 激昂と共に、ドラゴン娘の巨大炎爪が爆発した。



 近接武器として振るっていた腕型の“息吹”を、あえて不安定な力で乱すことで爆発させる渾身の奇襲術。



 それは完璧な初見殺しであり、回避不能の範囲爆撃として機能する……




『やっぱり、そうくると思ったっ』




 ……はずだった。



『は?』




 驚愕。間隙。そして、切断されるドラゴン娘の右腕。




 眼を見開き、地面に落ちた己の右腕を見つめる未来の“龍生九士”。



 動きに対応されたことに驚いたのか、初見の技を見切られたことにおののいたのか、はたまた“龍鱗ドラゴンスケイル”がいとも容易く破られた事実に傷ついたのか…………奴の心中を正確に推し測ることはできないが、おそらくそのいずれかが、あるいは全てが彼女の逆鱗に触れたのだろう。



 あり得ない、と音のない声で呟くドラゴン娘。




『あってはならない』



 続く言葉は音と共に熱を帯び



『あっちゃいけない』



 そして、締めの言葉を火荊が囀ずり終えた瞬間、世界に巨大な穴が開いた。



 小型の列車ぐらいなら簡単に飲み込んでしまいそう黒穴から、人ではない“ナニカ”の唸り声が轟く。



 悪意と敵意と害意に満ちた頂点捕食者の音色。



 それは彼女が“自分の力だけで敵を圧倒する”という矜持を捨てた瞬間であると同時に、“必ず敵を殺す”と誓った決意の解放。



 その名は――――




『目覚めなさい、ファフニール。我等が敵を討ち滅ぼす為に』




 爆炎を伴った歓喜の咆哮が鳴り響く。



 現れたのは緋緋色金ひひいろかねの鱗を持つ巨大なドラゴン。



 あのケラウノスよりも二回り以上大きな体躯を四つ足で引き摺る姿からは、無言の圧力を感じた。



 まさにドラゴン。

 その角、その瞳、その翼、その爪牙、その尾、その鱗、そのフォルム、その色合いに至るまで全てが「幻想生物の頂点」と呼ぶに相応しい風格を醸し出している。


 

 火荊ナラカの契約精霊『ファフニール』


 その能力特性は単純明快に『自身の召喚』。



 ケラウノスのように黒雷を貸し与えるわけではなく、自らが出陣し敵を屠るというあまりにも戦闘狂ベルセルクな異能(というよりただの召喚)である。



 

 亜神級、それも高位の『顕現』はとてつもなく難度が高い。



 精霊術の奥義の一つにも数えられる精霊本体の召喚が基本能力だなんて、本来であれば相当な外れだろう。



 だが、火荊ナラカと『ファフニール』は、そうではない。



 彼女は“炎龍”を完全に顕現させ、“炎龍”は彼女の命令を絶対に遵守する。



 だからこれは、単純に『増援』の二文字で片付けられる話ではない。



 むしろ増えたというより変貌、そう変貌だ。


 火荊ナラカは、この瞬間を以て一頭の龍から双頭の龍へと生まれ変わったのである。





『死ね』

『■■■■■■■■――――!』



 そうしてドラゴン娘の反撃が始まった。



 開かれた炎龍の口から吐き出される黄金の煌炎。



 それは炎の形をとった破壊現象だった。



 燃やすのではなく、消し去る。



 極まった炎術の一撃は、メーザー砲もかくやという程の威力で燃え盛る空間を“破壊”し、仮想の大地を吹き飛ばした。




『うわっ、あっぶな!』



 それを間一髪のところで避ける遥さん。追撃を予想したのか一目散にその場を離れようと駆け出すが




『ファフニール』

『――――』



 しかし恒星系の予想は、ここに来て初めて外れた。




 火荊は逃げる遥を追うような真似はせず、それどころか自らが率先して戦場を離れたのである。




 行き先は、空。



 鳶色髪の少女を乗せた炎龍は、凄まじい速度で天空へと飛翔し、瞬く間の内に|制空権を支配した。




『アンタ達みたいな近接アタッカーは』




 数百メートル上空から勝ち誇った声で嘲笑うドラゴン娘。



『アンタ達みたいな近接アタッカーは、結局のところ欠陥品なのよ。いくら強くても、どれだけ速くても、攻撃が届かなければなんの意味もない。良いこと? 真に優れた戦士っていうのは、どんな距離でも満遍なく戦えるの。その事を今からたっぷり教えてあげるわ下等生物ニンゲン



 それは奴なりの宣戦布告であり、勝利宣言だったのだろう。



 成る程、言ってることは間違っちゃいないし、単体クソ雑魚野郎としては耳に痛い意見でもある。



 ……だかな、火荊よ。




『えっ? なんて?』




 その距離から叫んでも、地上の遥さんには全く届かんぞ。







―――――――――――――――――――――――




Q:シラードさんと分からせ対象さんが戦ったらどっちが勝ちますか?

A:基礎スペックと龍麟の超絶防御耐性並びにファフニールを使ったクソデカメーザーの乱射というゴリ押し以外の何物でもない方法でナラカさんが勝ちます。

 純粋なシューターであるシラードさんと違い、ナラカさんは時の女神の眷族神となった遥さん相手でもそれなりに近接戦闘がこなせるスペックなので、その点も有利です。


 ただし、ナラカさんは天啓無所持な上に、すぐに油断して煽ってくるのでそこを突かれて【Rosso&Blu】されると普通に分からされます。


 なので(あくまで現状はですが)ただの模擬戦ならば分からせ対象が勝ち、何が何でも負けられない試合だったら腹黒たぬきが勝利をもぎ取ります。














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