第九十七話 カウントⅠ 英傑戦姫
◆◆◆
父は
幾つものダンジョンを踏破し、沢山の不思議な
かくいう私も父が大好きだった。
幼少期の娘にありがちな「大きくなったら、お父さんと結婚する!」というアレを、二桁の年になる直前まで
……まぁ、どれだけ私がそういう風に思っていた所で、それが実現に至る可能性はもうないのだけれど。
だって彼はもう、この世界にいない。
私が十一歳の誕生日を迎えた直後の冒険で受けた傷が元で身体を崩し、約一カ月の闘病(という表現が適切なのかどうかは分からないが)の甲斐もなく力尽き、この世を離れた。
『――、お前にコイツを託す。ちょっと融通の利かないところもあるが、きっとお前の助けになる
そうして父の契約精霊だった彼女は、その契約内容ごと私という器へ受け継がれた。
『アイギス』、英雄を守護する女神の盾であり、鎧であり、集積器でもある生真面目な
私はもう、しばらくの間、彼女の声を聞いていない。
◆
何故冒険者を目指したのか、と問われれば、それはもう「父がそうだったから」と答える他にない。
不思議な話で、不謹慎な話だ。
父はダンジョンで負った傷が元で命を落としたというのに、娘である私が
だけどやっぱり憧れだったから。
幼い頃からずっと見てきた父の背中がたまらなく好きだったから。
たとえ彼がその仕事に殺されて、たまらなく悲しくなったとしても、私は
この親にして、この子供有りというやつだ。
『やっぱり――ちゃんは、あの人の娘ねぇ。本当にそっくり』
そんな私を、母は快く応援してくれた。
止める事だってできたはずなのに、叱りつける事だってできたはずなのに。
彼女は嫌な顔一つせずに、私の夢を認めてくれたのだ。
『だって
敵わないな、と思った。
この人は、父が命よりも大事にしていた
私も大概ファザコンではあるけれど、それでもこの人の愛には叶わない。
『あの人の分も、めいいっぱい楽しみなさい。そして必ず私よりも長生きしなさい。それがお母さんからの条件です』
いつかこんな風に人を愛せるようになりたいと思った。
そしてそれが私にとっての本当の初恋だったら――――なんて、そんな夢見がちな空想を良く抱いていたものだ。
……白状すると、今でもたまに想っている。
◆
私が冒険者の資格を得るまでの間に費やした歳月は約二年。
早くもなければ遅くもない。
まぁ、十三歳での冒険者デビューという点を加味すれば、それなりのスピードではあるけれど、広い世の中を見渡せば幾らでも
だから私のデビューが華々しいモノとして世間から讃えてもらったのは、ひとえにクランの人達が頑張ってくれたお陰なのだ。
冒険者クラン“
冒険者であれば知らない者はいないとまで言われている有名クランからの勧誘に、私は年相応のはしゃぎっぷりを発揮しながら応えた。
だけど……
『君のお父さんに頼まれていたんだよ。冒険者になった君の手助けをするようにってね』
その話を聞いた時、私は少なからずショックを受けた。
それが子供
だけどその時の私は、これまでの自分の頑張りが否定され気がして、すごく嫌だったのだ。
『違うよ、――
しかし、そんな私の卑屈な考え方を、彼女は真っすぐな言葉で否定してくれた。
『確かに私はキミのお父さんに世話を焼くように頼まれたし、実際にキミのことを推薦した。だけどね、――
副クランマスター。
かつての父を恩師と慕うその女性は、いつも私の事を気にかけてくれた。
十三歳の小娘があんなに早くクランの仲間と打ち解けることができたのも、冒険者新人賞という身に余る栄誉を獲得する事ができたのも、全ては彼女の支えがあったからこそだ。
『おめでとう、――
『英傑戦姫』。私がダンジョンで獲得した称号であり、ロール。
そこに私の精霊の名前を重ねて“
正直始めはピンと来なかったけれど、クランのみんなからそういう風に呼ばれていく内に段々と慣れていって、気がづけば私自身も
英雄の娘であり、その意志を受け継ぐ者“
……振り返ってみれば、あの頃が、私の人生における絶頂期だったのだろう。
毎日が楽しくて、キラキラしていて、最高の仲間に囲まれて、そして
だけど、そんな日々はあっという間に過ぎていき――。
◆
『――
そして十四歳の誕生日を目前に控えた春の日に
『キミはキミだけじゃなく、お父さんの名誉すら傷つけたのだ。一生“仲間殺し”の汚名を背負って生きていきなさい』
私は“
◆
それからは、ずっと家に引きこもっていた。
学校の授業はオンライン講座に切り替えてもらい、話し相手は母一人。
『――ちゃん、ずっと頑張ってたからね。少しぐらいお休みしても罰は当たらないわ』
優しい声で、精一杯明るく振る舞いながら私を元気づけてくれる母。
だけど私は知っていた。
母が夜中に私に隠れてこっそりと泣いていた事を。
父の精霊棚の前で辛そうにうつむく姿を。
……ごめんなさい。
馬鹿な娘でごめんなさい。
みんなに迷惑かけてごめんなさい。
お母さんを苦しめてごめんなさい。
お父さんを汚してごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
――――じゃあ、死んじゃえば?
私の中の暗闇が囁く。
何をしていても苦しくて、みんなが私を責めている気がして。
分かっている。悪いのは私だ。私なのだ。私じゃなければいけないのだ。
だけど、あぁ、お父さん。
どうか私に教えて下さい。
この
――――終わらないよ、終わらない。罪深きお前は一生そのまま苦しむのさ。だからほら、楽になろ? 全部さらけ出してお前を叩いている連中を嫌な気持ちにさせて、それで
ずっとずっと鳴り止まない。
死んじゃダメだと理性が諭す。そしてそれを上回る大声で暗闇が死んじゃえと
どうにかなりそうで、だけど、どうにもならなくて、あぁ、もうそろそろダメだなって何度も諦めかけて。
『ごめんなさい』
結局私は、謝ることしかできなかった。
◆
『あぁ、いえ。ただ単に、運が良かった、いや悪かったんだけど、良かったというか。……まさか試験期間中に突然変異体と出くわすなんてね、ホント、ビックリシマシタ』
◆
彼の事を知ったのは、運命でも奇蹟でもなく、単なる偶然。
五月の大型連休の半ばにぼうっとニュース番組を眺めていたら、テロップが流れてきたのだ。
――――【速報】結成したてのスーパールーキーパーティー、初ダイブで最深記録を突破。
うろ覚えだが、確かこんな感じの内容だったと思う。
ファーストインプレッションは、
ルーキーパーティーが、初見で未踏領域を突破する……確かにすごい事だし、割合でいえば相当レアである。
だけど
たとえば、あの“蓮華開花”は初ダイブで未踏領域どころかダンジョンの完全クリアを果たしているし、かく言う私も(流石に彼女ほど大それたものではないが)似たような記録を打ち出した経験がある。
だからすごいな、と思う事はあっても、特別憧れたりだとか、羨んだりだとか、そういった
『えっ、あっハイ。相棒と二人さんカク……三脚で頑張った結果だと思っています。後、俺……ボク、あーえっとやっぱり俺で、ハイ。俺の精霊のと相手方の相性が良くて、そこが……ハイ、勝因に繋がったのかなと……えぇ、ハイ』
むしろ、後日見た彼のインタビュー動画があまりにも
覇気というか、超越者のオーラというか。
やり手の冒険者なら誰もが漂わせている超然とした雰囲気のような者が彼の周りからは全く感じられなかったのだ。
普通の人が、普通に緊張して、普通の事を言っている。
すごい事をしているはずなのに、全然すごそうに感じない。
それがなんだかおかしくって、逆に私の興味を惹きつけたのだ。
◆
調べてみると、彼は私の想像以上にすごい人だった。
初探索どころか、冒険者試験の最中に突然変異体と出くわし、これを撃退。
そこで共闘した冒険者と二人組を結成し、初探索での未踏領域の踏破を達成。
そして非公式戦かつハンデマッチだったとはいえ、あのジェームズ・シラードをたった二人で打倒し、七月には“神々の黄昏”主催のバトルロイヤルイベントを
彼と彼が率いるチームはいつもすごい事をやっていて、その度に彼は普通の顔で、普通の態度で、普通に照れながらインタビューを受けるのだ。
『あっ、ハイ。これからも頑張っていきますのでヨロシクオネガイシマス』
それがたまらなくおかしくって、少しだけ愛おしくって。
気がつけば私はすっかり彼と、彼のチームの
◆
そして忘れもしない八月のあの日。
私は本当に久しぶりに外へ出た。
照りつける太陽の眩しさと、季節外れの厚着の息苦しさなんて気にするものかと駆けて、駆けて、駆けて――――
『応援アリガトウゴザイマスッ! 頑張っていってきますっ!』
そうして私は、旅立つ彼らを見送った。
沢山の
……がんばれ? どの口が言うの?
私の中の暗闇が、私を
……引きこもっているお前が、
あぁ、確かに。
そうかもしれない。
私のやっていることは、きっとすごく恥知らずなんだろう。
クランをクビになって現在進行形で引きこもり中の私が、どの面下げて彼らを応援しているのか……うん、全くもってご
きっと今の私はこの上なく無様で情けなくて
『頑張って下さいっ! 応援していますっ!』
たとえ私がどんなに醜くて汚れていたとしても、輝くものを
『大好きですっ! いっぱい勇気をもらいましたっ! 頑張って下さいっ! 皆さんが無事に帰ってこられるように私は、ここでっ、応援していますっ!』
権利がなんだ。優劣がなんだ。
私が彼らを応援したいのは、私がそうしたいからなんだ。
だからこの気持ちを止めることは、誰にも、
私は叫ぶ。頑張れと。
私は願う。負けるなと。
それは戦う彼らへ向けた声援であり、同時に動けなくなった私自身へのエールでもあった。
◆
そして私は、奇跡の意味を知る。
彼のパーティーが常闇の完全攻略を果たしてから数週間後に行われた記者会見で、私はもう聞く事のないと思っていた父の言葉を耳にしたのである。
『はいっ。そうです。たとえ誰であっても、我々の求める性能基準に達しているのであれば、採るつもりです』
それは今度新たに設立するクランのコンセプトについての問答を巡った一幕。
記者からの『クランメンバーの選抜は、種族、国籍、経歴不問の完全実力重視というのは本当でしょうか』という質問に対して、彼は若干顔を引きつらせながらこう答えたのだ。
『まぁ、誰でも彼でもってわけにはいきませんけどね。その辺は経営側と揉め……検討している部分でもあります。だけど個人的には、そうあくまでお……私の個人的な見解としては応募者の過去にこだわるつもりは一切ありません』
それは青臭い理想論で、世間を知らない綺麗事で
『なんて言えば良いんでしょう。“その人の過去と、その人の在り方は別”なんだと俺は思うんです。たとえその人の過去に何があったとしても、それを理由に今のその人の性格や価値を決めつけるのは、ちょっと傲慢かなーっと』
だからこそ、父が愛した
『間違ったって大丈夫なんです。
気がつけば、私は声を上げて泣きじゃくっていた。
私の犯した罪をお父さんが許してくれた気がして
彼が受け止めてくれた気がして
ずっと欲しかった言葉を、私はようやく聞く事ができて
『お父さんっ、お父さんっ! ……うっうぅうううっ!』
だから私はその時決めたのだ。
たとえ間違えたとしても、もう綺麗な
それでも、私はもう一度――――
―――――――――――――――――――――――
・次回、序章ラストエピソード
『プロローグ6:桜色の髪、翡翠色の瞳』
お楽しみにっ!
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